23:魔物避けの木は綺麗でしょうか?
泉から離れ次の街へと向かっている現在、私は未だにカーナさんの腕の中だ。森の中を進む間は逃れられないのだと諦めて皆に身体強化を付与して罪悪感から目を逸らしていた。
あの騒動で魔物に会う確率が極端に減ってはいたが、会わないわけではない。道無き森の中を進んでいるせいで、ゴブリンなどの小物に何度か襲われたが進行の妨げになることはなかった。
ゴブリン達は遭遇即死だ。魔物からしたら死を理解する前に事切れているのだろう。
カノリアの西門から出てそのまま西へ向けて進んでいたが、軍馬を放してからは南に向けて森の中を進んでいる。陽が沈みかける前に少し開けた場所に出ることが出来た。そこには森の中に稀に生えている魔物避けの木が生えており、その下でテントを張ることになった。
魔物避けの木の正式名称はパロサントだ。この木の周りには魔物は近寄らないため、冒険者達の休憩場所として重宝されている。また、この木の枝を香木にして調合した魔物避けの匂袋は旅をする多くの人達の御用達となっている。魔物避けの範囲はまちまちだが、調合師の技術力が高ければ高いほど広範囲の魔物避けになるため、高名な調合師の匂袋は高価になる。
そんなパロサントの木は夜になると葉と花が薄青く発光する。とても綺麗な光景を見ながらカーナさんと一緒に作ったトマトのスープとカノリアで買った黒パンを食べた。
お腹が温かくなり眠くなったが、キリアさんに聞かなきゃならないことがあるのだ。
食事の片付けを手伝い終えて、私はカーナさんの横に腰を下ろし、エプロンバックに入れて置いた干し果物を取り出しカーナさんとキリアさんにあげる。
一緒に干し果物を食べながら一息ついて、疑問に思っていたことをキリアさんに聞いた。
「あの、キリアさん。なんで軍馬を放したの?」
「ガイルが言っていたと思うけど、あの軍馬たちは放されたら持ち主の元まで戻るよう躾けられている。それだけなら、途中で放せばよかったんだけどね。あのピアス、軍馬の位置を正確に把握出来るよう細工が施されていたんだ。軍馬と一緒にいれば正確な居場所がバレるし、軍馬を無闇に放せば、持ち主の元へ戻ろうとする軍馬たちの動きで故意的に放したことがバレる。どちらにしても、変な勘ぐりを入れられると面倒だ。だから、あの場で放すことで悪い奴らの居場所を把握させ、探りを入れようとあの場に駆けつけた兵士達にアイツらを捕らえてもらえば僕達を追いかけてくるまでに時間が稼げるし、軍馬を放したことの言い訳にもなるだろ?」
「あのピアスにそんな細工がされていたの·····。ガイルさん達は私の正体を知っているってこと?」
不安を感じて、膝上で広げていた干し果物が乗った紙をクシャっと掴んでしまう。
その手にカーナさんの温かな手が上から包まれて力が自然と抜けていく。カーナさんは確信に満ちた目で私を見つめて話しながら笑いかけられて安心した。
「いや、ガイルは気づいてないな。まぁ、何処かの貴族の出ではないかと疑っていたようだが、私に対しては違うと判定したようだしな。失礼な奴だ!」
「じゃぁ、誰が、何のためにそんなこと·····」
「 多分、ガイルの上だな。シエルに視点を置いているわけじゃない。私達は元々エリスタ王国の出じゃないからな。一応の監視をしておこうって魂胆だろ。よくある事だ、気にするな」
「そう·····なのかしら?」
「あまり気にすると疲れるよ。大丈夫、僕達がいるよ」
キリアさんに頭を優しく撫でられて、気恥ずかしくて顔を俯けた。「大丈夫」とカーナさんが優しく抱きしめてくれる。
カーナさんの体温と心音が感じられ、キリアさんの優しく頭を撫でられる手が心地よくて安心したのか、ゆっくりと意識が遠のいていく。
「眠った?」
「寝たな。ちょっとシエルを寝かしてくる。お茶淹れといてくれ」
規則正しい寝息をたてながら眠る可愛いシエルを抱き抱えて毛皮を敷き詰めたフワフワの寝床に寝かせる。ブランケットをかけていい夢が見られるように優しく頭を撫でて、シエルの寝顔が柔らかくなったのを確認して顔が緩む。
シエルはよく悪夢を見るようで、泣いたり、魘されたりと見ていて辛くなる。一緒に寝たりすれば何もなくスヤスヤ眠るものだから、一緒に寝られる時は抱きしめて寝るようにしている。今はコハクが一緒に寝るようでシエルの横にゴロンと横になりフワフワの毛皮にシエルを包み込んで目を閉じた。
·····ずるいな、それ。
私にも毛皮が欲しいっ!そうすれば寒い時とかシエルから抱きついて来てくれそうだっ!
それに、シエルはそのフワフワの毛並みを気に入っているようだし·····刈るか·····
考えていたことを感じたのかパチっと目を開けてグググッと鼻にしわを寄せ、牙を剥き出して威嚇してきた。ただ、シエルを起こさないように唸り声は出ていない。
本当にシエルに懐いているな。と感心しているといつの間にか来ていたキリアに頭を叩かれた。
おい、息子よ。最近、私の頭を気軽に叩きすぎじゃないか?
馬鹿になったらどうするんだ!
不満気に睨むもキリアは呆れた目をしてテントの出入口を右手指しながら「早く外に出ろ」と無言の圧力をかけてきた。
しぶしぶテントの外へ向かうとキリアはコハクとシエルを撫でて私についてきた。
焚き火の近くに座りながら少し冷めたお茶を飲む。
闇夜を淡く照らす月と魔物避けの木を見て、今日は見張りが楽になりそうだと目を細める。
これだけ視界が明るく、魔物避けにより魔物が来ない場所での夜番の見張りはやりやすい。魔物の気配の把握は必須だが、魔物避けの木で1番気をつけるのは人だ。
時々、魔物避けの木に浮浪者や山賊などが巣食うのだ。何も無ければいいのだが、奴らの殆どは襲ってくる。食料や金目の物、時には襲った人達を奴隷として売ったり、趣味で残虐な行為をする者までいる。奴らは闇夜に身を隠し襲うことを得意としているため、今夜みたいな明るい夜は襲うことなく身を隠す者が多い。不意打ちでないと勝てないのが分かっているのだから、たちが悪い。
まぁ、ここは森の中だからそういう奴らはそういないが·····。
本来の森は魔物が多く生息しているからな。実力がない者が生き続けるのは困難だろう。
気配頼みの見張りは疲れるからなぁ。
「カーナ。追ってくると思うか?」
ボーっとお茶を飲んでいると、キリアが愛刀のダガーナイフを手入れしながら聞いてきた。
「いや、追っては来ないが·····たぶんまた会うことになるな」
「そうか·····」
「あんまり気にするな。本命達には会わずにこの国を出られたらいいんだ」
「·····そうだな」
·····納得してないな。誰に似たんだか、キリアは細かいところが気になるようだ。
計画とか細かいところまでつめて立てているし、プランも2個3個考えている。アクシデントも想定したプランもいくつか立てていることも知っている。
·····本当に誰に似たんだ?
ガイルたちは私達を追ってこられないだろう、今頃休みなく仕事してるだろうからな。
ご苦労なこった。まぁ、その仕事も私達が作ったものだけどな。はははっ、何処かの馬鹿がピアスに細工しなきゃガイルたちの仕事も減っただろうに。ガイルたちは本当に運がないな。
キリアは納得していなそうな顔をしていたが、愛刀を手入れしながらプランを幾つか立てて落ち着いたようで、愛刀を収納しながら立ち上がった。
「おやすみ。夜番よろしく」
「おう!おやすみ。よく寝ろよ」
テントに入ったキリアを見届け、今夜の見張りをする。と言っても、周りから魔物の気配はなく視界も明るい、焚き火で暖をとり、月と魔物避けの木の発光を肴にお茶を飲む。
明日には森を抜けられるだろうが、まだ距離がある。明日もシエルを抱っこして進むことを考えて破顔しながら、夜は更けていった。
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