20:ワンちゃんでしょうか?
途中で視点が変わります(´∀`*)
静かな泉の畔での休憩は、すぐに終わりを迎えた。
私達がいる泉の畔の反対側の空間が歪んで、何かが地に落ちたからだ。
そこから血の臭いと呪いのような臭気が辺りを包み込み、近くにいた動物たちは逃げ出し、鳥達も全て飛びたった。中には逃げ遅れ、呪いのような臭気にやられ、地に横たわり痙攣しているものや死んでしまったものもいる。逆に魔物達は血の臭いと呪いのような臭気に触発されて泉へと集まりだしていた。
カーナさん達はすでに武器を構えて、私の前と後ろを護るように位置取っていた。
「シエル!そこから動くなよ!絶対にだ!」
まるで私の行動を予測していたかのようなカーナさんの怒号。
でも……そんな声は、微かに聴こえた『……くぅん』という苦しそうで悲しい鳴き声にかき消された。
一瞬でその鳴き声の所まで短距離転移魔法で飛んだ。
泉の反対側からカーナさんとキリアさんの声が聞こえたが、反応を示せなかった。
目の前には首輪を着けた犬が倒れていた。何かを避けた拍子に切られたのか、後ろ足の付け根辺りにパックリと開いた傷があり大量の血が流れ出ている。
そして、嫌な臭いを発しているのは首輪だ。深紅の鉱石で作られた首輪には黄金で古代語がいくつも刻印されていた。首輪の周りの毛皮は黒色なのに、足先や尻尾など首輪から離れたところの色は薄い、不思議なグラデーションの毛色をしている。
すぐに鞄からポーションを取り出し傷にかけるが、傷が治る様子はなかった。だが犬が薄く目を開けた。
弱々しい光が瞳の中で揺れている。涙が瞳に膜を張り、よく見えないだろうに私を一生懸命見つめようとしてきた。犬の金色の瞳と目が合い、金色の瞳の色が徐々に黒色に侵食されているのが分かった。
あぁ、これは古代語を使用した呪いだ。
早く呪いを解かなくちゃ!死んじゃうわ!!
本来なら正規の手順を踏み呪いを解くのだが、時間が無い。この犬が黒一色に染まったら助けるすべがなくなる。
呪いの元となっている首輪を掴み、呪いの解読をしながら消していく。呪いも解かれることに抵抗を示し、掴んでいる私の手を焼きながら私をも呪おうと、小さな真っ黒い手がいくつも首輪から出てきて私へとその手を伸ばす。いくつかは私の手に絡み、手を這いながら徐々に顔へと近づいてくる。
それを無視して呪いの解読と消去に集中する。
カーナさんとキリアさんが私に追いついたようで何かを叫んでいるが内容が聞こえない。ただ、集まってきた魔物の処理を行っているのは戦闘音や色々な気配が近寄って来ては消えていくので理解出来、護衛の命令を無視した私を未だに守ろうとしてくれているのが嬉しかった。
優しい人達だ。
カーナさん達のためにもサッサとこんな呪いは解いて、周りの煩い魔物達も消してしまわなければ!
『苦しい助けて』『熱い熱い熱いよォ』『寒い寒ぃサムぃ』『サビしい寂しいよ』『一緒に、イッショにいよウよ』『ほら、ぃいっシょに…………ォちヨゥ』『やだ、ヤダょ、消さないデ』『痛い、いダぃ、いたぃぃィぃ』色々な声が聞こえる。殆どが幼い子供の声だ。呪いを作るために犠牲にされた子供達の声、既に呪いの一部になっているせいで、私が呪いを解いて消すことに苦痛を感じている。
触られたところから、子供達の記憶や装着者の記憶が混在して流れてくる。
頭がおかしくなりそうなくらいの記憶の数々、混在していて色々な場面が流れてきて纏まりは無いが、痛い、苦しい、悲しい、寂しい、恨めしい、呪う、呪い、呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪ノロぃ呪呪呪呪呪呪呪呪い呪呪呪呪呪呪呪呪呪ゥ呪呪呪呪呪呪ィ呪呪呪呪呪呪呪呪呪……呪って……皆ァ……………………堕チればいィ
負の感情が私の中に渦巻こうと、私を飲み込もうとする。周りを見れば真っ暗闇だった……
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シエルが私達のそばを離れた瞬間、キリアと共にシエルを追いかけ全力で疾走した。
すぐに追いついたが、シエルを禍々しい何かから引き離せないまま、その禍々しい魔力と血の臭いに集まってきた魔物の排除に回るしかなかった。
殺しても殺しても湧いてくる魔物に舌打ちをしながらも、大切なシエルに意識を向け続ける。
小物の魔物の中にAやBランクの魔物も混ざっていたが、息をするかのごとくバトルアックスを一振して首を落としていく。
キリアは愛用の漆黒の双刀タガーナイフに鎖を付け、軽く振りながら周りに集まってくる魔物を皆殺しにしていた。それでも、戦闘をやめてシエルの所へ駆け寄る隙がなかった。
こいつら次々と湧き出て!本当に邪魔!
シエル!なんで動いたんだ?もし、シエルに何かあったら……ああぁ!ダメ!ダメだよ!!
シエルは私の腕の中で笑っていなくちゃ!
まだ、寂しそうな匂いがするんだ。苦しそうな顔をするんだ。
シエルにそんな気持ちを植え付けた馬鹿どもなんて死んでしまえ!
シエルの陽だまりのような匂いだけになるまで、心が治るまで、いや!治ってからもずっと、ずぅっと私達が守るんだから!!
シエル!シエルが強いのは知ってるけど……心配なんだ!シエル!シエル!無事でいろよ!!
次々と湧いてくる魔物を処理しながらシエルを見ると、首輪を掴んだシエルの手が腕まで真黒く染まり、シエルの全てを取り込もうと無数の手がシエルを囲いこんでいた。なんの抵抗もなく動かないシエルに魔物達を抑えながら必死に声をかけ続けた。
大丈夫。まだ、シエルの気を感じる。
大丈夫だと感じていても不安になる。
大丈夫。大丈夫。大丈夫──
言い聞かせるように頭の中で呟き続ける。
そうしないと発狂しそうだった。
心が潰されるような苦しさを感じながら、体を動かし続ける。
パキッ
何かが割れる音がした。ほんの小さな音だったが、戦闘中の私達には聞こえた。
次から次へと集まってくる魔物達を殺しながら、シエルに意識を向け続けた。
――パリンッ
シエルを包んでいた真っ黒い無数の手が跡形もなく割れ、砕け散った。
中から銀色の毛並みをした犬と、その犬の頭を優しく一撫でして微笑むシエルが姿を現した。
一瞬、銀色の聖獣を連れた紅玉と蒼玉の瞳を持った白銀の髪の女性が見えた気がした。
しかし、現実は真っ黒な瞳と髪の少女とその少女に寄り添う銀色の大型犬だ。
シエルの帽子は無数の手により剥ぎ取られたようで、その美しい顔をさらけ出していた。
犬へ向けた笑顔が尊い。ずるいぞ!犬!
私もシエルの笑顔が見たい!!
そうだ!これが終わったら抱き上げて抱きしめて、めいっぱい!! 褒めてもらおう!
その思いだけで目の前の邪魔な魔物達を殺し続けた。目の端でキリアが呆れた顔をしていたが見なかったことにした。
「こっちに、おいで」
まるで飼い犬を呼ぶかのごとく、魔物に囲まれてるなど感じさせない穏やかな声が聞こえた瞬間───周りの魔物のことなど全て忘れて、私とキリアはシエルの元へと駆け寄った。
ニッコリ笑うシエルの顔を見て、不安で苦しかった心が落ち着いたのを感じた。キリアも同じ気持ちだったのだろう、心からホッとしたのか珍しく表情に出て、優しく慈しむような笑顔でシエルの頬を撫でた。
シエルは少し擽ったそうに首を竦ませながら、おもむろに上げた右手を横に振った。
一瞬で私達の周りを赤黒い炎が囲んだが、全く熱く感じないのだ。しかし、私達を襲おうとする魔物達は跡形もなく燃え散っていった。
齢8歳で温度調節を完璧に制御した魔術の行使が可能なんて、普通ならありえない。大人だって出来ないことだ。でも……シエルなら疑問なく納得出来てしまう。
まだ、会って幾月も経っていないというのに、シエルを護りたいと心の底から思い、シエルの表情一つで一喜一憂出来てしまうのだ。
それが不思議と嫌じゃない。
シエルが左手を振ると赤黒い炎が消え、私達の周りは氷の世界になった。
飛びかかろうとした状態で時間が止まったように凍りついた魔物達は、銀色の大型犬の『ワンッ』の一鳴きで砕け散った。
「あら? 君は風の魔法が使えるのね。普通のワンちゃんじゃないのかしら?」と犬をいい子いい子と撫でながらシエルが言うと、犬が嬉しそうに『ワンッ!』と鳴いた。
ずるい!ずるいぞ!! 犬!今は私の番だろっ!
お前、さっき撫でてもらったじゃないか!
サッサと代われよ!
私の熱い思いが届いたのか、犬がキリアの横に座り、キリアを見上げ『くぅーん』と鳴いた。呆れた顔をしながら、犬を撫でるキリアを無視して、シエルを抱き上げる。
すると今までの笑顔が消え、ヘニョっと眉が下がりソワソワしだして「あの、あのね……勝手に動いて……ご、ごめんなさい!」と意を決したように謝ってきた。
あまりに可愛くて、しっかり叱ろうと思っていたのに、そんな考えは吹き飛んで消えた。
デレデレと顔が溶けているのは分かっているが治りそうにない。
「もう!次から気をつけるんだゾッ!」
何とか奇声を発せずに言えたのは、そんな一言だった。
後ろでキリアが溜息をついているが、無視する!
だって、シエルが可愛いから!!
シエルに頬ずりをすると首を竦めながらクスクス笑い「カーナさん、擽ったいよ」と言って私の肩に手を置いて少し体を離した。
私と同じ目線にあるシエルの瞳が近づいてきて、おでこを合わせた。
「守ってくれて、ありがとう」
照れて顔を赤くしながらも、へにゃりと笑うシエルが可愛くて、つられてへにゃりと笑ってしまう。
「いいんだよ。私達はどんな時もシエルを守るよ。でも、あんまり無茶はするな。心配するだろ」
「うん」と頷くと、おでこを離して私の肩口から顔を覗かせてキリアにも「ごめんなさい」「ありがとう」をしていた。
キリアは私と違いシエルの可愛さに負けることなく、しっかり注意し、シエルも反省しているのか真剣な顔で何度も頷いて、最後には笑っていた。
心が和むいつもの光景に忘れそうになったが……あの禍々しい物の気配が、真黒い無数の手が割れ砕け散った時に一緒に霧散した理由を聞かなくてはいけない。もし、シエルの身に悪影響があるなら、それを取り除く手段を模索しなければならないのだから。
キリアに叱られているのに嬉しそうに笑うシエルを呼ぶと「何?」と首を傾げて私を見てくる。
可愛い……はっ!いかん!いかん!また、顔が溶けてしまってた!
顔をキリッとさせて、シエルの目を見ながら先程のことを確認した。私の後ろでキリアが呆れているのを感じたが、気づかなかったことにした。
私はキリアとシエルの保護者!頼もしいお母さんなんだからな!
「シエル。そこの犬の首輪に何をしたんだ?それと、首輪から出ていた真っ黒い無数の手はなんだったんだ?あの首輪からとても禍々しいものを感じた。シエルが真っ黒い中から出てきてから禍々しい感じがなくなったけど、シエルの体は大丈夫なのか?」
キリアも気になっていたのか犬を連れて私の前に来たので、シエルを片腕で抱っこしてキリア達の顔を見えるようにした。
シエルは犬を見ながらあの時のことを話し始めた。
ワンちゃん!登場ですヾ(*´∀`*)ノ
大型犬良いですよね!
私はワンコもニャンコも大好きです(*´˘`*)♡
「ワンちゃんに気を使わせるカーナさん·····大人気ないよ(*´д`)」
「違う!あの犬が悪い!順番守らないから(`Д´)」
「順番www!カーナさんはお母さんじゃなくてワンちゃんだねw」
「どっちもだ!ワンちゃんであり、お母さんでもある( ¯﹀¯ )」
「はぁ、カーナ」
「キリア·····大変だね。ガンバ!!」
皆さん!こんにちは!
いつもコメント、ブクマありがとうございます(*´˘`*)♡
とても力を貰ってますヾ(*´∀`*)ノ
誤字脱字修正もとても助かってます!ありがとうございます✨
今後も頑張りますので、よろしくお願いします!