35: 穏やかな時間はお終いでしょうか?
カーナさんと合流して、私は今·····
クウリとロッジと共にカーナさんの膝の上にいる。
カーナさんはご満悦のようだ。
キリアさんにしばかれて、落ち着いたカーナさんは直ぐに皆と打ち解けた。子供達に至っては、カーナさんの周りに座り出す状態だった。
「なんだか落ち着くのよね」
「村のおじさん達と同じ雰囲気があるのよね」
リリとルルがそんなことを呟いて懐かしむような顔をしていた。リリとルルだけじゃなく、他の子もそう感じたのか、ユシンまでもカーナさんの近くに座って、これからの話を聞こうとしていた。
ロッジは、カーナさんをジッと見上げていて、カーナさんが腰を落として目線を合わせニカッと笑うと、つられてニコッと笑ったのだ。これには年上3人組も驚いていた。
ロッジを抱き上げたカーナさんをクウリが嬉しそうな悲しそうな顔をして見ていた。それに気づいたカーナさんがクウリもヒョイッと抱き上げて、ヴァネッサが質問に答えるために書いていた用紙の近くに座った。それに合わせるようにリリとルルがカーナさんの両側に座り、ルルの隣にユシンが座った。
リリの隣にはヴァネッサ、オーロ、ブランカと座り、ブランカの横に座ったキリアさんの横に座ろうと、キリアさんの所へ歩いていこうとするとカーナさんに呼び止められて、カーナさんが胡座をかいた左膝にクウリ、真ん中にロッジを座らせており、空いている右膝をポンポン叩き示しながら満面の笑顔で私を呼んでいた。
えっ?そこに座れと言っているの?
嘘よね?
私そんな子供じゃないもの。キリアさんの隣で1人で座れるわ。
そう思ってカーナさんを見なかったことにして、キリアさんの隣へ歩いてくと、後ろからメソメソとイジけるカーナさんの声が聞こえてきた。
「そんな·····酷い。あんなに1人で我慢して頑張ってきたのに、ご褒美がないなんて·····こんな仕打ちってないだろ。·····あんな悪趣味な男に着いていくのもヤダったけど·····我慢したのに·····」
「シエル。話が進まなくなるから、あっちに座ってくれ」
キリアさんの溜息とともに、呆れ混じりの声でそう諭されてしまっては、無視できなくなってしまう。
それに振り向いた先にカーナさんだけでなく、クウリやリリ、ルルが捨てられた子犬のような目でこちらを見ており、余計に無視できなくなってしまった。
話が進まなくては、ここからの脱出計画も立てられない。
ここは大人しく犠牲になるしかないようだ。
大人しくカーナさんの右膝に座ると、テンションがあがったカーナさんにロッジ、クウリ、シエルの3人はギュッと抱きしめられてしまった。ただ、幼いロッジとクウリに配慮して、痛くない程度に力を緩めているのが分かり、安心した。
いつもみたいにギュッと力任せに抱きしめられたら、身体強化が出来ないロッジとクウリは骨を幾つか折っていたかもしれないし、最悪、死んでいたかもしれないと考えると一際安心感が心を占めた。
カーナさんも落ち着いて、やっと脱出計画を話し合って、計画を詰めていった。
計画を幼いロッジとクウリ、オーロに理解させるのは難しいため、ロッジはユシンと、クウリはリリとルルと、オーロはヴァネッサとブランカと行動を共にすることが決まった。
計画が決まって動き出す前に、ブランカがヴァネッサを連れてカーナさんの袖口を軽く引っ張り、檻の隅に呼び出した。
シエルが着いていこうとすると、ブランカが困った顔をして首を横に振ってきたので、大人しくキリアさん達と待つことにした。
「で?どうしたんだ?」
カーナさんとヴァネッサを前にしてブランカは先程ヴァネッサが使っていた紙とペンを持ってきて、子供達と十分に距離があることを確認して、床に本を置きその上に紙をひいて、レザン帝国の公用語を書き始めた。
『子供達には教えられないけど、貴方達には知っておいて貰いたいことがあるの』
ヴァネッサのように綺麗ではないが、読めはする程度の文字で拙いながら一生懸命言葉を綴っていく。
『オーロは、No.06と呼ばれた被験者で、06から私がオーロって呼び始めたの。私達は同じ施設にいたけど、その施設が解体されて、ここへ売られてきたの──────────』
ブランカが一生懸命書き終えた文字の羅列を見つめて、何度も文字を辿るのに内容が頭に入ってこない。いや、理解するのを頭が拒否しているのが分かった。こんな人非道な実験が帝国で本当に行われていたのかと疑問に思ってしまうが、証拠となるオーロが居ることで、それが現実であることをさめざめと突きつけられてしまった。
ブランカが言うには·····
オーロは帝国一部上層部が行っていた実験の被験者だと言う。
実験の目的も内容も不明だが、ブランカも被験者になる予定でオーロと同じ施設に売られたが、被験者になるための何かが足りなかったようで実験されることなく、直ぐに別の利用方法にシフトチェンジされたそうだ。
それがオーロの監視と精神安定役だった。
出会った頃には既に異形な姿で合ったが、他にもいたオーロ付きの奴隷たちが言うには、以前は可愛らしい男の子だったそうだ。そんな奴隷達も他の実験の被験者になり、どこかに移動させられたり、いつの間にか消えているなんてこともあった。
実験を行っている魔術師達は、成功者を作り出せないことに苛立って世話役の奴隷達に当たることもしばしばあったそうだ。
何年そんな実験をしていたのかは定かではないが、帝国の帝王が代替わりした際に強制的に全ての実験施設が解体されたそうだ。
実験の被験者達は、実験が明るみに出ては困る帝国の上層部によって処分された。
オーロとブランカ達が処分されずにここにいるのは、ブランカの声が出ないこと、文字が書けないと思われていたこと、そしてオーロの付きの奴隷の中で1番オーロが懐いていたからだった。
オーロは心臓の代わりに魔石が埋め込まれており、その魔力を使って生存している。そして、実験から魔石の耐久年数は約1年。施設解体の時には10ヶ月経っていた。すなわち、オーロは寿命はあと2ヶ月だったのだ。
オーロは被験者の中でも精神的に落ち着いており、攻撃的でもなく、ほっといても2ヶ月くらいで死ぬことが分かっていたので、処分ではなく実地での実験として帝国の目から隠されてここに売られてきたのだ。
『私はオーロを弟のように思っているの。最近は足の手の動きが悪くなってきている·····寿命が近づいてきているの。逃げる時に足でまといになるなら、オーロと私を置いていっ·····もう、家族を·····失い·····ない·····』
最後の文字は手の震えで歪み、ブランカが堪えていた涙が堪えられずにポロポロと流れ落ち紙を濡らし、文字のインクが滲んでしまって、所々読めなくなってしまっていたが、言いたいことが分かってしまった。
ここから脱出するには、どうしても走ったりする必要があり、また、慎重に行動するにしても立ち止まる留まることは出来なくなる。
咄嗟の判断が、皆を無事に脱出させる成功の元となってくるのだ。もし、そんな場面でオーロが動けなくなったり、寿命が尽きた場合、脱出の失敗に繋がることになるかもしれない。そんな時、誰かが冷静に対応出来る者が必要となると考え、ブランカは私達に全てを教えてくれたのだろう。
そして·····その時はオーロを、そしてブランカを見捨てて先に進めと言いたいのだろう。
ブランカにとってオーロは家族で弟なのだ。ブランカの過去は知らないが、『もう失いたくない』の文字から1度失っているのだろう。
顔を上げたブランカは、決意に充ちた目でカーナ達を見つめていた。先程まで青ざめて震えていたか弱い女性はどこにもいなかった。そこには、決意を胸に凛と強く立ち上がり、慈愛に満ちた笑顔の女性がいた。
カーナは、命を粗末にする者が嫌いだが、自身の信念の元に死を選ぶ、そんな女性は嫌いではない。しかし、だからといって「はい。そうですか」と納得できるものでもないのだ。
「そうか!なら、私はここにいる皆を無事に村まで送り届けないとなっ!」
ニッコリ笑ってそう言ったカーナにブランカが「えっ?」とビックリして固まってしまっている。
そんなカーナとブランカを見て、ヴァネッサが笑いながらブランカに手を差し伸べる。それに倣いカーナもブランカに手を差し伸べた。
「大丈夫だ。皆で力を合わせて、皆でこんな所から脱出しよう!誰も置いていったり、見捨てたりしないっ!」
力強いカーナの言葉にヴァネッサが力強く頷き、ブランカを見つめる。ブランカは胸の前に手を握って、震えながら俯いてしまったが、その目から止まったはずの涙がまたボロボロと溢れ出し、嗚咽混じりに泣きながら、震える手でカーナとヴァネッサの手を握った。その手を額にくっつけながら何度も声が出ない口を動かして『ありがとう』と言った。
そんなブランカをカーナとヴァネッサが抱きしめて、背中をさすったり、頭を撫でて宥めながら優しく笑った。
ブランカが落ち着いてから、子供達の所へ戻った。
子供達も何かを察したのか、カーナ達に何も聞かなかった。ただ、オーロだけはブランカに近づきギュッと抱きしめている。そんなオーロをブランカもギュッと抱きしめて、オーロの頭にチュッと口付けを落とし、オーロの頬を両手で包み額をくっつけて『大丈夫。絶対に守るわ』と口を動かした。
声が出ていない呟きは聞こえるはずもなく、視界がないオーロは口の動きも捉えられないが、何かを感じとったのか笑ってユラユラと足の手を動かした。
「さっ!始めるか!」
ブランカ達を微笑ましそうに見ていたカーナさんが、仁王立ちして作戦開始の合図を出した。
私のエプロンバックから、以前カノリアで大変お世話になった睡眠作用のあるお香を幾つか取り出すと、カーナさんとキリアさんに渡す。
2人が檻の手前で素早くお香を焚くのを見ながら風魔法を展開して、お香から出た睡眠作用のある煙が拡散しないよう慎重に操作していく。
お香を焚き終わった2人はすぐさま私の位置まで下がり、煙を吸わないよう気をつけながら、私が煙を操るのを見つめている。
子供達はヴァネッサさんとブランカさんが前に出ていかないよう宥めながら、檻の奥で集まるようにして私達の成り行きを見守っていた。
今回の作戦の要でもあるお香を拡散にしないよう丁寧に煙を操作し、カーナさんに教えてもらったこの洞窟内の構造と盗賊達の配置を自身の察知魔法で把握したものと照らし合わせて煙を洞窟内だけに充満させていく。以前のように特定の相手を煙に包むことは、離れた場所で相手も見えない状態では困難だったため、この檻以外の洞窟内に煙を充満させることになったのだ。
以前お世話になったので、お香の実力は折り紙付きだ。高濃度にしただけで、目を剥き、泡吹いて倒れるくらいなのだから、普通の濃度の煙でも吸えば、動きを阻害することはできるだろう。
敵に対処されないように風魔法を屈して一気に煙を洞窟内に放った。
少し遠くでドタッ、ドスッなど音が聞こえてきた。察知魔法で把握したが、動いている様子は見られなかった。しかし、効果を確認したくても、洞窟内は煙が充満していて確認しに行けないため、煙を充満させた状態で3分程待つことにした。
3分待ち、察知魔法でも確認して動いている様子は見られなかったので、カーナさんを見上げると頭を撫でながら褒められた。
「シエル!凄いなっ!動く者の気配はないし、効いたようだな」
嬉しくなったが、まだ集中力を切らすわけには行かない。今、魔法のコントロールを崩せば、ここにも煙が充満してしまうからだ。
洞窟内に充満させた煙を外へと出して処理するのは簡単だが、それでは他の盗賊たちにバレてしまうので、空気の流れを操って煙を掌の上に集めていく。カノリアでやった事と同じものだが、規模が違うので軽く集中しなくてはいけない。
前世の記憶があるからなのか、目覚めてから魔法の練習をしてきたからなのか、前世の頃より上手く扱えるようになっていた。
煙を集め終わり、集めた煙を魔法石に付与として組み込んでみる。出来なければ、計画通りに動くつもりだった。
一応、私の周りに風魔法の防壁を作り、口の中に以前使ったものと同じ魔法石を入れて転がす。
─── 実験は成功した。
青く透き通っていた魔法石が煙を組み込まれたからなのか、ラピスラズリの様な色に染まっている。
実験が成功したことが嬉しくて、ルンルン気分で風魔法の防壁を消失させると、キリアさんに抑えられているカーナさんがいた。
私はカーナさん達の姿に首を傾げてしまったが、煙を組み込めたのが嬉しくて、カーナさん達に魔法石を見せて「実験が成功したよ」と言おうとした。
そんな私を見てキリアさんがカーナさんを抑えていた手を離し、カーナさんは私の前まで来ると、パンッと軽く私の頬を叩いた。
「シエルっ!なんて無茶をするんだ!!こんなこと計画には入っていなかったじゃないかっ!」
「でも、、」
「でも、じゃないっ!もし、シエルに何かあったら·····本当に、本当に心配したんだ」
叩かれたのは私なのに、まるでカーナさんが叩かれたかのように苦痛そうに顔を歪めて、怒鳴られた。
確かに計画では、集めた煙を洞窟外に放ち、処分する方法を取るはずだった。しかし、それだと外にいる盗賊達に怪しまれ、攻めいられる危険があったのだ。
でも、煙を集めている時に魔法石に煙を組み込む方法を思いついた。これなら、外の盗賊達に気づかれることもなく、比較的安全に洞窟から出られると考えたのだ。
最良の選択であると思っていた。
カーナさんのあんな苦しそうな顔を見るまでは·····
心配したと泣きそうな顔で言われ、ギュッと抱きしめられたら時にカーナさんが震えているのがわかった。
キリアさんもカーナさんと同じ考えようで、カーナさんに叩かれた頬を優しく撫でながら、その手が微かに震えていた。
とても心配させてしまったようだ。
こんな反応をされるなんて思わなかった·····
だって、前世では貴族として、そして、王妃になる者として私は民を守るために、威厳を持ち、思慮深く、最善で最良の道を選択し、時にはこの身を捧げることも必要なら躊躇うことをしないよう教えられてきたのだ。
私は最良の道を選択したと思っていたが、間違っていたようだ。
カーナさん達の気持ちをもっと考慮すべきだったのだ。
こんなに大切にしてくれているのに、それを踏みにじるような行いが最良なわけがなかったのだ·····
そう考えたら自然と言葉が紡がれた。
「·····ごめんなさい」
カーナさんが泣きそうだった顔を上げて、膝立ちになり、私の肩に手を置くと、涙が溢れそうになっている目を私と合わせる。
「本当に分かってるのか?何で私が怒っているか」
「·····外の盗賊達に見つからず行動するには、煙を外に放つより、魔法石に組み込めるならその方が最良の道だと思ってしまったの。でも、私が勝手に行動することで、カーナさん達がこんなに心配するなんて思っていなかったの。皆の安全のために風魔法で障壁を作り、失敗しても煙が流出しないようにして、私も解毒を付与した魔法石を口に入れていたから安全だと思っていたし·····でも、相談しなければいけなかった。こんなに大切にされているのに·····それを踏みにじる行為だった。·····本当にごめんなさぃ」
「つっ!そこまで分かってるなら何でっ!
最良とか、安全とか、そんなのどうでもいいっ!私はシエルが、私の手の届かないところで危険な目に遭うのが嫌だっ!
もし、怪我したからって·····もし、、、死んじゃったら·····って·····、そう、考えたら·····怖くて·····苦しく·····て·····。お願いだから·····無茶じなぃでぐれよぉ·····」
最後には嗚咽混じりに泣きながら言われてしまって、申し訳なく思う反面、そんなに思われていることが嬉しくて心が温かくなった。どうやら私の心は歪んでいるようだ。
私の肩に顔を埋めて泣くカーナさんを抱きしめて頭を撫でながら謝り続けると、グズグズになった顔を上げて私を見つめてくる。
「グスッ·····じゃあ、約束してシエル。無茶はしないって、何かする前には必ず相談するって!」
約束は·····出来ない。
約束とは契約の簡易版だ。守れる保証がない約束を結ぶことは出来ない。
もし、カーナさん達が危険にさらされていたら、私は相談などせずに行動してしまうだろうから·····
そう考えると約束はできなかった。
「·····善処·····します」
正直に言葉を出すと、カーナさんが嬉しそうにへにゃりと笑ってギュッと抱きしめてくる。
「分かった!善処してくれっ!」
キリアさんは何も言わなかったが、優しく私の頭を撫でてくれた。
少し落ち着き周りを見れるようになると、後ろで控えていたヴァネッサさん達が優しい目で見守られていたことに気づき、恥ずかしくなりキャスケットをグイッと引っ張り目深に被るようにした。
「シエルちゃんは意外と」
「お転婆なのね」
とリリとルルにからかわれたが、上手く反論できなかった。
お香の火も消して、煙が出ていないのを確認し容器に閉まって、エプロンバックにしまった。
キリアさんに未だ頭を優しく撫でられており、嬉しさと恥ずかしさに猫耳キャスケットを両手で下に引っ張って顔を隠した。
そんな私を奇声を発したカーナさんが抱き上げてクルクルと回ってギュッと抱きしめてきたので、グイッと手を伸ばして抵抗し離してもらった。
子供達の手前か、いつもよりすんなり手を離してくれたので助かった。
····· ただ、少し寂しく感じたのは内緒だ。
シエルちゃん!ちょっと成長しました!
コハクの時は答えられなかったけど、今回は一歩前進で約束確定ではないけど、答えられました⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
頑張ったね!シエル(*´∀`*)
皆さん、こんばんは!
今回は少し長くなってしまいました。
読みにくかったらごめんなさい。
いつもコメント、ブックマークありがとうございます☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
いつも皆から力を貰って執筆ができております!
今後も頑張りますね!
どうぞよろしくお願いします° ✧ (*´ `*) ✧ °