31:お話できますでしょうか?
あの子は、人なのでしょうか?魔物なのでしょうか?
なんと説明すれば良いのか·····目は包帯で巻かれており、その包帯は血で汚れているのか所々赤黒く変色している。ベビーピンクの髪は短く刈り上げられており、肌は私たちと同じ色をしている。他の女性達と同じ奴隷用の首輪を付けており、その容姿は少し異様ではあるが上半身は6歳くらいの子供にしか見えない。
問題は下半身だ。
魚のような鱗と鰭があり、それだけだったら人魚と変わりないのだが、その子の腰から足首にかけた前側に人の手のようなものが無数に生えており、それらが蠢き、ズリズリと下半身を引き摺るように移動させているのだ。
初めてみたら、叫び出すものが多発するような見た目をしている。
ただ、前世の拷問などで見るも無残な状態だった自身の体や醜悪の塊のような奴らに比べたら、可愛いものだ。
先程の女性に抱きついて啜り泣いているし、今のところ危険性は低そうと判断して周りに視線を移す。
奥の隅に集まっている5人の子供達を見つけた。
1番年上と思われる男の子が他の子供を守るように4人の前に片膝を立てて座ってこちらを睨みつけていた。
皆一様に痩せこけており、まともな栄養を貰えていなかったことが伺える。
もっとしっかり確認しなければ分からないが、所々に打撲痕が見られる。1番年上の男の子が1番傷が多そうで、彼がここでどのような扱い方をされてきたかが伺えた。
先程一緒に檻に入った女性の近くにもう1人女性がいた。少し暗めの茶髪は丸みの帯びたショートボブで、同色の瞳は絶望で陰っている。こちらも奴隷のようで首輪を付けており、似たようなボロボロのワンピースを着ていた。
さて、どこから攻めようか·····あちらで集まっているのが村の子供達だと思われるが、随分警戒されているわ。
女性達はあの子を宥めるのに精一杯みたいですし·····
警戒されているけど、子供達から声をかけようかしらね。
隣で洞窟内を観察しているキリアさんの服の裾を軽く引っ張り、視線を向けさせる。
小声で話しかけるとキリアさんも小声で話してくれた。
「キリアさん。私、あの子達と話してくるね」
「一緒に行くか?」
「大丈夫だよ。警戒してるし私だけで行ってくるね」
「分かった」
優しく頭を撫でられて嬉しい半面、気恥しくて、顔が赤くなる。すぐに猫耳キャスケットを両手で下に引っ張って、深く被って顔を見えないようにして子供達の方へゆっくり歩き出した。
離れすぎず近づきすぎない丁度いい距離を、子供達の反応を見て図りながら進み、あと少しで手が届きそうな所で止まって、ゆっくりしゃがみ込み膝の上に両手を置いて子供達に視線を向ける。
1番前にいる少年は私より大きいので、視線を合わせようとすると自然と上目遣いになってしまう。しかし、ここで下手に動くとより一層警戒される気がしたので、そのまま話しかけることにした。
「こんにちは。私はシエル。よろしくね」
怖がらせないように優しく柔らかい声を心がけて、話しかける。宜しくしてくれるかしらと首を軽く傾げながらニッコリ笑いかけると、少年の後ろでより固まっていた子供達が、おずおずと顔を上げて、少年の体越しに私を見てきた。
「·····ねぇ、あなたも·····」
「·····アイツらに操られてここに来たの?」
少年より少し年下に見える女の子が声をかけてきた。
2人ともそっくりで双子のようで、しっかり手を繋いで肩を寄せ合っている。
「いいえ。私はあそこにいるお兄ちゃんと、今ここにいないお母さんと一緒に連れてこられたの」
「お母さん·····」
「ここにいないって·····」
「おい!まさか、母親を連れていかれたのかっ!?」
一応、子供らしく答えてみると、双子が揃って顔を青ざめさせ、少年が絶叫にも似た声を出しながら私の両肩を掴んで聞いてきた。
警戒して威嚇していたが、痩せて痩けているため、力なんてなさそうに見えたのに、どこからそんな力が出ているのかとビックリするほど掴まれた肩が痛かった。
「えっ、うん。·····ガルガって、いう奴に連れてかれちゃったよ」
あまりの勢いに唖然としながらそう言うと、子供達だけでなく、奴隷の女性達まで俯いて苦しそうに顔を歪めていた。
子供がするにはあまりにも似つかわしくない顔に、ここでの生活の悪環境を容易に想像させてしまうほどだった。
「·····そうか」
私の肩を掴んでいた手が力なく滑り落ち、少年は座り込んでしまう。
その背中に一番奥で小さくなっていた女の子と男の子が、トテトテと走りより少年に抱きつき、双子の女の子達がそんな三人を包み込むように抱きしめる。
たぶん·····ここに来てからずっとこうやって5人で支え合って、正気を保ってきたのだろう。
本来ならあの優しく善良な大人達に囲まれて、変わりばえのないそれでも幸せな日常を送っていたはずなのだ。
それを·····理不尽に壊され、日常から引き離されて、恐怖と絶望しかないこんな暗い洞窟に閉じ込められたのだ。
幼い子供二人はそれほど打撲や傷が見られないが、少年少女の3人·····特に少年の体はボロボロだった。顔にも殴られた痕がある。
ずっと、下の子達を守ってきたのだろう。
あぁ、本当に·····理不尽な世の中だわ。
「ねぇ、あなた達のお名前は?」
「えっ、あ、俺は·····ユシン」
「私はリリよ」
「私はルル。よろしくね」
「あのね、あのね!私、クウリって言うの。皆はクゥって呼ぶの」
「えっと·····僕は、あの·····ロッジ·····」
1番年上の少年ユシンは、俯いていた顔を上げながら、名前を教えてくれた。ユシンに続いてそれぞれ名前を声に出す。
双子の少女はリリとルルと言うようだ。2人とも顔がそっくりだが、髪の分け目が違うため、間違えずに名前を覚えられそうだ。
クウリという女の子がユシンの後ろから出てきて、私のお膝に両手をおいて飛び跳ねながら教えてくれる。片側だけ結んだ髪の毛が、動きに合わせてピョコピョコ動くのが可愛らしい。
もう1人の男の子は、おずおずとユシンの背中から顔を覗かせて、リリに促されてやっと声を出して名前を教えてくれた。
「グゥー」と何処かから音が聞こえ、辺りを見回すと、恥ずかしそうに両手でお腹を押さえているロッジと目が合った。
「あっ、ご、ごめん·····なさぃ」
「お腹空くよね。干し果物があるから皆で食べよう」
慌てて消え入りそうな声で謝るロッジが気にしなくていいように声をかけながら、エプロンバックからカノリアで買った干し果物の包みを取り出す。
子供達の視線は私の手の中にある包みに注がれた。視線が痛いほどだ。
「おい!ここでは食べ物は貴重だ。俺たちは気にしなくていいから大切に取って置け」
「そうね。ここのご飯は·····」
「2日に1回のパンだけだもの」
年上組が私が取りだした包みを凝視しながらも必死に我慢している。
年下組は目をランランと輝かせながら包みを凝視しており、お口が開きっぱなしだ。
あっ、ヨダレ。
「大丈夫だよ。まだあるし·····それに皆で分けっこして食べた方が美味しいもの」
「だが·····」
「いいの?」
「本当に?ありがとう!」
「わぁー!美味しそう」
「あ、ありがとぅ·····」
一気にお腹に入れてしまうと、空腹状態が続いていた胃がビックリしてしまうので、ゆっくりお口の中で味わってからよく噛んで食べるように伝えた。
女性たちの方からも視線を感じる。
「ぐぅ」っとお腹が鳴る音も聞こえてくる。
もう少し待ってて、この子達の状態を確認したら、あなた達にもあげるからっ!
果物を口の中に入れて、皆で嬉しそうに頬張る子供達の状態を近くから素早く確認していく。
栄養状態は不良ね。
クゥもロッジはまだマシだけど、ユシン達は肌の状態も悪いわ。
それに暴力を受けた痕が青くなったり、腫れたりしている。
髪はガサつき、艶はない。
檻の入口付近に湧き水が溜まっている水桶がある。近くに置いてある布で体を拭いてはいるようね。
風通しが悪すぎるここでは、臭いがこもるし、生活環境として最悪だわ。今のところ、体調が悪そうな子はいないようだし、病気になってなくて良かった。
子供達の状態を確認していたら、干し果物をお腹に入れて、少し空腹が落ち着いたユシンら年上組が、女性達と6歳くらいの子を気にし始めて、おずおずと私に声をかけてきた。
「あのね。あっちの子達にもあげていい?」
「私達にくれたのあっちの子達と分けっこしていい?」
「俺ももうお腹いっぱいなんだ!せっかく貰ったのにごめんな。食べきれなかった干し果物をあの人達にあげてもいいかな?」
あぁ、やっぱりあの村の子達ですね。
自分達もお腹が空いているだろうに、他の人のために自分の分を譲ろうとするなんて·····本当に優しくて、善良で·····
特定の環境下でしか長く生きられない弱くて·····強い人達。
「大丈夫ですよ。まだあるんで、それはユシンさんたちが食べてください。あちらの方達にも渡してきますね」
「あ、ありがとう」
「なんかシエルちゃんって大人っぽいね」
「シエルちゃん、賢くていい子ね」
リリとルルに指摘されて、言葉使いがまた戻ってしまったことに気づき、えへへっと笑って誤魔化して、女性たちのところへ逃げた。
奴隷の女性達は、戸惑いを見せながらも、私が近づくのに抵抗は見せなかった。ただ、両膝をついて体の前で両手をクロスし、頭を垂れる。
神に許しを乞う時にする姿勢でもあるが、服従を意味するので普段はあまりしない姿勢である。
そんな姿勢を抵抗なくスムーズに行えるのだ。その姿勢をやり続けてきたのだろう。いや、強制されてきたのか·····。
自尊心はとうに無くしてしまったのだろう。こんな小娘にまで服従の姿勢を抵抗なくするのだもの。
でも、いきなりだったのでビックリして慌ててしまった。
「あ、そんな姿勢しないでください。どうぞ、食べてください。あなたも食べれる?」
女性達の前に膝をついて、手を掴み優しくて引いて顔を上げさせた。呆然とした顔をする女性達に優しく笑いかけて、エプロンバックから干し果物を取り出して手渡しした。
女性達の近くで静かにしている子にも声をかけてみるが、首を傾げられてしまった。
あぁ、見えないから分からないのかしら?
女性の方々も拒否を示さないし、近づいても大丈夫かしら?
6歳くらいの子に近づいて、上半身に着いている手を掴むとビクッと反応されたが、振り払われることもなかったので、優しく掌を上に向けさせて干し果物を置いた。
「これあげる。モモ食べられる?甘くて美味しいよ」
顔の半分は包帯で覆われていて目も見えないが、ビックリしているのが分かる。
手の中のモモの干し果物を顔の近くまで持っていき、匂いを嗅いで、甘い匂いがして嬉しかったのか、下半身がウゴウゴの揺れ動く。少しずつ口に桃を食べて、また嬉しそうにしている。直ぐに食べ終えたので、今度はオレンジを2つ掌に置いてあげた。
少し酸味があるが、爽やかな香りと甘みも気に入ったのか、下半身の手が元気よく蠢いている。
その姿がグロテスクに見えるが、反応として見ると可愛く感じる。
オレンジを1つ食べ終えて、もう1つ食べようとしたが、その手が止まった。
どうしたのだろう?と見ていると、オレンジを私の方へ差し出して、首を傾げた。
「美味しくなかった?」
この子の反応的に気に入っているように感じたが、間違っていただろうか?
確認すると首を軽く振りながら、「ウー。あーァ」と声を出して私にオレンジを差し出す。
「ん?もしかして、私にくれようとしてる?」
話が通じて嬉しいのか頷きながら、またオレンジを差し出してくる。
見ため的に忌避されることもあっただろうに、心は優しい子のようだ。
そう言えば、最初に叫び声が聞こえたのも、この女性に危険が迫っていた時だった。それに、女性の存在を確認出来てやっと落ち着きを取り戻していた。
まだ、確定は出来ないけれど·····優しい子なんだろう。
「大丈夫だよ。それはあなたにあげる。私の分はあるから気にしないで食べてね」
諭すように優しく言うと素直に頷いて、オレンジを口に含んで体がユラユラと揺れた。
可愛いなぁと思いながら、3人の体の状態も確認していた。
ガルガに連れられていた女性は先程の騒ぎで出来た新たな擦り傷などがあるも、それよりも打撲痕だけでなく、性的虐待を受けていたと思わせる傷や跡が目立っている。
茶髪は肩の下まである髪をおろしている。髪も肌もパサパサとしていてツヤがない。
もう1人の女性も暴力だけでなく性的虐待も受けていると思わせる跡が肌や着ているワンピースからも伺える。
茶髪は少し濃いめでショートボブくらいの長さの髪もパサパサだ。
2人とも栄養状態は良くないな。
あの6歳くらいの子は、暴力を振るわれた痕はないがこちらも栄養状態が悪い。奴隷の首輪で擦れたのか首輪の周りが赤くなっており、それとは別に首輪を外そうと抵抗したのか爪で引っ掻いた痕がいくつかあった。
この人達のことも聞きたかったが、女性の2人はどちらも舌がなく喋れないようされている。この子も先程から喋る様子がなく「アー、ウー」で答えてくるので喋れないと思われる。
それにしても·····何処から来て、なんのためにここに居るのか、何処の商品なのか確認したかったのだが·····
皆の空腹が落ち着くのを待って、これまでの経緯を聞いた─────
皆さん!
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