22:ワンちゃんではないのでしょうか?
私は呪具から出てきた真っ黒の無数の手に捕まってからカーナさん達の元に意識が戻るまでの状況を、前世のことを隠して掻い摘んで話した。
一応、真っ黒い無数の手や呪いの臭気が私に影響を及ぼしている可能性がないことを伝えた。
前世でも問題なかったことで、前世で出会った呪具の核である1人が問題ないことは教えてくれていたから伝えたが、根拠については分かっていないので曖昧に濁しておいた。
話し終えるとキリアさんは難しい顔をして考え込み、カーナさんは私の肩に額を擦りつけギュッと抱きしめてきた。
そう·····私は話している間中、ずっと後ろから抱きしめられている。
逃げることは叶わなかった。カーナさんがこの体勢で話を聞くと譲らなかったためだ。
それとなく離して欲しいと伝えても、キリアさんが離すように促しても頑としてこの体勢から動かなかった。
最後には「ダメ·····か?」と涙目で訴えられ·····私は負けた。
いつの間にあんな技を覚えたのかしら?
あんなふうに訴えられたら、なんでもお願い事を聞いてあげたくなっちゃうじゃない!
ずるいわ!
·····でも、今回はカーナさん達に迷惑をかけてしまったし、これくらい我慢すべきね。
カーナさんが顔を上げて、私を自分の方へと向かせるように抱き変えて、私の頬を包み込んだ。
「今回は無事だったから良かったが、次も無事かは分からない。私はシエルを失うのが怖い。お願いだから、動くなとは言わないから·····何かしたいなら私達に願ってくれ!必ず助けになるから!なっ?」
私を見つめる目が少し涙目でいつもより真剣な眼差しで、私は言葉を失った。呪具の中で感じた痛みや辛み、苦しさなどでは涙なんか出なかったのに·····自然と涙が出てきてしまった。
なんでかしら?
胸が痛い。
カーナさんのそんな辛そうな顔を見たくない。
嫌い。信じたいのに信じることが怖い、臆病者の私が嫌いだ。
私のために危険を承知で一緒に行動してくれているのに、実際に危ない目にあっているのに、それでも一緒にいてくれる。私を失うのが怖いって言ってくれるこの人達を信じたい。なのに、なのに·····信じるのが怖いだなんて!
弱い自分が嫌いだ。
自己嫌悪で気持ちが落ち込んでいると、不意に頭を優しく撫でられ、ギュッと抱きしめられた。
顔を上げるとカーナさんに抱きしめられて、キリアさんに頭を撫でられていた。
「大丈夫だ。ゆっくりでいい。今はその気持ちを持ってくれたことが嬉しいよ」
まるで私の気持ちが分かっているように言う、カーナさんに同調するようにキリアさんも頷いている。
スカートの裾を軽く引っ張られ下を見るとワンちゃんが私の足に頭を擦りつけ尻尾を振っていた。
ホワッと光が灯るように胸が暖かくなり、笑顔がこぼれる。
「ありがとう」
自然と言葉がこぼれた。
·····穏やかな時が流れていたが、私達の周りには凍って粉々にされた魔物の死骸と魔石が幾つも散らばっている。
魔物の死骸と死骸から取れる魔石も素材として売れるため、手分けして拾い集めた。ワンちゃんも風魔法を器用に使い集めてくれたため、思いのほか早く集めることが出来た。
魔物の多くは焼け焦げ、砕け散ってしまったため、素材として売れるものは少なかった。
拾い集めたものは魔法鞄に入れて運び、いくつかの街で怪しまれない程度に売ることが決まった。
売上はカーナさん達の物になる予定だったが、カーナさん達が拒否し、話し合いの結果、皆で均等に分けることで納得してもらった。
まさか、売上の全てを私に渡そうとするなんて·····なんてお人好しなの!
「さて、そろそろ出発するか。全然休めなかったが、先程の騒ぎでアイツらがこちらに来るだろうからな。さっさと出発して安全なところで一休みしよう!」
「アイツらって誰のこと?」
「ん?気にしなくていいぞ!どうせ会っても面倒なだけだ。それより、疲れてないか?」
「大丈夫だよ。私よりカーナさん達の方が疲れているでしょう?」
「ふっ、私達はそんなに柔じゃないから大丈夫だ!」
アイツらと呼ばれた人達が気になったが、会うと面倒なら会わない方がいいだろうし、話を変えてくるあたりカーナさんも会わせたくないようだから、そのままにした。
ここまで来るのにずっとカーナさんに抱っこされて来たし、魔法もそんなに使っていないので、疲れてもいない。それよりも私達を守るためにずっと魔物達と戦い続けたカーナさん達の方が疲れているだろうに、私に気を遣ってか、胸を張ってキメ顔で大丈夫だと答えてくれるカーナさんに申し訳なかった。しかし、カーナさんに抱き上げられ、キリアさんに頬を軽く摘まれて、2人に笑いかけられて「大丈夫だ!疑うならずっとこのままだぞ?」と言われてその優しさに頷くしかなかった。
本当に良い人達と出会えた。
この繋がりを大切にしたい。
2人の優しさを噛み締めながら先に進もうとして、私の腰の上あたりに纏わりついてきたワンちゃんによってその存在を思い出した。
私の前にお座りして首を傾げるワンちゃん。
あの首輪を着けられていたくらいだ。飼い主はろくな奴じゃないのだろう。
「一緒に·····来る?」
私は逃亡中の身だ。楽な旅にはならないだろう。危ない目にも、きっと、いっぱい遭うことになる。それでも一緒に来る?とワンちゃんを見ると嬉しそうに笑って私の顔を舐めてきた。
「一緒に行く」ってことだろうか?可愛くて顔を撫でたら、尻尾を激しく振ってのしかかってきた。
このワンちゃん、大型犬の中でも大きいサイズである。
後ろ足で立ち上がるとカーナさんより高さがある。そんな大きなワンちゃんが、私にのしかかってきたらどうなるか·····
考える必要も無い。───答えは押し倒される。
ビックリする暇もなく一瞬で押し倒され顔を舐め尽くされた。
直ぐにカーナさんがワンちゃんの首を掴みあげて離し、キリアさんが私を起こして、顔を泉で濡らした手拭いで拭き取ってくれた。
後ろではカーナさんがワンちゃんを叱りつけていた。
よくカーナさんがする行動とワンちゃんの行動が重なるんだけど·····
思ったことが顔に出ていたのか、キリアさんが微苦笑して私の頭を一撫でして「諦めて、あれは治らない」とボソッ呟いた。
私だけが思っていたことではないらしい。キリアさんも同意見と言うことか、と私も苦笑してしまった。
未だ騒いでいるカーナさん達に声をかけ、私達は先に進んだ。
道無き道を進むため、足場が不安定な場所も通る。カーナさんが何度も抱きあげようとするのを拒み、身体強化した状態でついて行く。
魔物に会うことがないのは、先の騒動であたりの魔物達がほとんど集まってしまったためなのだろう。
とても助かるが、その分カーナさん達の目が私に向いてしまい困る。ちょっと足を踏み外しただけで抱きあげようとしてくるのだ。キリアさんまで私に心配の声をかけてくる始末·····
大丈夫なのに!確かにこんな道を歩くのは今回の旅が初めてで戸惑うこともあるけど、歩けないわけじゃない。カーナさん達のペースにもついていけているのに!
最終的にはワンちゃんが私の前に伏せをして、自分に乗ってと私を上目遣いで見上げてくる始末·····
諦めました。
こんなに気を遣われては、私だけじゃなく気を遣ってくれている皆も疲れさせてしまう。
さすがにワンちゃんには乗れないので、カーナさんに大人しく抱き上げて頂きました。
一応、皆に身体強化の魔法を付与して、罪悪感を減らすことにした。
泉から幾分か離れ、私を抱き上げることで皆が落ち着いたのか、歩みがゆっくりになった。
「シエル。この子を連れていくのは良いけど、この子は魔物の子供だよ」
「えっ?」
突然、キリアさんが爆弾を投下(発言)した。
このワンちゃんが魔物?それも子供なの?
魔法を使う珍しいワンちゃんだと思ってました。
「それもね·····フェンリルの子供だ」
「フェッ、フェンリル!? フェンリルってあの神獣と言われている狼さんですか?この子が?」
「ん?気づいてなかったのか?どう見てもフェンリルだろ」
当たり前みたいに言うカーナさんを恨めしく見つめた。
分かる訳ないわ!だって、普通のワンちゃんにしか見えないじゃない!
確かに、魔法を行使するのは珍しいけど、いないわけじゃないし·····
それにこんなに人懐っこいのに、魔物と当たりをつける方がおかしいわよ!
ちょっと!不貞腐れてないもん!そんな生優しい目で見ないで!頭撫でないでー!
「うぅ、ワンちゃん。本当にフェンリルなの?」
「ワン!」
はい!元気よくお返事と頷きを頂きましたわ!
フェンリルで間違いないようです。
それにしても、この大きさで子供だなんて驚きです。
「キリアさん。この子、おいくつなんですか?」
「生後2ヶ月だよ。だから人間に捕まっちゃったんだろうね」
「2ヶ月·····。お父様とお母様の庇護下にあるはずの時期に引き離されるなんて·····お辛いですわね」
「うわっ!おい!いきなり伸し掛るな!シエルが怪我したらどうするんだ」
ワンちゃん·····いえ、この子の生い立ちを想像するだけで辛かった。
いきなり親元から引き剥がされ、醜く醜悪な奴らに囲まれ、あんな呪具を着けられ·····どんなに怖かったか。悔しかったか。苦しかったか。
なのに、同じ人間の私達に対して牙を向けることなく、私の気持ちが落ち込んでいるのに気づき、慰めようと立ち上がって頬を舐めてくる優しくて聡明な子だ。
「貴方の親御さん達を見つけて、送り届けて上げなくてはね」
「こちらから探さなくても、親達は探して駆けつけてくるだろうね。それに目的地に行くには必ず魔の森を通るから、会える可能性は高い。心配しなくていいよ」
「そう·····だね。親御さんが迎えに来るまで一緒に行こう」
「ワフン!」
「なぁ、なんて呼ぶ?わんコロってのもなぁ」
グググゥッと抗議をするワンちゃん。いや、フェンリル。
「シエルが付けてあげなよ」
またもやキリアさんの爆弾投下(発言)により、反応が遅れる。
その間にワンちゃん·····フェンリルが私の前に座りカーナさんの歩みを停めさせ、上目遣いでキラキラと期待を込めて見つめてくる。
責任重大な任務を与えられてしまった。
「ちなみに、この子は男の子だよ」
補足情報を付け加えてくるキリアさんを恨めしそうに見るも、なんのダメージも与えられなかったようで、軽く口角が上がった笑いを返されて終わった。
キリアさんに勝つ想像が出来ない·····
「·····コハク。抱擁と帝王の石と呼ばれるアンバー。遠い昔はコハクと呼ばれていたそうなの。あの呪具に抗い、闇に囚われず、優しく聡明な貴方に似合うと思ったの。どうかしら?」
パァっと顔が目が輝き、とても嬉しそうに笑い「ワンっ!ワフ、ワフンっ!」と鳴くので気に入ってくれたようだ。
「コハクか。随分大層な名前を貰ったな!羨ましいぞ!コハク!!」
何故か、カーナさんが羨ましいと連呼しながらコハクの頭を優しく撫でてあげていた。
コハクも嬉しそうに鳴きながら尻尾を振っていたので嫌ではないようで·····なんか、仲良くじゃれ合うワンちゃん達みたい。
キリアさんを見ると呆れたような目をしていたので、私と同じことを思ったのだと思います。
「シエル、ひとつ聞きたいんだけど·····」
「なんです·····な、なに?」
危ないわ!意識してなかったから、また丁寧な言葉を使ってしまったわ。習慣とは恐ろしいものね。
キリアさんも気づいていたのか、咄嗟に言葉遣いを直したことに微苦笑しながらも何も言わなかった。
「ずっと気になっていたんだ。シエルの話だと呪具の中にいた生贄にされた子や呪具の被害者達は輪廻の輪に戻れたんだよね?」
「うん。多分、皆戻れたと思うよ。どうして?」
「僕はシエルとコハクが闇から出てきた後、闇から真っ黒い靄のようなものがアルリナ聖国の方へ飛んでいったのを見たんだ。あれはなんだったのかな?」
「そんなの見なかったぞ?あぁ、そういやぁ、一瞬嫌な感じはしたな。こちらに害が無さそうな感じだったし、直ぐに消えたから忘れてたぞ!」
「·····キリアさん。人を呪えば·····ですよ」
「あぁ、なるほど。スッキリしたよ」
ずっと気になっていたようだ。呪具の中での話を聞いた後考え込んでいたのはこの事だったようだ。
まさか、呪具の闇を靄として見える人がいるなんて、カーナさんも何かを感じ取っていたようだし、本当に規格外の人達だわ。
最後まで言わなかったが、私の言葉で答えを見つけたキリアさんは、本当にスッキリしたようで「ありがとう」と言いながらとてもいい笑顔でした。
ただ、ありがとうの後に「報復は当たり前だよね」と言っていたのは聞かなかったことにした。
今頃、鍵を持っているバカやそれに加担していた奴らは首輪に閉じ込められていた闇に食い殺されているだろう。
あの闇が鍵を持っている1人で満足するはずがない。
より苦しんで、絶望しながら死ねばいい。
なんの罪もない子達が苦しんだんだ。
醜悪な馬鹿どもにあらん限りの苦しみを·····
人を呪えば穴二つ
1つは特大な穴だけど·····ね。
「んん?シエルちゃん。なんか真っ黒になってない?お腹」
「なんのこと?(ˊo̴̶̷̤⌄o̴̶̷̤ˋ)」
「うっ!そんな無垢な目で見上げないで!私が間違ってたわ!こんなに天使がお腹真っ黒なわけないもの!」
「そうだぞ!シエルは天使だ!さすが私の娘!( ¯﹀¯ )」
「あぁ、カーナさん。良かったね仲間が増えてwww·····犬仲間(*´艸`)」
「わふん!」
「あら、コハクちゃん!本当にモフモフね!素敵だわ° ✧ (*´ `*) ✧ °あぁん!この胸毛!抱きつきやすい大きさ!すっばらしい!」
「分かる」
「あら!キリアくん。分かるのね!このすっばらしさを!同士!」
皆さん!
あけましておめでとうございます!
いつもありがとうございます!
皆さんのコメントやブックマーク、とても嬉しいです° ✧ (*´ `*) ✧ °
これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします!
まだまだ、寒い時期が続きますので、風邪など体調崩さないようお気をつけください。
では!読んでくださり、ありがとうございます!
また次回、お会いしましょう!