21:呪具はどうなったのでしょうか?
銀色のふわふわの毛並みに切れ長だけど少し丸みのある目に金色の瞳を持ったワンちゃんを見つめながら、あの時の状況を話し出した。
ワンちゃんの首輪は人の血肉を混ぜて生成された金属と古代語を使用した呪具だった。
素材にされたのは年端もいかない子供達。
何人使われたかは分からなかったが、流れ込んできた声と記憶から20人はくだらない。
古代語の解読からあの首輪は、装着者の意識を生贄にされた子供達の負の感情が蔓延した闇に囚え飲み込み、意識がなくなった体を首輪と対の鍵を所有している者の意のままに操る呪具だった。意のままに操るといっても簡単な命令しか通らないし、装着者の精神力が呪具の闇より強かったら意味をなさない。つまり抵抗されたら簡単な命令さえも通らないのである。ある意味賭けのような呪具だ。
闇に囚えるまでも時間がかかるようだし、その間に装着者に逃げられたら、鍵を持っていても命令ができない。なんとも効率が悪い呪具だった。
まぁ、呪具なんてどれもこれも同じようなものだ。
呪具とは魔術で叶えられない欲望を満たすために、欲望への執念と弱い者達の命を以て偶然作り出せた産物だ。正確な機能など持ち合わせていないし、呪具自体ろくなものじゃない。
ワンちゃんの首輪を掴んだだけですぐに無数の手を伸ばしてきたのは、私が呪具の邪魔をしようとしていることに気づいたのか、私も装着者と勘違いしたのか、はたまた首輪の中にいる闇が私に興味を持ったのかは分からないが……伸ばして来たいくつかの手が歓喜しているのを感じた。
無数の手に触れられた瞬間、流れ込んできた生贄にされた子供達と過去の装着者の記憶と感情、断片的でまとまりは無いが全て負の感情に繋がったものだった。
それは·····拷問の場面だったり、肉親や大切な人を苦しめて殺す場面だったり、装着者が闇に呑まれる場面や映像と関係ない様々な人の叫び声、泣き声、笑い声などが四方八方から止めどなく聞こえ、頭がおかしくなりそうな状態だった。
腕は焼かれたが、それよりも映像や声の不快さの方が勝っていたため、痛みに気を取られることもなかった。
そんな映像や声に纏わりつかれ、気づいたら·····真っ暗闇にいた。
なんの光もないのに自分の手や足がしっかり見える不思議な場所だった。
目の前には真っ黒い無数の手が絡んでいるワンちゃんが横たわっていた。
ワンちゃんを助けようと手を伸ばすと小さな子供の手が私の手首を掴み、子供ではありえない力でグイッと引かれ、抵抗できずに膝を着いた。
パッと顔を上げると、私と同じくらいの年頃の子供と目が合った。
ボロ雑巾のような布を肩あたりで縛り、ボロボロの麻紐で腰辺りをとめている。
手足は棒のように細くガリガリだ。
子供特有の丸みがないコケた頬。
生気を感じられない身体。
なのに·····赤黒い血の色のような目だけはランランと輝いていた。
目が印象的で顔全体を見られていなかったが、よくよく見ればパーツは整っており栄養を十分にとれていたら猫目が特徴的な美少女だったのだろう。
彼女の首にはワンちゃんが着けていた物と同じ首輪が着けられており、彼女が動くたびに首輪についている鎖が擦れてガチャガチャとなっていた。
鎖は真っ暗闇の地面に飲み込まれており、どこに繋がっているのかは見えなかった。
少女の目は無機質で、ただジッと私を見下ろしていた。
呪具には核となる人間がいるといわれている。
見た者が少なく正気を失っている者がほとんどだったため空想の物語のように語られているが、装着者が闇に引き込まれる際に現れることがあるのだ。闇に引き込まれたら現世に戻ってくることは難しく、稀に闇に引きずり込まれる前に呪具を外し、帰ってくる者もいたが·····まぁ、正気を保てているかは別だ。
(私は前世の拷問で呪具を使われたこともあるから、呪具の核となる人間に会ったことがある。殆どの核は狂っていて私に襲いかかってきた。中には正気を保ち、私に色々教えてくれる核もいたが……ただ、私に呪具を使用すると軒並み壊れてしまうため、使用を禁止されたのよね)
その中でも、この少女は正気度が高いようだ。
座り込んで私の顔を覗き込むとコテンと首を傾げて、話しかけてきた。
『ねぇ。大丈夫?そんなにツヨく引っ張ったつもりなかったの、ゴメンね?』
「大丈夫だよ」と体勢を直して座ると、少女は大きな猫目をより見開いて驚き『ニゲないの?』と呟いた。
なんで?と首を傾げると私を見つめる少女の瞳が渦巻いているように見えた。
『みんなね。ワタシから逃げるの。こわがって、悲鳴アゲながら行っちゃダメな方にイクの』
無意識なのか少女が私の服を掴んで泣いているので、ワンちゃんも気になったが、この子を落ち着かせるのを優先させた。
呪具は核となる人間の精神状態に影響されやすい、少女が精神的に不安定になると、それだけ闇は激しく勝手に動き出す。今も足元から真っ黒い手がいくつか伸びてきて私の足に絡みついていた。
真っ黒い手を無視して少女の頭を撫でていると、少し落ち着いたのか私の足に絡みついている真っ黒い手に気づき『めっ!ツカまえちゃダメ!!』と地面を2度叩き真っ黒い手を地面に収めた。
恐る恐る顔を上げて私を見る少女は少し怖がっていた。まるで母親に叱られる前の子供のようだ。呪具とは忌むべき物であり、呪具の核はその元であるはずなのに·····思わず笑ってしまった。笑う私を見てポカンっとしている少女に笑ってしまったことを謝って、笑顔でお礼を言うと嬉しそうに泣き笑った。
『ワタシね。あのね。アノ、、、わ、ワタシがお姉ちゃんをここにヨんだの。オネえちゃんもワタシと一緒デショ。だからココにイッショにいられるってオモッたの!、、、ねェ、サミしいの。、、、ずぅぅぅと、イッショにいよう。ずっと、ずっと、ズッと、ず、ずぅと、ずぅぅぅとイッショ·····』
そう言った少女の真っ赤な瞳は渦巻いていた。まるで私を取り込もうとするように·····
あぁ、この子も正気を保てなかったのか·····せめて苦しまないように呪具を破壊しようと少女の首輪に手を伸ばし·····気づいた。
ずっと私の服を掴んでいる少女の手が小さく震えており、振り払えば解けてしまうほど弱い力で私の服を掴んでいるのを·····。
少女の渦巻いている真っ赤な瞳が目を引くが、よく見れば少女の眉は歪んで下がっており、必死に言葉を飲み込むかのごとく小さな唇を噛み締めていた。
あぁ、この子は必死に正気を保とうと自分と戦っているのね·····そう思ったら、無意識で少女の頬を撫でていた。
少女はポカンっと口を開けて呆けて、成されるがままで笑ってしまう。
「ふふふ。ねぇ、お名前は?」
「·····クゥティビリアン」
「クゥティビリアンね。なら、ティビーと呼んでもいいかしら?」
少女、ティビーはコクコクと頷き嬉しそうに笑った。
「ティビー。ずっと一緒にはいてあげられないわ。それはティビーが一番よく分かっているわよね?」
できるだけ優しい声を心がけ、ゆっくりと話しかける。ティビーはコクンっと頷くも離れたくないと言うように私の腰に抱きつき、私のお腹辺りに顔を埋める。
私はいつの間にか前世の姿になっており、ティビーの背は私の腹辺りにある。
私の腰に抱きついているティビーの力は弱く、腕を掴んだ時の力を考えると私の言葉を理解して一生懸命耐えようとしているのが分かった。
一緒に居られない
どんなに一緒に居てあげたくても、それは叶わない。
ここは呪具の中であり、呪具の元となる恨み辛みが溜まった澱の闇だ。
ここで過ごせるのは呪具の核になった者だけ。
他は皆等しく闇に落ちて、恨み辛みに染められて呪いの力にされるのだ。
だから、ここにティビーと一緒に居てあげることは出来ない。
でも、ここから解放することは出来る。
だから·····
「ティビー。ここから出てみない?辛かったことも、悲しかったことも、忘れられないのはよく分かる。でも、ここにいたらずっと1人でしょ?」
「デられるの?いっぱいタメしたよ。デモ·····デられなかったヨ」
「そう、頑張ったのね。偉いわティビー。私が出してあげる。ただ·····」
「ワタシ達はシんでる。ここからデられても、イきカエることは無い·····ワかってるよ。おネエちゃん。それでも、ココからデたいの。タイヨウの光のシタにイキたいの。お願い!·····助けて」
私のお腹に顔を埋めて話していたティビーは、辛い現実を受け止めて、顔を上げて私をしっかり見上げて願いを伝えてきた。最後の助けての声は消え入りそうで、顔をくしゃりと歪めて泣きそうで、それでもここから出たいと意志を告げるように抱きついている腕をギュッとした。
幼い子供達の決死の覚悟は、いつ見ても悲しくなる。
前世で破壊した呪具の核達も正気を保てている子達は、ティビーと同じ選択をした。
死んでいることを認めるのは並大抵のものでは無い。
ここでは生きているように動き話し、思考することが出来るのだから·····でも·····だからこそ、この子達はここから出ることを切望する。
陽の光をもう一度浴びたいと·····
ここはずっと真っ暗闇で怨嗟が渦巻いている。
少しでも隙を見せれば、闇の元となった者たちの痛みや記憶を流し込まれる。それは呪具の核達も一緒だ。
それでも、ここでは生きていられる。苦痛しかないが生きていられるのだ。
こんな絶望があるだろうか·····呪具から解放されれば死が待ち構えており、解放されなければ孤独と苦痛が続くのだ·····
だから、こんな呪具を作った奴らが憎くてしょうがない。自分達の都合と醜い願いのために、他の多くの人を苦しめる醜悪の塊でしかない馬鹿共が嫌いだ。
復讐をしたい訳じゃない。
私は正義の執行者にはなり得ない。
だって·····私は·····
ただ、そんな馬鹿な奴らはいなくなりはしない。必ず一定数存在する。それが世界の理だと主張するかのように·····本当に嘆かわしい世界だ。
醜悪な奴らがいない理想郷など存在しない。それは御伽噺の中にだけに存在するのだから。
善き人と言われていても、時と場合によっては悪となる。
私は前世でそれを学んだ。
人は弱い生き物だ。それは力ではなく、精神的なところでだ。甘い蜜への誘惑に弱すぎるのだ。
その蜜が毒だと分かっていても、求めずにはいられない。そして毒に侵され、醜悪の塊となる。
そんな奴らのことを考えるのも吐き気がする。
今はただ、陽の光を求める勇気ある少女の願いに心を傾けよう。
ティビーの頭を優しく撫でながら、反対の手でティビーの首輪に触る。
呪具の核とはいえ呪具の破壊を望んだことで、闇が破壊を防ごうと抵抗を示した。ワンちゃんを捕まえていた真っ黒い手達も他の手と一緒に私に絡みついてくる。
その記憶も痛みも叫びも私には馴染み深いもので、なんの抵抗にもならない。
あの地獄の日々、精神を手放したくても出来なかった私は心が歪んでしまっているのだろう。
優しく笑う余裕さえある。
「ティビー、よく頑張ったわね。ゆっくりお休みなさい」
ティビーの首輪に魔力を一気に送り込む。
パキッ、パキッ、───パリンッ
と簡単に首輪が砕け散った。
それに合わせて真っ暗闇にもヒビが入り、徐々に溶けるように崩れていく。
ティビーはもう一度ギュッと抱きつくと私から1歩離れ、闇が崩れて入ってきた光を眩しそうに見つめ笑った。
ティビーの周りに子供や獣人、魔物など様々な影が出現して私を見ながらサラサラと消えていく。それに合わせるようにティビーも薄く透け始めた。
ティビーは私に振り返り、嬉しそうに瞳をキラキラさせて、お日様のような子供特有の笑顔を見せた。
その目は、禍々しい真っ赤な瞳から透き通るような薄い赤茶色の瞳に変化していた。
「お姉ちゃん、ありがとう!それと·····ごめんね」
ティビーは私の近くに視線を下ろして声をかけたので、そちらに視線を向けると、いつの間にか私の横にワンちゃんが座っていた。ワンちゃんは、ティビーに尻尾を一振りし「いいよ。気にしてない」と返事をしたようで、ティビーは「ありがとう」と笑った。
ワンちゃんにも「頑張ったね」と優しく頭を撫でると嬉しそうに激しく尻尾が振られる。
カーナさんみたいだと笑ってしまった。
ティビーはワンちゃんを一撫ですると手を振って·····消えた。
ティビーは最後まで笑顔だった。
それだけが救いだ。
しかし·····本当にイライラする。
醜悪な奴らによる呪具という副産物に私の中の何かが酷く反応を示す。
身を焼き尽くす様な何かが溢れそうになるのを必死に押さえ込み、傍らにいるワンちゃんを連れてカーナさん達がいる所へ戻ることにした。途中、ワンちゃんが私の顔を覗き込み心配するように首を傾げたので、頭を一撫でして先に進んだ。
振り返ることは無い。そこにはもう何も無いから·····
身に巣食う何かを抑え込もうとしたが、外に出てカーナさん達の状況を見た瞬間、抑え込めなくなった。
周りは魔物の死体が私を中心にいくつも転がっている。
カーナさんには怪我がないようだが、キリアさんは怪我をしているようで、あの美しい顔にいくつか傷が見えた。
怪我·····してる?
頭が真っ白になり、直ぐに目の前が真っ赤に染る。
カーナさん達を近くに呼び、抑え込もうとしていた何かを右手を振って解き放ち魔物を燃やした。それでも動く魔物達を左手を振って凍りつかせた。
カーナさん達をしっかり確認して命に差し障る状況でないことを確認して密かに安心したのだ。
ティビーについて補足説明m(_ _)m
ティビーは、炎系の魔力を持って生まれた平民の少女です。
最愛の両親を目の前で殺され、幼いながら美しかったので、執拗に嬲られて生贄にされてしまった子です。
最後は笑顔で還れたのが唯一の救いですね。
さてさて、更新が多大に遅れ申し訳ありませんでした(´+ω+`)
それでも読んでくださっている皆さん!ありがとうございます!
いつもコメント、誤字脱字報告、ブクマありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ
本当にうれしいです(∩´∀`∩)
これからも頑張りますので、よろしくお願いしますm(_ _)m