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騙され裏切られ処刑された私が⋯⋯誰を信じられるというのでしょう? 【連載版】 作者:榊 万桜
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57:お互いに知ることができたでしょうか?



《まどろみ猫の宿》

 サザリンの中心街にほど近く、広い敷地内に異国情緒あふれる宿と庭が人気で、他の宿より宿代は高いがそれに見合うサービスの充実さで賑わっている。警備も常駐しており安全性も高く、貴族も利用することがある宿である。

 宿一番の魅力は大浴場の薬湯風呂で、疲労解消、軽い怪我や打ち身などの治癒と確実な効果がある風呂である。これ目当ての客も多く、怪我の多い冒険者にも好まれて利用されている。

 食事も宿のコンセプトに沿い、異国の料理を品よく飾り立てて出されている。味付けの好みが分かれるため、素泊まりを選択する客も多いようだ。冒険者の多くは大食漢なのもあり、品の良い料理(量が少ない)より街の食堂や酒場の豪快な料理(量が多い)を好み素泊まりを選択することが多い。

 街の食堂や酒場は冒険者や商人が多く利用していることもあり、情報の宝庫なのだ。旅やクエストに必要な重要情報が手に入りやすい環境は冒険者のみならず商人や旅をする者にとっても重宝される場所なので、素泊まりが多くなるのも頷ける。


 シエルたちは、猫が丸まって寝ている絵が描かれている看板の宿に着いた。入門してルーカスが先頭に宿に向かっていたのだが、明らかに怪しい路地に入ろうとしたりしたため、キリアが先頭に立ち《まどろみ猫の宿》へ案内する形となったのだった。


 ちなみに、裏路地に入ろうとしたリーカスを止めたのはコハクだ。リーカスの前に先回りして立ち、進行を妨害したのだ。


「なぜあちらから行ってはいけないんだ? あちらからの方が近いだろうに」


「あの路地裏は無法者たちのテリトリーなんだよ。何されても助けなんて期待できないぞ」


 リーカスは首を傾げながら疑問を呈し、呆れた様子のカーナがそれに答えるも納得できなかったようで、さらに首を傾げてしまった。


「? 別に叩きのめせばいいではないか。なんだったら、壊滅させてもいいが?」


「……目立つ」


「確かに……壊滅させたりすると、この街の衛兵へ報告は必須だな。それは面倒だ。遠回りでも正規ルートで行くしかないか」


「あっ、それと食事も露店で買ってから行くぞ。あそこの料理美味いけど、量少ないんだよな」


「そうか。すまないが露店については詳しくないのでな、案内頼めるだろうか?」


「あぁ」


 キリアの呟くような一言で納得して方向転換するも、カーナの要望が入り再度足を止めた。露店の密集場所は頭の地図に入っているが、どの露店が美味しいなどの情報は収集していなかったため、キリアに案内を頼み、後に続くよう歩き出した。


 そして、カーナ達が大量の食事を買い込んだため、宿に着いたのは日暮れ時だった。


 有能な執事のパーシバルは、主人だけでなく、シエルとシエルが連れている冒険者2名も泊れるよう離れのスイートルームを手配していたようだ。

 パーシバルが《まどろみ猫の宿》にしたのは、冒険者が泊まれ、スイートルームをとっても目立たない最も安全な宿がそこだったからだ。高ランク冒険者パーティがスイートルームに泊まることはままあるため、シエルたちも目立つことなく泊まれた。

 従魔などは本来獣舎に案内されるのだが、危険がなく、何かあった場合に責任を取ることを書面に残した場合のみ《まどろみ猫の宿》は同室することが許可している。そのため、コハクもシエルたちと同室に泊まることができた。


 子供と狼を連れた冒険者パーティなど目立つだろうと思っていたが、他冒険者の奇抜な装備や大柄な従魔などが目立ち、シエルたちはあまり目立つことはなかった。高級宿なだけあり従業員もそつなく業務を行っており、素早く部屋へ案内されたのも目立つことのなかった要因の一つと言えた。


 本館から少し離れた場所に建てられているスイートルームは平屋の一軒家のように見えるほどの広さがあった。各自割り当てられた部屋に荷物を置くと、食事が用意されている部屋に移動した。買い込んできた食べ物も従業員に頼んで温めなおして持ってきてもらった。

 テーブルに所狭しと食事が置かれ、それぞれ好きに食べ始めた。リーカスはお上品にナイフとフォークを使い音を立てることなく食事をしていく、時々シエルに視線を向けるも視線が合うことはない。

 シエルも静かに宿の食事である香辛料がきいたスープをゆっくり飲んでいた。リーカスからの視線には気づいていたが、答えられるほど心に余裕はなかった。

 カーナ達は、シエルたちを気にしながらいつも通りのスピードで食事をしていく。どんどん置かれた食べ物が空となっていく。コハクも負けじと露店で買った蜂蜜鳥の丸焼きとオークのステーキを頬張っている。


 食事も終わり、ひと段落すると、改めてシエルに話しかけた。


「シェリー、お話を始める前にお互いに偽りのない姿に戻ろうか」


「……はい」


 リーカスが声をかけるとお互いに使用していた変身魔法と色変えの魔法を解除した。

 リーカスは平凡な顔と色から年齢を重ねた渋さがさらなる色気を醸し出す美丈夫に戻った。青銀髪を綺麗に後ろに流し、ベキリーブルーガーネットを思わせる不思議な色合いの瞳は落ち着きのある凪いだ目をしている。

 シエルも闇夜を思わせる真っ黒い髪と瞳の色をもとの色に戻した。銀色の髪をサラッと流し、碧と緋色のオッドアイが大きく整った目に鎮座している。ただえさえ、妖精のようなと形容する容姿に元の色が戻るだけで神秘的な美しさと可憐さがにじみ出る。

 シエルが元の色に戻ったことが嬉しかったのか、それとも返事をもらえたことが嬉しかったのかリーカスが蕩ける様な笑顔になった。

 ここにいるのがカーナ達でなかったら、顔を真っ赤に染めてのぼせたようになり、使い物にならなくなっていたことだろう。


「ふぅぅぅ、本当に……無事でよかった。 まだしっかり挨拶をしていなかったね。私はシェリーの父親でリーカス・A・ルーシャルだ。ここまでシェリーを護っていただき感謝する。本当にありがとう」


 シエルたちと向き合いシエルの無事を実感できたのか、一気に息を吐き出しながら顔を覆い、噛みしめるように呟いた。

 一息ついてから顔を上げ姿勢を正すと、真剣な顔でカーナ達に向き合い感謝する姿は、大切な娘を護ってくれたカーナ達に心からそう感じているようだった。

 貴族の多くは選民意識が強く、平民に感謝を伝えるなど恥と考えるものも少なくない。そして、平民からの好意などが当たり前のように受けとって、最悪自分たちに貢献できたことを逆に喜べと宣う愚か者もいる始末だ。

 リーカスは公爵家の当主だが、そのような考えを持つ愚か者ではなく、正しく貴族としての矜持を持つものだった。だから、感謝を伝えるまではシエルも理解できたが、まさか頭を下げるなど予想できるわけもなく、シエルは驚いて目を見開いて固まってしまった。キリアもリーカスの行動に驚いたようでどう反応するのが正解か考えてしまって返答に窮し、気まずい空気が流れそうなとき、そんなこと気にもせずいつも通りの話し方で答えたのはカーナだった。


「別に感謝されるようなことはしてないぞ。私たちはシエルを護りたくてやっていることだ。それに、シエルから報酬も貰っているから気にすることないぞ」


「そうか。……しかし、父親として私からも感謝の印を何かお渡ししたいのだが」


「ん? 話聞いてたか? お前が気にすることはない。私たちを近くに置くことを選んだのはシエルだし、私たちもシエルと一緒にいることを選んだからここにいる。そこにお前が関係することは一切ない」


 普通に返答していたカーナだったが、リーカスの返答にピクッと片眉が上がる。足を組み替えると足の上に肘をついて、話しに合わせて自分やシエル、リーカスへ指をさしながら、言い聞かせるようにゆっくり話す。そして、シエルの親だからとシエルの意思を勝手に決める権利はないと釘を刺した。


「カーナ、言い過ぎだ。それに相手は貴族だよ。言葉使い気を付けて」


 カーナの言動に軽く目を開いて驚くリーカスを見て、軽く眉を寄せながらキリアがカーナに注意はしたが、カーナの言葉を訂正することはなかった。

 リーカスが驚いたのは、カーナの話し方ではなく、無意識にシエルを自身の管理下に置こうとしていたことをカーナに指摘されて、やっと気づいたからだ。


「いや、そのままの話し方でいい。……確かに、君たちとシエルの関係に口を挿む権利は、今はないな」


「話し方をいちいち変えるの面倒なんだよ。それに本人は良いって言っているし、このままでいいだろ」


「はぁ、すみません。なにぶん粗暴な冒険者なのでご容赦いただけると」


「いや、気にしないでくれ。この方が私も話しやすいしな」


「そう言ってくれると助かる。丁寧な言葉はなんか、こう、背中が痒くなるんだ。あっ、そういえば自己紹介返してなかったな。私はカーナ、Aランク冒険者だ」


「俺はキリアです。Cランク冒険者をしております。こちらは魔狼のコハクです」


 リーカスに許可されたことで、キリアはカーナの言葉使いを直す気がなくなったようで、一応の謝罪を入れた。リーカスもカーナの貴族だからと身構えることもない言動に、肩の力を抜き態度を緩めてカーナ達に向き合った。カーナはリーカスの態度の変化と言葉に、先ほどまでの鋭い視線を消してニカッと笑った。

 リーカスからの自己紹介に返していなかったことに気づき、それぞれ簡単に自己紹介をした。コハクはキリアに名前を呼ばれて、今までシエルの横で大人しく伏せっていたのを耳と尻尾を動かして返事をした。


「魔狼? どう見てもフェンリルだと思うが、なぜここに?」


「なぁ、本当に高位貴族なのか? 先ほどの戦闘を見るに戦いなれてるだろ、お前」


「貴族として戦場に出ることはままあることだ。それに貴族など常に命を狙われているようなものだからな。自身を守れない男が民を護れるはずもないだろ? あと、リーカスだ。君たちには名前で呼ばれたい」


 リーカスはコハクに視線を向けると、軽く首を傾げながら確信を持っているようにフェンリルだと断言した。

 コハクはまだ幼く、体も小さいので魔狼と言われても納得できるはずなのに、冒険者でもないリーカスがそう判断したことも、そして明らかに戦闘慣れしている身のこなしも、護られる立場であるはずの高位貴族として違和感しかなかった。しかし、カーナの言葉に何を言っているんだと言わんばかりの顔でリーカスにとっての当たり前を話す。それが大半の貴族に当てはならないことだとカーナ達は理解しているが、リーカスにとっては違うようだ。

 これ以上突っ込むのが面倒だったのと、コハクがここにいるわけを説明するのも面倒だったため、カーナ達はリーカスの言葉に顔を引きつらせつつも華麗にスルーした。


「おぉう、そうか。じゃあ、私たちも名前で呼んでくれ」


「カーナ君とキリア君だな。それに、コハク君。改めてよろしく」


「おう」


「こちらこそ」


「わふぅ」


 和やかにお互いの自己紹介が終わる。この間も、シエルが一言も発していないことに皆気づいていた。気づいていて、カーナ達はあえて触れようとしなかった。シエルが静かになり、体を強張らせるようになったのは、リーカスと行動し始めてからだと分かっていたからだ。

 リーカスと話し、観察し、シエルに対する態度からも、シエルに理不尽な暴力や圧をかけるような人物でないことは理解できた。カーナとキリアは、リーカスに対し鑑定も勝手に行っており、気になる称号などはあったが、シエルの態度に繋がるようなものはなかった。だからこそ、親子の問題に不躾に口を出すことはしなかった。部外者が簡単に口出すことで取り返しのつかないことになるかもしれないからだ。

 しかし、身を引くつもりはないため、リーカスの視線を無視して居座り続けた。


 カーナ達の態度と体を強張らせ顔色の悪いシエルに、二人っきりで話すことは無理だと判断したリーカスは、シエルに向き合う優しい声を意識しながらシエルに話しかけた。


「シェリー……教えてくれないか。娘が苦しんでいる原因に気づくこともできない愚かな父親で申し訳なく思う。だが、知りたいんだ。知って、シェリーを護りたい。シェリーを、最愛の娘を失いたくない。……嘘でも、シェリーが死んだなんて……思いたくないんだ」


「……」


 リーカスは話していくうちに、優しい声を心掛けていたのも忘れて、感情が、心の叫びが、悲鳴を上げるように口から出ていく、顔も優しく笑っていたはずなのに、話すうちに目に涙が浮かび、顔も苦し気に歪んでいった。

 見ているだけで、聞いているだけで、同じように心が苦しくないようなリーカスの様子に、シエルも徐々に顔を上げた。シエルも苦し気に顔を歪め、キュッと口を結び、ただ何も言わずにリーカスを見つめた。


「シェリー。私はシェリーを愛しているよ。シェリーにとっては、不出来な父親かもしれないけど……シェリーを愛しいと、護りたいと、思う心は嘘偽りないものだ。シェリー、愛しい愛娘。少しだけでもいい……頼ってもらえないだろうか」


 リーカスは、祈るように手を組み、必死に自身の思いを言葉にする。


 カーナ君達と一緒にいたシェリーを見つけたとき、シェリーは安心した様子で笑っていた。昔、家族へ向けて見せていた笑顔のようだった。なのに……私が近づくとシェリーの顔色は悪くなり、体は強張ってしまった。やるせなかった。父親として、家族として近くにいたはずなのに、シェリーの苦しみを理解してあげられず、理由も聞けず、追い詰めて、最悪な選択をさせてしまった。

 今更遅いかもしれないが、シェリーを助けたい。愛しているんだ。大切なんだ。失うなんて耐えられない。お願いだ、どんなことでも受け止めるから、私の手を取ってくれ‼


 苦し気にリーカスを見つめ聞いていたシエルの表情が突然抜け落ちた。


「……愛しい…愛娘?」


こんばんは‼

いつもありがとうございます(*^-^*)

今後もどうぞよろしくお願いいたします!


父頑張ってますが、お話合いできるのかな?

シエルにも父にも頑張ってほしいところです!

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