53:《聖森の守り人》の方々に会えますでしょうか?
「シエルぅ‼ おはよう。朝食できたから起きような」
「……ぅん」
コハクに前足の間に入り、コハクのモフモフの胸元に顔をうずめて眠っているシエルを、声をかけながら抱き上げる。まだ夢現の様で、抵抗することなくカーナの腕の中で目を擦っている。
「か、可愛いぃぃぃ」
「ぅえぇぇ⁉ か、カーナさん‼ ちょ、ちょっと苦しぃ」
「グワゥっ‼」
シエルの無防備な姿が愛らしくて、つい腕に力を入れて抱き締めてしまった。
今まで夢現状態だったシエルも驚きと息苦しさで完全に目が覚めてしまった。必死にカーナの腕から逃れようともがき抵抗したが逃げられることはなかった。
直ぐにコハクがひと鳴きして抗議してくれたので、カーナの抱擁による圧死は免れた。
「あ、ごめん。可愛すぎてつい」
「ついって……カーナさん、自分で歩けるから、下ろしてください」
つい、で死にそうになりたくない……
「嫌だ! 気をつけるから! 私から癒しを取り上げないでくれ! 頑張ったんだ、ご褒美くらい欲しい!!」
「? なんのこと?」
カーナさんが私を優しく抱きしめながら、嫌々と首を振る。カーナさんの姿は駄々を捏ねる子供のようで、コハクが呆れた顔をしてカーナさんを見上げている。
カーナさん……子供のコハクが呆れてしまっているわ。
それにしても、何を頑張ったのかしら?
シエルは眠っていたので、テント外で会ったエマたちとのカーナのやり取りは知らずにいた。また、コハクがテント内に軽く風魔法で音が聞こえないよう膜を張っていたために、カーナたちがどれほど騒いでも起きることがなかったのだ。
「何かあったの?」
「ん? 昨日のバカが突っ込んできただけだよ」
「あっ! そうだった。来てるのに気づいてたのに寝ちゃったんだったわ。約束していたのに失礼なことしてしまったわ。まだいますか? 謝らないと」
カーナさんの言葉で二度寝する前に昨日の4人と思われる人達を感知していたのに、すっかり忘れていたことを思い出した。
二度寝してからどれくらいたったのかしら?
ずっとお待たせしてしまったのね……申し訳ないわ。
そうか、私が寝ている間にカーナさん達が彼らへの対応をしてくれていたのね。
カーナさんの腕から逃れようと抵抗することを止め、カーナさんが気の済むまで付き合うことにした。
そんな私の行動に気づいたのか、カーナさんはご機嫌に私の頭に頬を擦りつけながら、私の言葉を否定してくる。
「ん? なんでシエルが謝るんだ? あいつらが、非常識な時間に来たんだ。謝る必要ないぞ。それに、一度帰ってもらったから今いないぞ」
「そんな……冒険者の方々には朝のこの時間は忙しいでしょうに。私が寝汚いばかりに、皆さんに迷惑を」
「いやいやいやっ‼ 日の出直後に押しかけてくる奴らの方が迷惑だろ。普通、朝食後くらいに来るだろうに」
「そうなの? でも、早々にここを出発したかったから、しょうがなくってことも……」
「いや、ただの欲に忠実に突っ走っただけだったから、気にしなくていい。それより、ご飯食べよう。キリアが待ってる」
「はい」
昨日の4人のことを話すときのカーナさんは心底呆れたような顔をしていた。私の行動が彼らに迷惑をかけたのではと気になったが、カーナさんの言葉に少し安心した。
カーナさん達に迷惑をかけたくないのが一番だったけど、それも大丈夫そうでよかった。そう思いながら胸を撫でおろす。
カーナさんに抱き上げられた状態で、キリアさんが待つ焚火近くに向かった。コハクはフワフワの尻尾をご機嫌に揺らしながら、私たちより先にキリアさんのもとへと歩いて行った。
蒸かした大量の芋と軽く焼かれたパンの上にベーコンが大量に乗せられた、なんともワイルドな皿を両手に持ったキリアさんが待っていた。私たちの姿を見ると、少し呆れた様子で持っていた皿を焚火の近くの椅子代わりにしていた石の上に置いた。
カーナさんは当然のように膝の上に私を乗せて石の上に座る。
さすがに隣に座ろうと膝から降りようとしたが、カーナさんの腕に阻まれ、いつも助けてくれるキリアさんまでも2人と同じメニューで量がかなり少ない皿を渡してくる始末。
コハクはすでにもらった大量の焼いた肉に齧り付いており、助けは見込めなかった。
「ほら、早く食べないと冷めるぞ」
「いただきます」
既に食べ始めていたカーナさんに促され、脱出をあきらめ食べ始めた。
ほっこり蒸された芋は甘く、軽くかけられた塩がさらに甘みを引き立たせている。軽く焼かれたためパンの小麦の甘みも強く感じられ、カリッと焼かれたベーコンの塩味とよくマッチしており、美味しい。
旅では、保存できる限られた材料で工夫しなければ美味しい食べ物は食べれない。冒険者の中には、その工夫を面倒がり保存食で食いつなぐものも多い。しかし、保存食はあまりおいしくない。干し肉の方がましなくらいの大味だ。それでも、栄養的にも腹持ち的にも干し肉より優れているので愛用する人は多い。
キリアさん達は保存食は美味しくないと魔法鞄に保存のきく大量の野菜などを入れており、簡単な料理をして食べている。料理ができないときは、泣く泣く保存食を食べていて、本当に嫌いなのかカーナさんなんて、美味しくないと顔に出して食べていた。
美味しい食事を食べ終わり、使った皿やコッヘルを水場に行って軽く洗い、テントなどを片付けていく。あらかた片付け終わったころに、昨日正座させられていた4人の冒険者が訪ねてきた。
皆が座れそうな石もなかったので、背負っていた魔法鞄から大きめの敷物を出してひくと、いつも無表情のキリアさんが輝く笑顔をこちらに向けてきた。
「シエル、そんな優しさは彼らに必要ないよ」
キリアさんの言葉に、隣に座ったコハクまで何度もうなずいてくる。
コハク? いつもの可愛いコハクはどこに行ってしまったの?
まるで、野生の狼のようなお顔よ。
「でも、今日もいっぱい歩くんだよね? お話も長くなるかもしれないし、ね?」
「はぁ、分かったよ。でも、無理にしゃべらなくていいからね」
そう言いながら、隣に座ってくる。コハクとキリアさんに挟まれてピッタリくっつかれ、それを見たカーナさんが「ずるい‼」と騒ぎながらもキリアさんの隣に座り、冒険者の4人は私たちの前に並んで座った。
……まるで、お見合いだわ。
そんなことを思いながら前に座る冒険者に顔を向けると、端に座る女性の熱視線が気になった。昨日、近づいてきた女性だ。確か……エマ、さんて呼ばれていたわね。
「あの、エマさん? 何か?」
「つっ‼ 名前ッ‼ 名前呼ばれちゃったわぁ‼ ねぇ! 聞いた? 私、名前覚えられてるわッ!」
「エマ、少し黙ろうか」
「はひっ‼」
あまりの熱視線に声をかけると、両手で口を押えながら目を見開いて一気に息を吸い込んで、隣に座る青紫色の髪の女性に体ごと向けると、女性の服を一生懸命引っ張りながら話しかけている。話しかけられている女性は引っ張られる力で頭がガクガクと揺れていたが、一瞬でエマさんの胸倉を掴んで自身に引き寄せ、額に青筋を浮かべながら笑顔で声をかけている。先ほどまで、喜色満面の笑みで興奮していたのが嘘のように、小さく膝を抱えて大人しく座った。
「はぁ、ごめんね。昨日も今日も迷惑かけたね。シエルちゃん、で合ってるかな?」
「はい。昨日は失礼な態度をとってしまって、すみません」
「いや、今回のは僕たちに非があるからね。シエルちゃんが謝ることないんだよ」
「そうだぞ! 昨日も話した通り、こいつらにしか非がないからな。それに、反省が足りないのもいるようだしな」
「ひぅっ‼ ご、ごめんなさいぃ。会えて嬉しくてぇ、調子乗りました」
溜息が吐かれた方に顔を向けると薄氷色の髪をした、昨日エマさんと一緒にいた男性と目が合った。優し気に微笑まれ、声をかけられた。返事をしながらも、昨日の非礼を詫びた。
カーナさん達は私の行動を悪くないと言ってくれていたが、やはりもう少しやりようがあったと思うのだ。見た目は子供でも前世は成人していたのだから、甘えはよくないだろう。
私の謝罪に、確か……アイラトさん?と呼ばれていた男性は困ったように笑いながら否定してくれた。彼らの仲間も強くうなずいており、カーナさんに至ってはアイラトさんの言葉に被せるように肯定してきた。それだけでなく、先ほど興奮していたエマさんに睨みを利かせるように言葉を発し、エマさんはより体を小さくして項垂れてしまった。
多分、コハクがエマさんの方に顔を向け、歯をむき出しているのもエマさんが小さくなる要因の一つだと思う。威嚇音もなく、静かにしていたので今気づいて窘めたが止める気はないようだ。
コハクの説得を諦めてアイラトさんに顔を向けると、申し訳なさそうに笑いながらここに来た目的を話すと、いきなり4人全員がザっと音がするほど素早く居ずまいを正し、頭を下げてきた。
「とにかく、僕たちは君とそちらにいらっしゃるフェンリル様に謝罪とあいさつがしたくて来たんだ」
「神獣フェンリル様、護り子シエル様に対し昨日の無礼な振る舞い、到底許されるものではございませんが、どうかご容赦願えませんでしょうか」
ビックリしすぎて一瞬止まってしまったが、必死にアイラトさん達に声をかけ、まだ怒っているのかプイっとそっぽ向いているコハクにもパニックで少し圧をかけながら声をかけた。
「えっ⁉ そ、そんな、大丈夫ですからっ‼ あの、頭を上げてください! コハクももう怒ってないわよね、ね?」
「ガウッ‼⁉ ……わふぅ」
私の言葉に驚いたように顔を向けてきたが、私の圧に根負けして、溜息を吐きながら「しょうがないなぁ」という顔をしてくれた。これで、丸く収まると安心したところでキリアさんとカーナさんにより爆弾を投下された。
「シエル、そんな無理しなくていいんだ。怖かったよな、可哀そうに……」
「そうだよ。無理しなくていい、俺たちが絶対に守るから」
優しく頭を撫でられながら、そんなことを言われて焦ってしまう。目の前の4人の頭も下がったままで、上げられる様子がない。
「うぅ……はぁぁぁ。皆さん頭を上げてください、今すぐに。皆さんの謝罪は受け取りました。これ以上の謝罪はいりません。お母さん達も、私を思っての言葉として嬉しく思いますが、必要以上の謝罪の要求は要らぬ諍いを生むだけです。私は……カーナさん達といられるだけでいい」
「シエルっ‼」
パニックになりそうな頭に息をゆっくり吐きだすことで、冷静さを強制的に取り戻す。スッと姿勢を正し、いまだに頭を下げ続けているアイラトさん達にゆっくり声をかける。アイラトさん達の頭が上がったことを確認すると自然と笑みがこぼれる。ゆっくりカーナさん達に視線を流し、諫める言葉をかける。
カーナさんが突然立ち上がり、私の名前を呼びながら後ろから抱きしめてきて、ヒョイッと膝に乗せられた。スリスリ頬を頭に擦り付けられ、コハクは私の手に自身の額を押し付けてきて、キリアさんはそっぽを向きながら私の服の裾を掴んでいた。
カーナさん達にされるままにして、アイラトさん達に視線を向けると皆がポカンっと口を開けて私を見ていて、少し心配してしまった。
キリアさんの耳が仄かに赤みかかっているように見えるのは気のせいだろうか?
それと、アイラトさん達は口を開けて止まっているけど、どうしたのかしら?
私、おかしなこと口走っていた? 多分、大丈夫だったはず……
その後、カーナさん達の状態はそのままで、アイラトさん達から自己紹介された。
Cランクパーティ《聖森の守り人》
Aランクのアイラトさんは髪型でうまく耳を隠していたが髪を耳にかけてエルフ族の特徴的な耳を見せてくれた。カーナさんと同じAランクということは、こんな人を殺したことがなさそうな中性的な見た目の麗人が隣に座る筋肉質の大きな男の人より強いということだ。人は見た目だけでは判断できないと王妃教育で教わってきたが、それを体現するような人だわ。いや、このパーティの人達全員を指しているようだ……
筋肉質の長身で厳つい顔の男の人は、Bランクのローワンさんと言うらしい。見た目は寡黙な武人という感じだが、仲間に向けるその茶色の瞳は優しくて、お兄さんという感じだ。私にも怖がられないよう気を付けている様子が見受けられた。
その隣のおっとり系美人のスレンダーな女性は、Cランクのアメリアさんだ。隣のエマさんの胸倉を掴み黙らせた手腕からも、見た目通りの中身ではないようだ。先ほどチラッとカーナさんを見た瞳には不思議な熱を感じた。カーナさんは何も反応しないし、一瞬だったので見間違いだったんだなと気にしないことにした。
そして、きつそうな顔立ちの豊満な胸の美女は、Cランクのエマさん。見た目は気の強そうな見た目なのに、話し方やその行動ですべて台無しのなんとも勿体ない女性だ。
彼らに近づいて話しても、彼らが頭を撫でてきても気分が悪くなることもないので、安心して話せた。気分が悪くなる人とならない人の違いは分からないが、私の精神的なものが関わってきているのだろう。今はそんな思考に耽るのも、検証するのも時間がないので頭の隅へ追いやっておいた。
色々騒いだので注目されているかと思ったが、私たちが野営地の端を使用していたのと、ちょうど出発する人たちが多い時刻でバタバタしていたので、私たちに注目している人はいなかった。
もう少しでこの国を出られると安心することは愚の骨頂だ。最後の安心は気の緩みにつながり、最悪な結果になる可能性もあるのだ。より一層気を張り詰めなくてはいけない。
今日中にはサザリンに着く、もう少しだわ……絶対にできるのよ、私。
いつもありがとうございます(*^-^*)♡
今後も頑張ります‼
どうぞよろしくお願いいたします('ω')
お豆腐メンタルな私です。優しいコメントに心癒されます♡
今後もお付き合いしていただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたします('◇')ゞ