トランスジェンダー女性と男性に戻ったトランスジェンダー女性、そして彼が妊娠させたシスジェンダー女性をめぐるドタバタ劇。読了後の評価に困る強烈なデビュー小説 Detransition, Baby

作者:Torrey Peters(デビュー作)
Publisher : One World
発売日:January 12, 2021
Hardcover : 352 pages
ISBN-10 : 0593133374
ISBN-13 : 978-0593133378
適正年齢:R+ (完璧に成人指定)
難易度:7
ジャンル:文芸小説/現代小説
テーマ:トランスジェンダー、トランス女性、デトランジション(トランス後に出生時に割り当てられた性に戻ること)、シス女性、マイノリティ、妊娠、母性

ニューヨーク市に住むトランスジェンダー女性のReeseにはかつては安定した関係のトランス女性の恋人Amyがいたが、その関係が壊れてからは孤独にかられてドメスティック・バイオレンスの加害者的な相手ばかり選んでいる。現在の愛人はHIV陽性の既婚者だ。自分で自己破壊的な行為だとわかっていても止めることができないReeseは、ある時昔の恋人から思いがけない電話を受け取る。Amyは現在では男性のAmesとして生活してきたが、広告代理店勤務の彼の上司であり恋人のKatrinaが妊娠したというのだ。しかも、Reeseが第三の母として子育てに参加することを提案する。

男性として生活しているが「父性」を感じないAmesは、父として子供を育てる自信がない。Reeseが母親になる強い願望を抱いていたことを思い出し、その機会を与えてやろうと思ったようだ。最初はムッとしたReeseだが、どうしても赤ちゃんが欲しくなって引き受ける。

自分の恋人が普通の男性だと思いこんでいたKatrinaは、Amesがかつてトランス女性だったということを初めて知らされてショックを受ける。そのうえ、過去の愛人であるトランス女性を「もうひとりの母親」として子育てに参加させる提案をするAmesに呆れ果てる。しかし、相談をもちかけた母に「子育てを手伝う者が多いほうがいい」と言われて考え方を変えていく。

KatrinaとReeseは理解を深めて仲良くなっていくのだが、数々の出来事から3人の生き方や考え方の違いが明確になっていく……。

いろいろ興味深い本を読んできた私だが、それでも初めて知ることや考えさせられることが多く、とても興味深い小説だった。トランス女性の「女性」や「母性」への憧れ、トランス女性が自分の性器に対して持つ複雑な心理、手術で身体的な性別移行をするのを拒否する理由、トランス女性から男性に戻るデトランジションをする人の心理、トランス女性を性のパートナーに選ぶ人が持つ心理的な問題、それに対するトランス女性の複雑な心理問題など、作者のTorrey Petersがトランス女性だからこそ書けたリアリティだけでもこの小説を読む価値があると思った。トランス女性の自殺の多さについてReeseが冗談を言うところがあるのだが、ユーモアがある文章にも絶望が混じっている。

トランスジェンダー女性についてこれほど衝撃的でユニークな小説に出会ったことはないので評価で5星を与えたが、完成度が高い作品ではない。

そもそも、「トランス女性、元トランス女性で自分のジェンダーに曖昧な男性、その恋人でシス女性、という3人が一緒に親になることができるのか?」というのがこの小説のテーマだったと思っていたのだが、最後まで読むと、その部分がしっかりと描けていない。それよりも、ReeseとAmy(Ames)の過去の関係、セックスや性的関係におけるそれぞれの葛藤ばかりにページが割かれている。この小説においてセックスシーンは心理を描くのに重要な部分だと思うが、恋愛関係(ひいては人間関係)でそこばかりに焦点があてられているのは疑問であり、納得できない部分だった。私にとって一番納得できなかったのは、登場人物(つまりは作者)の妊娠や生まれていない赤ちゃんに対する安易な捉え方だ。

ユニークさに対して星を5つ与えたけれども、評価するのが非常に難しいコントロバーシャルな作品だ。

「トランス女性は女性である」というのが現在アメリカのポリティカル・コレクトネスの見解だ。だが、トランス女性が書いたこの小説を読むと、女性の生殖器を持って生まれたシス女性とトランス女性がまったく異なるジェンダーだということは明らかである。Amyはトランス女性だったときにReeseの浮気相手の男性を殴り、自分の中の男としての攻撃性に嫌悪感を覚える。そして、嫌悪感をつのらせて男性に戻ったAmesは、ホルモン治療をしていたことから「僕は無精子」と恋人に伝えて避妊をせずに妊娠させてしまう。つまり、男性の体力と性器があるトランス女性は、シス女性に対してシス男性と同様の脅威になるのが現実なのだ。

また、Reeseが思い描いている女性や母性は非常に表層的なものであり、作者が描くシス女性のkatrinaも同じく表層的だ。そもそも妊娠している本人に相談せずに、元愛人に「プラスワン」の母親になることを提案するなんて、シスの女性なら考えつかない冒涜だ。まだ生まれていない赤ちゃんに対する母親の愛情も作者はまったく理解していない。高価なベビー用品や服を買う憧れが母性のように描いている。そんな母性は、妊娠を諦めるのも簡単なのだ。私はその部分に、トランス女性とシス女性のジェンダーの乖離を強く感じた。

これは、この小説を通じて作者が私に伝えたことである。私が勝手に想像したことではない。だが、それを言いにくくしているのも現在の社会的な状況の難しさだ。アメリカ人の私の姪はトランス女性であり、現在はシス女性の恋人と暮らしている。彼女を女性として受け入れられない家族に対して、数々の働きかけをしてようやく受け入れられるようにしたのは、私と夫と娘である。そういう背景を持つ私ですら、この小説を読むと、シス女性とトランス女性は別ジェンダーだとしか思えない。これからの私は、トランス女性に関する政策について、いったいどう捉えればいいのだろう? とても混乱している。

そういう意味でも、とても複雑で、評価に困る作品である。

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