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騙され裏切られ処刑された私が⋯⋯誰を信じられるというのでしょう? 【連載版】 作者:榊 万桜
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60:あの日から始まった

 

 そう……アーサー殿下との結婚をあと1年半後に控えたあの日から、すべてが狂っていった。


 私が16歳で、アーサー殿下が18歳。

 婚約してから8年経ち、拗れることもなく、仲睦まじいと称されるほど問題なく過ごせていた。

 アート、シェルとお互いにのみ許した愛称で呼び合い、支え合いながら次代としての課題をクリアし成長してきた。何もかも問題なく、このまま18歳になった時に婚姻し、アートと共にエリスタ王国を護っていくのだと信じていた。

 それに……お互いに好ましく感じていて、愛し合っていると本気で信じられていた幸せな……最後の時だった。


 その日は、いつも通りアートとのお茶会を、王城にある夏庭のガゼボで行っていた。暑くなってきていたので、お互いに夏用の衣装に身を包み、他愛ない会話と美味しいお菓子で、和やかで穏やかな時間がゆっくりと過ぎていた。そんな時、城の中が少し騒めいているのに気づき、メイド達に何が起きているのか確認してもらった。

 メイドが言うには、隣国マルリナ聖国から聖女に関されたばかりの女性が急遽エリスタ王国王城を訪れることになったとのことだった。

 アートも私もそんな話は聞いていなかったので、何か問題が起きたのかと、お茶会を切り上げて状況把握に努めた。


 アートの執務室で側近のクラウスから話を聞き、あまりの非常識さに唖然としてしまった。

 本来なら事前に受け入れ可能かの確認の話が来るはずなのだが、それもなく、その方の独断でこちらに向かって来ているようだとのことだった。それも国境警備隊からの通信で初めて知ることができたそうだ。


 その方が提示された身分証によって、マルリナ聖国の聖女であることが分かっている。

 国境を超えるにあたっての手続き上は問題なかったそうなのだが、入国の理由がエリスタ王国の国王への謁見とのことで通信が出されたそうだ。国境警備隊も謁見予定は聞いていなかったようで、入国を留めて通信を送ってくださったそうだ。

 しかし、身分証の照会と謁見の理由を確認するため、マルリナ聖国へ通信を行っていた間に、留めていたはずのその方たちがなぜか入国してしまい、そのままこちらに向かって来ているとの緊急通信が入り、更に混乱を極めているとのことだった。


 聖女と称される方であるなら、国賓として扱うべきである。しかし、事前に何の話もなく、独断での今回の行動は、エリスタ王国を権威を貶める行為に値する。当然、受け入れるなど不可能な話だ。

 そんなことも理解できないものが聖女と呼ばれていることに、それを受け入れているマルリナ聖国に呆れてしまった。

 アート達も同様の意見だったようで、呆れた様子を隠しもせずに溜息をついていた。側近のクラウスに至っては眉間に皺を寄せ、不快感を隠しもしていなかった。


「マルリナ聖国の上層部は何をしているのだ? 聖女の暴走か、それとも誰かの差し金か……それにしてもお粗末すぎるな」


「我が国を馬鹿にしているのでしょうかね。あの豚どもは」


「確か、半年前に聖女と冠されるようになったとお聞きしております。まだ、国同士の関りに不慣れなのでしょうね」


「シェル、優しすぎるよ。もう半年も経つんだ。仮にも聖女と冠される者がこれでは……」


「最近のマルリナ聖国は、オークとグールが蔓延っていて腐敗臭がするそうですから、礼儀も何も理解できないほど脳が湧いているんじゃないですか?」


 最近のマルリナ聖国はよい噂を聞かないため、注視していたのだが、まさか国を代表する聖女がこのような突飛な行動に出るとは思いもしなかった。

 よほどイラついていたのか、汚い言葉を使い聖国を貶すクラウスにアートが軽く諫めた。しかし、言葉使いのみ注意して、内容については注意しないところからして、アートも同意見であることは明白だった。


「クラウス…言葉が汚いよ」


「おっと、これは失礼しました。レディがいる場での言葉として適切ではなかったですね」


「いや、私の前でも控えようね。一応、王太子だからね?」


「一応、気を付けます」


「えっと、私はそれほど気にしませんわ」


「いや、気にしようね」


「おう! 追加情報持ってきたぞ」


 クラウスの物言いは他の貴族に聞かれたら、眉を顰められるようなものだったが、アートの執務室内では許されている。アートが自身の側近たちに許可しているからだ。

 今回の件はエリスタ王国の者なら怒っても当然の出来事だったのもあり、クラウスの言葉が口汚くても気にならなかったのだが、アートは気にしたようだ。アートの執務室内では側近たちが思ったことをそのまま口に出すことが多く、時々汚い言葉も出てくるので慣れてしまったのだが、その度にアートは私の耳を塞いだり、口に出したものを注意する。

 クラウス曰く、私に汚れてほしくないためだとか。しかし王妃として立つ身としては、国のためになるならば汚れも知り、纏う事も厭わない気概なのだが、アートが嫌というなら、彼に隠れて知ることにしようと思ったものだ。


 ノックもなく入室して大きな声を出したのは、騎士団長の子息のアイザック。彼はいつも元気で真っ直ぐな気質の良い青年で、アートと同年代の側近の一人だ。


「マルリナ聖国の上層部も知らない事だったようだ。あちらさんも大混乱だ! 聖女の祖母が連れ戻しに動き出したそうだぞ」


「祖母と言うと『微笑みの聖女』だったセリア様か。それなら安心だが、連れ戻すだけでは終われない問題だろ?」


 聖女の祖母は『微笑みの聖女』と呼ばれた女性で、25歳の時に娘を出産し聖女の名を返還され、今は枢機卿の地位にいる女傑だ。常時微笑みを絶やさなかったことで『微笑みの聖女』と呼ばれ、聖国の民だけでなく他国でも人気だった聖女で、礼儀作法も完璧で貴族の令息のみならず令嬢の憧れにもなった生きる伝説のような方だ。

 そんな女性の孫娘であるはずの聖女が、このような無礼な行動を起こすことに驚きを隠せなかった。セリア様はご自分に厳しい方だったのもあり、身内の聖女が礼儀もなっていない方だとは思いもしなかったのだ。もしかしたら、聖国でも同じ認識だったのかもしれない。


 今回の騒動は個人の問題の範疇を超えており、既に国家間の問題に発展してしまっている。せめて入国されていなかったら、まだ誤魔化しようが合ったものを……と皆で頭を抱えていると、アイザックがさらに爆弾を投下してきた。


「それなんだが、ちょっと問題があってな。なんと国境と通した者が我が国の兵士だったそうだ。今は捕えて、詳しい話を聞いているところだが、入国させたのが我が国の兵士だとすると、全て聖国の責任にはできないだろ?」


「それは確かなのか?」


「あぁ、親父……騎士団長に報告されていた内容だから間違いないな」


「……その兵士一人の判断だったのか?」


「そこも踏まえて尋問中だ」


「はぁ、次から次へと面倒な……」


 アートがアイザックから得た情報の真偽を確認すると、騎士団長への報告内容とのことだった。なれば、その情報は高確率で間違えないものであるため、クラウスがより眉根を寄せて溜息を吐いた。


 その後、聖女が留まっていた部屋の見張りをしていた兵士2名、門に配備されていた兵士2名の計4名の勝手な判断での入国許可だったことが判明した。聖女の入国を許した兵士は4名は、それぞれが「聖女様が望まれていたので」「聖女様が救いを与えるための使命の手助けを」など敬虔な信徒のような発言をしたそうだ。

 他の兵士たちによると4人とも敬虔な信徒のような言動は過去になかったそうだが、現に今回の騒動が起きてしまっているため、信徒であることを隠していたか、聖女に会ったことで目覚めたのか判断はできないが、4人とも隔離となった。


 ジェイミーと名乗った聖女は城へ向かう道中、マリスに滞在し、そこを長距離転移を許可されたセリア様に捕まえられて強制的に自国へ帰られたことをセリア様に付き添った我が国の兵士たちから報告された。


「後日、セリア様が謝罪に来るそうだ」


「それは、聖女様を伴ってかしら?」


「いえ、あんな礼儀のなっていない者を連れてくることは自国の恥を晒すようなもの。さすがに連れてはこないそうですよ」


「まぁ、妥当な判断だな。今回のことを機に、父上たちが本格的に動かれるだろうな」


「そうですわね。最近のマルリナ聖国は目に余ることが多いですから」


「それだけではないですよ。レザン帝国と裏で何かしているようなのです」


 アートの執務室で今回の騒動の終結と今後のことについて報告を聞いた。

 アートが苦笑しながらセリア様がこちらに赴いて今回の騒動の謝罪を行うことを教えてくれた。謝罪だけでなく、誠意を示すための話し合いも行われるようだが、どこで折り合いをつけるかは難しいことだろう。すべての責任をマルリナ聖国に負わせるには、入国を手助けしてしまった我が国の兵士がネックだ。

 セリア様が来るのなら当事者も共に来て謝罪されるかと思って確認したが、クラウスが眉根を寄せて鼻で笑いながら返答してくれた。彼の眉根の皺は若くして消えなくなるのではと心配するほど深く刻まれてしまっている。

 アートもクラウスの返答に頷きながら、国王たちの動きを予想する。

 確かに最近のマルリナ聖国はきな臭い。マルリナ聖国とは国境の塀のみで区切られているので、不意に攻めて来られないよう対処し、戦争の芽は摘む必要がある。そのことを含ませて話すと、クラウスが追従してきた。


 レザン帝国は度々我が国に攻め入ってくる面倒な国である。奴隷制度があり、他国にまで奴隷狩りにくる無法者も多く住んでいる。それだけでなく帝国は身分制度に厳しく、身分が下の者が上の者に逆らうだけで罪に問われるそうだ。好戦的な者が多く、先の帝王は色狂いで26人もの王子・王女がいたそうだが、王位継承するための争いでほとんどが死に、今の帝王が王座に就いたと聞いている。何代にもわたり血を血で洗うように強いものが帝王となっているため、国自体が好戦的なようだ。


 そのレザン帝国とマルリナ聖国が裏で繋がっているとなると、面倒なことになる。レザン帝国とマルリナ聖国は隣り合っており、我が国とも接した位置にある国なのだ。それも『神魔の山脈』で隔たれているわけではなく、国境の塀のみで隔たれているので攻め込みやすく、レザン帝国とマルリナ聖国が手を組むことで戦力に見ならず数でも押される恐れがあるのだ。

 今までなら、争いを嫌い、平和を謳う、マルリナ聖国がレザン帝国と手を組むなどありえない話だったのだが、最近の聖国は上層部の腐敗が酷いようで、帝国と手を組むこともあり得ない話ではなくなってしまったのだ。


「面倒だな」


「面倒ですわね」


「もういっそのこと、聖国を潰しますか」


「……クラウス、笑いながら言っても冗談に聞こえないから止めてくれ」


「民には問題ないのだから、腐敗している者だけひっそりとご退場願うのはどうだろう? 一種の魔物退治と一緒だ!」


「うん。人だからね? グールとかオークとか言われているけど、一応人だから。それに他国のそういうことに簡単に首突っ込むのは止めような」


 私とアートが率直な気持ちを呟くと、クラウスがニッコリ良い笑顔で軽く発言した。冗談に聞こえなくて、アートが死んだ目をして止めていた。それに被せるようにアイザックがこれまた良い笑顔でサムズアップをしながら提案してきた。アートが頭痛を抑えるように眉間に片手で揉みながら諫めていた。

 アートの側近たちは執務室の外ではとても貴族然としているのだが、執務室では問題発言がよく聞かれる。そのたびに律義に突っ込み諫めるのはアートの日常になっていた。


 アートと側近のやり取りを私はいつも笑って見ていて、そんな日常も私の幸せの一つだった。


 そして、1か月後にセリア様が我が国に来国された。

 今回は事前に来国日時の調整があり、我が国も受け入れ態勢が整えられ、万全な状態でご案内できた。滞在期間は始め1週間を予定していたが、セリア様の希望もあり5日間に変更された。


 枢機卿であり、聖女の名を返還された今でも民の人気は衰えておらず、セリア様を一目見ようと城への道が民で埋め尽くされた。そんな方の来国理由が謝罪とは表向きに宜しくないと、新たな聖女の誕生を報告するためと、マリスと王都の教会に祈りを捧げるために来国されるという事になった。


 予定を5日間と短くしたため、セリア様は忙しそうに外交をこなし、謝罪と誠意の内容もお互いに折り合いが着いたようだ。

 スケジュールをタイトにするため、そして表向きの理由が変わったとしても謝罪に来ていることに違いはないため、来国パーティはセリア様から辞退が伝えられており執り行われなかったが、セリア様を我が国が歓迎していることを国内外に伝えるため、また我が国の権威を示すためにも出国パーティは執り行われることになった。


 セリア様は多忙で気苦労も多かったはずなのに、5日間を乗り越えた疲れを見せることなく、ピンっと背筋を伸ばし美しい微笑みを顔に装備され、そつなく社交をこなしていた。

 私もアートにエスコートされて出席しており、セリア様に挨拶と軽く会話をさせて頂いた。


「私は、貴方方が好ましい。このような平和な世が続くとよいのですが……」


「セリア様にそう言っていただけるなんて嬉しい限りです。そうですね。この平和が続くよう、次代を支える者として尽力していきましょう」


「私も皆様を支えられるよう尽力していきますわ」


「本当に今後が楽しみですわ。私も……向き合わなくてはいけませんね。老いて曇った目を晴らし、残り少ない人生をとして対処しなくてはいけませんね」


 セリア様は私たちを優しい目で見つめながらお褒めの言葉をくださった。そして、憂いに満ちた目で今後の不安を吐露した。アートもそれに気づいたのだろう、あえて力強い笑顔を作り、決意に満ちた声で宣言した。私もセリア様の憂いが晴れるよう、しっかりした声で追従した。

 私たちの言葉にセリア様は嬉しそうに優しく笑った。私たちの今後を期待してくださったことを言葉にして伝えてくれ、嬉しさが増した。ただ、そのあとに何か決意したように真剣な目をしたため、そこに注目してしまい、セリア様が何か小さく呟いた内容を聞き取れなかった。


「セリア様?」


「ふふふ、貴方達を見て心の澱が晴れたのですわ。ありがとう存じます」


「何もしておりませんが、セリア様の心を晴らす手助けができたのでしたら嬉しい限りです」


「また、お会いしましょう。楽しみにしているわね」


「是非。私達も楽しみにしています」


 セリア様は言葉通り、憂いが晴れたようで目に何かの決意が宿り、力強く輝いていた。

 セリア様は次の日の昼に出国され、私達は次に会えることを楽しみにしていた。


 しかし、それが叶えられることはなかった。


 ――――――マルリナ聖国に帰国され1月後、セリア様の訃報が知らされた。


こんばんは!

皆さん!お久しぶりです(*^-^*)

お元気ですか?

また、寒くなってきましたので風邪などにお気をつけて、お過ごしくださいね(*'ω'*)


シエルちゃんの前世編突入です!

今後も頑張っていきますので、応援✨よろしくお願いいたします(^^♪


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