36: コハクは何をしているのでしょうか?
さっきまでグズグズに泣いていたはずのカーナさんは、晴れやかな顔で笑っている。
私を抱き上げてクルクル回ったのを見て、クウリとロッジが羨ましそうにキラキラとした目でカーナさんを見上げ、それに気づいたカーナさんが2人を腕に抱き上げて、軽やかにクルクル回った。
クウリもロッジも、楽しそうにキャッキャッと笑い、何回か回ると満足したのか、カーナさんに下ろしてもらってユシン達年上組のところへ戻っていった。
そんな楽しそうな雰囲気を感じ取ったオーロが少しソワソワしているのに気づき、カーナさんがブランカさんに声をかけた。了承を得られたようで、オーロを優しくお姫様抱っこをして何回かクルクルと回り始めた。
オーロは突然抱き上げられた事で最初は戸惑っていたが、回り始めると楽しそうに手をパチパチと鳴らして喜んだ。
回り終わり、カーナさんに下ろしてもらうと、楽しかったと報告するようにブランカさんに抱きついてピョンピョン跳ねている。そんなオーロに、ブランカさんは嬉しそうに優しく笑いながらオーロの頭を撫でて、カーナさんに「ありがとう」と口を動かして頭を下げていた。
そんな、この場に似つかわしくない微笑ましい様子を見ていて、ふと、気づいた。キリアさんがいないことに·····
察知魔法で居場所を把握すると、こちらに向かって来ているのが分かった。
檻から出てキリアさんがいる方へと歩き、キリアさんを迎えに行く。
少し歩くとキリアさんと無事に合流した。
「どうしたんだ?」
迎えに来た私を見て、微かに首を傾げながら不思議そうに聞いてきた。
「キリアさんがいなかったから、お迎えに来たの」
「そうか」
素直に答えると、頷きながら私を抱き上げて額をくっつけてくる。ジッと見つめられたら目を逸らせない。
「何があるかわからないから勝手に行動しない。さっき善処するって言ってただろ?·····でも、嬉しかったよ。ありがとう」
やはり勝手に行動したことを窘められてしまった。しかし、舌の根も乾かないうちに行動してしまったので反論なんかできなかった。
ただ、注意したあとに目が優しく緩み、告げられた言葉に、自分の顔が真っ赤になったのがわかった。
額を合わせた時にズレたキャスケットを両手で下に引っ張って顔を隠し、キリアさんと手を繋いで、皆のところへ戻った。
赤くなった顔を隠すのに必死で、皆が微笑ましそうに見ていることに気づかなかった。
「洞窟内を一通り回って、寝てる奴らを軽く縛っておいたよ」
なんとキリアさんは、私達がカーナさんと戯れている間に洞窟内の確認をしてくれたようだ。それも眠った盗賊達を縛り上げるおまけ付きで。
「何人いた?」
「分かれ道の所に3人、武器庫らしき所に2人、宝物庫らしき所に2人、あとガルガとか言うやつが転がっている部屋の近くにヤヤグとか呼ばれてた男が1人。計9人だよ」
「そうか!私が感じた気配の人数と合致しているな」
カーナさんの質問にスラスラと答えるキリアさんの内容と私が察知魔法で感知した人数も合致していた。
とりあえず、取り逃しはなかったようで安心した。
「あと、外の奴らは気づいてなかったよ」
どうやらキリアさんは洞窟の入口にも行ったようで、洞窟外にいる盗賊達の様子も見てきたようだ。
今のところ計画通りに進んでいる。
所々、細かいところに修正は入っているが、概ね計画通りだと言える。
これで、洞窟からの脱出は可能となった。
あまりに簡単に計画通り進むからか、ヴァネッサとブランカ、年上組が唖然としていた。
「あの短時間で·····」
「洞窟内、全部確認してきたの?」
「それも、寝ている盗賊達を縛り上げることもしてるなんて·····」
年下組とオーロは、よく分かっていないようでキョトンと首を傾げていた。
外にいる盗賊達にバレるまでは、安全に洞窟内を脱出できる状況が整った。
あとは、洞窟の外で焚き火を囲んでいる盗賊10人と、ここに来るまでにヤヤグとか呼ばれていた男が合図を送っていたお仲間をどうにかしなくては、危険なく脱出は出来ない。
再度、今後の計画をヴァネッサとブランカ、年上組と共に確認していく。クウリとロッジ、オーロは3人で私があげた飴を大人しく舐めて待っていた。
子供達にとって大人の話は退屈なのだ。それに、今後は大人か年上組と一緒に行動していくので、計画を覚えなくても大丈夫なのだ。と言うか、子供達に計画を覚えさせるのは困難なので、計画を覚えた大人と年上組の言うことをしっかり守ることを約束させて飴をあげたのだ。
大体の計画を確認し終えたヴァネッサ達が行動に移そうとしたところ、カーナさんが待ったをかけた。
ちょっと難しい顔をして、腕を組み首を捻っているカーナさんに何があったのか聞くと私を見下ろして困った顔をした。
「コハクがな·····魔物を追いかけ回しているみたいなんだよ。·····んー?まるで牧羊犬みたいな動きだな」
「えっ?·····牧羊犬?」
サッと察知魔法を広範囲で展開させると、カーナさんが言っていたことが分かった。
ゴブリン、オーク、グランドウルフなどの群れを作る魔物達が群れごとコハクに追われている。群れ自体は小規模であるが、合わさって魔物の総数約40と小規模なスタンピードになっている。
コッ、コハクぅー!何してますの!?
ちょ、本当にどうしたのでしょう?
えっ、もしかして·····置いていかれそうだったこと怒っていますの?
なら、しょうがない·····のかしら?
それに、ちょっと怒っちゃったで、小規模のスタンピードを故意的に起こせるなんてさすが神獣フェンリル! いえっ!さすがコハクだわ!
はぁ、あのフワフワでモフモフの素敵な毛並みに知的で蠱惑的な金色の丸い瞳·····はぁ、可愛い。後でいっぱいモフモフしましょう!
「シエル。現実逃避しないの」
あまりにビックリしすぎて、微笑みを貼り付けた顔のまま、頭の中で混乱し現実逃避をしていることをキリアさんに指摘された。
それにしても、今のは完璧なポーカーフェイスだったでしょうに·····何でいつも考えていることを知られてしまうのかしら?
はぁ、出来ることなら現実逃避したかったわ。
魔法で感知されたことに気づいたコハクが、牧羊犬よろしく、魔物達をどこかに誘導し始めた。
誘導している先に人が3人いるのを察知し、コハクが何をしようとしているのか分かってしまった。
カーナさん達を見ると、カーナさんは「おぉ!」と目をキラキラさせながら興奮しており、キリアさんは顎に手をやりながら「なるほど」などと呟いて感心していた。
「確かに·····効率は良いのかもしれないけど、あんなことコハクにしか出来ないし、一歩間違えたら大惨事でいい迷惑だわ」
なんかカーナさんとキリアさんの反応を見ていると、今後何かの時にコハクが今しようとしていることと同じことを試そうとしそうだったので、釘を指しておいた。
魔物達を使った敵の処理。
確かに上手くコントロール出来れば、こちらに被害なく場合によっては短時間で相手を殲滅できるだろう。ただ、これは諸刃の剣でもある。コントロールを失えば、こちらの被害も尋常ではない。最悪、こちらが全滅することもあるのだ。
昔、人為的にスタンピードを作り出し、敵国を葬り去ることを作戦に組み込んだ馬鹿な国があったそうだ。
結果──────────その国が滅んだ。
魔物を捕まえ保管していた檻が壊れ、自国に魔物の群れが流れ込んだのだ。また、コハクがしているように魔物を追いかけ回しながら集め規模を大きくしていくことも考えたそうだが、魔物の数が増えれば追いかけられている魔物の方が有利となる。そして、牙を剥かれ殲滅される。
スタンピードとは自然災害なのだ。それを人が管理などできるはずもない。管理できるなどと驕る愚か者の末路について学ぶ時に、よくその国の出来事を紹介されるのだ。
まぁ、そのように学んでも、理解出来ず同じ過ちを犯す馬鹿は出てくるものだ。カーナさん達がそんな奴らと同じなわけが無い。
ただ、実力的に出来てしまうかもしれないのが、危険な行為であることは明らか、そんなことして欲しくないので諌めたのだ。
その気持ちが伝わったのか、カーナさん達は力強く頷きながら「やらないよ」と言ってくれた。
安心して息をホッと吐き出し、カーナさん達の袖をつかみ「ありがとう」と伝えた。
カーナさんが直ぐに発狂して抱き締めあげてくるので、今後は距離を置くかキリアさんでガードを作ってからお礼を言おうと心に誓った。だって、抱きしめられることで、死を覚悟することになるんだもの。
でも、力加減が下手なカーナさんの抱きつき行為が嫌いになれないのは、カーナさんのことが·····好きだからなのだろう。
まだ、その気持ちを上手く受け入れられていないが、これから徐々にでも受け入れていきたいと、助けてくれたキリアさんの腕の中で思いながら必死に息を吸っている。
私の状態を見て、ヴァネッサとブランカ、年上組がクウリ達を自身の後ろに隠しながら、心配そうに見ている。
カーナさんはまたもキリアさんに怒られ、私への接近禁止を言い渡されて嘆いていた。
私はそんなカーナさんと少し距離をとり、キリアさんの後ろへ隠れている。
カーナさんは、必死に謝りながら私へ手を伸ばし、キリアさんに叩き落とされることを繰り返している。
「本当にごめんっ!もうしないからっ!気をつけるから!シエル逃げないでくれっ!」
「カーナ、それはこの間も聞いた。少し反省しろ」
「うぅー。だってぇー、シエルが可愛くて頭がパァー!ってなっちゃったんだ·····」
「本能のままに行動しすぎだっ!」
「うぅ、ごめんなさい。分かったよ。ちょっとの間、我慢する」
項垂れながらキリアさんの説教を受け入れ、私への接近を我慢するようだ。
それにしても·····頭がパァー!って何?
私·····無意識になんかやばい薬物でも発していたのかしら?
それに、ちょっとの間だけなのね、我慢するの。
あまりに自分の気持ちに素直すぎて、ちょっと微笑ましく感じてしまう。
そんな私達を見て、リリとルルが呟く。
「なんか·····逆じゃない?」
「お兄ちゃんがお母さんみたいね」
あぁ!それはダメなやつ!
私もそう思うけど、それは思っても言ってもダメな·····ヒェっ!私はそんなこと思ってません!
キリアさんはお母さんじゃありません!
リリとルルの呟きにすかさず頭の中で突っ込んでしまった。
私の顔の表情は変化していないはずなのに、私を見下ろすキリアさんの目が笑っておらず、冷たくさえ感じる。すぐさま心の中で必死に取り繕ったことで、キリアさんの目に温かさが戻ってきてホッと息をつく。
本当に何で思ったことを正確に知られてしまうのかしら?
そんなにわかりやすい表情していますかね?
「リリちゃん、ルルちゃん。僕はお兄ちゃんだよ。母親じゃないからね」
「は、はい!」
「お兄ちゃんです!」
私を見下ろしていた視線をリリとルルに向け、キリアさんが優しい口調でリリとルルに声をかけたが·····目が·····笑っていなかった。
それにすぐさま気づき、リリとルルがピシッと直立不動で返事している。まるで敬礼でもするかの姿勢の良さだ。
何故か、ユシンまでもピシッと直立不動しており、それを見たクウリが真似して、やっと周りの空気が和やかになった。
「おっ?コハクが戻ってくるようだぞ」
「すみません。そのコハクさんとは貴方達の仲間ですか?」
先程のピリッとした空気感や今の和やかになった空気の中で、カーナさんはマイペースに柔軟をしていた。
腕を上げて伸びをしていると、「おっ?」と声を出して遠くを見ながらの呟きに、ユシンが質問を投げかけた。
「コハクは私の家族の一員だ。シエルを慕っているフェンリルだ」
「えっ、フェンリル?」
「ん?聞き間違い?」
「·····聞き間違えであって欲しい」
「フェンリルだ。まだ子供だからそれほど大きくないが、犬みたいで可愛いし、頭もいいんだ!それからな!·····」
コハクを家族の一員と認識しているカーナさんは、家族愛爆発気味で宣っているのを目を白黒させながらユシン達が聞いている。
「うんとね。コハクは私達の大切な家族なの」
空いた口が塞がらないポカンとした顔でカーナさんの話を聞いているので、カーナさんの話を遮って家族であることを伝えると、やっと口を閉じて頷いてくれた。
「なんか、面白い家族ね」
「ふふふ、仲良し家族ね」
リリとルルが楽しそうに笑いながら、ユシン達と手を繋いだ。
「早く会いたいね」
「うん。皆でね」
その呟きに子供達が力強く頷き、痩せ細った体に生気を漲らせた。
こんばんは!
いつも本当にありがとうございます!
榊はいつも皆さんに元気を貰っています(*´꒳`*)
ありがとうございます(* ॑꒳ ॑*)
次話を明日には更新できるよう頑張ります!
次でコハクちゃんと合流できるかな?
これからもよろしくお願いします° ✧ (*´ `*) ✧ °