41: 助けられるでしょうか?
子供達が村に帰っていく背中を見つめ、子供達の姿が森へと消えるとシエルがオーロに駆け寄った。
「大丈夫?痛みはある?苦しさは?」
矢継ぎ早に質問を重ねると、ブランカが唖然とシエルを見つめて固まってしまった。
それはそうだろう。先程、ヴァネッサがオーロの事を書いた紙を渡したのはカーナだけだったのだから·····
オーロの事を説明した時もシエルとキリアはいなかったのだ。それなのに、いきなりオーロの状態を確認してくるのだから、驚くなという方が無理な話だ。
オーロは自身の足を触って、顔を上げた。
いつもの幼げなオーロと違い、理性を持ち得る者の顔をして、包帯で覆った目をシエルに向ける。
「あ、あー。うん、大丈夫。足は動かないけどね」
喉の調子を確かめるように喉に触りながら声を出し、スラスラと帝国の言葉で話し始めた。
「·····喋れたの?」
「いや。この子の活動が停止したから、外に出られたんだ」
首を振りながら、自身の足を触る。
「外に出られた?」
「うん。この子はナイトメアスネイクって魔物なんだよ。融合された時にこの子の意識の方が強くてね。負けて表に出てこれなかったんだ」
·····ナイトメアスネイク
とても珍しい魔物で、会うことすら稀で温厚で無闇矢鱈と攻撃などしない大人しい魔物と言われている。湿地帯の魔の森奥地に生息しているのを50年程前に発見されて以来、討伐の記録はない。
その名の通り、幻聴幻覚や睡眠などのスキルで敵を排除し生活している魔物で、襲ったりしない限り攻撃してこない。
実物は見たことないが、魔物図鑑で見た絵を思い出す。
確かに描かれていた絵と少し似ている気がする。
スネイクと言うぐらいだから、蛇を思い浮かべていのだが、その外見は魚に近く、シルエットだけ見れば蛇に見えなくもない。目は無く、口と牙だけがあり、口から時折舌が出て、その舌は長く二股に分かれている。表面は鱗に覆われており、お情け程度の小さな鰭のようなものが着いていて、水中から陸へ住処を変えた時の名残だと言われている。そして、1番の特徴が地面を歩く時に使う足が、人の手に見える外見だけ見たら不気味な魔物なのだ。
「じゃぁ、あなたがオーロなの?」
「いや、オーロはブランカが僕達に付けてくれた名前だからね。僕だけを指す名前はないんだ。物心着いた時には奴隷だったし、アレとかソレで呼ばれていたからなぁ」
「そう·····なの」
随分な過去をあっけらかんと話すため、反応に困ってしまう。
「あぁ!気にしないでね。別に僕の人生が不幸ばかりではなかったし、物心着いた時からそんな扱いだったから、それが普通だったしね」
「·····そう」
「あれれ?余計に気にしちゃったの?久々に人と話したから上手く話せないんだよね。うんとね、僕は僕の人生に対して不満はないってこと。この子とも融合できて寂しくなくなったし、この子の感じることがダイレクトに心に響くから色んな気持ちの変化に揺れ動くのも新鮮で楽しかったんだ。それに、最後は僕たちを大切にしてくれてるブランカが看取ってくれるしね。僕たちは幸せ者だろ?」
オーロは隣で理解が追いつかずに固まっているブランカの両手を握って、ニカッと屈託なく笑いながら言う内容が本気でそう思っているのが分かってしまったから、上手く否定ができなかった。
「·····そう·····なの·····?」
「うん!そうだよ!僕と同じように実験されていた子達は、大切な人に見守られて死ぬことなんて無かったからね。実験の中、成果しか求めていない狂人達に囲まれて好き勝手体を弄られて死ぬのが普通だったから、外にも出れて色んな人に会えて、大切な人に見守られて死ねるんだ!なんて素敵なんだろう!!これを幸せと言わずして何が幸せなのかっ!」
少し芝居かかっているような手振りで自分は幸せに死ぬのだと力説してくる。
「·····ブランカさんはそれでいい?」
未だ呆然として固まっているブランカさんへ視線を向けて声をかけると、ビクッと驚くように肩が揺れ、私とオーロへ視線を迷わせる。
「えー、ブランカに聞くのは反則でしょっ!」
ブーッと口を尖らせて文句を言うオーロを無視してブランカさんを見つめる。
「オーロの気持ちは置いておいて·····ブランカさんの正直な気持ちを教えて欲しいの」
ブランカさんは、ゆっくりオーロが握っている自身の手を見て、オーロの顔に視線を向ける。悲しそうに眉根を下げて、泣きそうになりながらもしっかりとした目で私を見ると口をゆっくり動かした。
『生きたい。一緒に生きたい』
そう言っているのを読み取ったシエルはオーロに視線を向けると、一瞬、オーロが唇を噛み締めているのが見えた。
オーロもあんなあっけらかんと言っていたが、ブランカさんと一緒に生きたいと思っているのだろう、でも、その選択肢は彼の中には既に掴み取れないものになっているのだと予想出来て、言葉が出てこなかった。
「·····シエル。何をするにしても、先に皆の奴隷の首輪を外してしまおう。付けていると後が面倒だからな」
少し間が空いた瞬間にキリアさんが声をかけてきた。張り詰めていた空気は少し霧散したが、ブランカとオーロの心は晴れることは無く、お互いに気まづそうな感じは読み取れるが、お互いにそばを離れようとはしなかった。
本当にお互いが大事な大切な人なんだろう。
だからこそ、簡単に一緒に生きるとはいえなのかも知れない。
オーロの下半身が動いていないことに気づいたのは、コハクのモフモフから起き上がって、防壁を解除する前だった。
あれから、ずっとオーロの下半身は動いていない。
ブランカさんも心配そうに眉根を下げて、オーロの頭をずっと撫でていた。何かあったのかと思ったが、ヴァネッサさん達が残ると分かったので、子供達を村に返すことを優先にした。
私がオーロの事を口に出したら、あの優しい子達は村に帰ることを拒否するだろうと予想できたからだ。だから、子供達が見えなくなってからオーロの状態を確認するため駆け寄って声をかけたのだ。
まさか、オーロが魔物と人を融合させた存在だったなんて·····それも精神が2つ、1つの体に存在するなんてありうるのかしら?
相性が非常に良かったのか、何にしても奇跡的な存在であることは理解出来た。
それと·····人のオーロは、上半身の見た目年齢6歳よりもっと大人びた話し方や考え方をするのにも驚いたわ。
そんなことを考えながら、眠らされた盗賊達を僅かに浮かせて集め、洞窟の入口で待っているヴァネッサさん達の所へ戻っていく。
初めはキリアさんが担ぎあげたり、引きずったりしながら運ぼうとしていたので、効率も悪いし、キリアさんが汚れるので私が魔法を行使することにしたのだ。渋るキリアさんにコハクが魔物を使った襲撃しようとしてるのを黙っていた件で脅し·····ケフッ、説得してこの役目を獲得したのだ。
ただ·····連れていく間に地面に叩き落としたり、壁にぶつかったりなど事故が起こってしまったが·····8歳の子供の魔法だし、風の防壁を行使したりして疲れちゃったのかもしれないわ。ちょっと、魔力操作が未熟になってしまうのは愛嬌よね。
後ろから、ドカッ、ゴッ、ドンッなど色々痛そうな音が聞こえてくるが、シエルは気にせず歩き、前を歩くキリアさんも気にする様子はない。
ヴァネッサ達の所へ戻ると、私達に気づき私の後ろの光景を見て、皆の顔が引きつった。
「えっ?ねぇ、さっきから何かをぶつけたり落としたりする音が聞こえてきてたけど·····シエルの後ろにいる人達無事なの?」
「あら、大丈夫よ。とっても丈夫みたいだもの。私の魔法操作が未熟なばかりに少しばかりちょっと落としちゃったりしたけど、生きてるわ」
「あっ、ならいっか」
オーロは目を包帯で覆ってはいるが、周りの状況を把握することはできるようだ。熱感知と魔力感知もあるとかで、視力に頼らない方が楽のようだ。
そんなオーロは、ボロボロの盗賊達を心配したようだが、私の言葉に納得して簡単に心配をやめた。
キリアさんがガルガとか言うやつの部屋から持ち出した書類3枚を取り出し、1番ボロボロになったガルガの前に置いた。
睡眠香の作用が強かったようで、未だポーっとしているが、何回か地面に叩き落としたので、他の盗賊よりは目を覚ましている方だったが、まだ、夢から覚めきっていないようだ。
キリアさんが置いた用紙を持って少し後ろに下がると、水魔法を展開させる。書類に目を通しながら、水魔法である水球を5つ展開させて、1球ずつ間髪置かずガルがの顔を必中させる。5つ必中させたら、再度水魔法を展開させて同じことを繰り返す。
「アガっ·····ヤ、やめっ·····ベッ、ブグッ」
書類はすぐに目を通し終わったが、もう少し水球をぶつけていたいので読んでる振りをしてガルガが何か言葉を発しているを無視した。
ガルガは目覚めてからすぐに水球を避けようと頑張ったようだが必ず顔に必中するため呼吸が乱れた。攻撃してくる子供を捕まえようと体を動かそうとするも、ひっきりなしで水球が顔を当るせいで息が上手く出来なくなり、子供を捕まえるどころか、体を自由に動かすことさえ出来なくなった。ここに来て、ガルガは己の死を意識した。
先程、カーナに殺られた時に感じた死の恐怖が蘇り、砕かれた顎の痛みも思い出してしまう。もう、体は震えるわ、冷汗がドッと出るわと何の抵抗も出来なくなり、その場で初めての絶望を感じ顔を歪めた。
ガルガは顔を青くさせて苦しみながら、こちらに目を向けず水球を撃ち続ける子供にプライドも何も無くして土下座して懇願しだした。
「アブッ、や、ヤベデ、、、くだっブベッ!アグッ、ズビバっ、ぜんっ」
「シエル、その辺でね」
キリアに止められて、やっとシエルの攻撃が止む。
ガルガは攻撃が止まったため、息を乱しながら恐る恐る顔を上げて、目の前の子供を盗み見た。
色白で細い肢体にスラッと長い手足、キャスケットを目深に被っているせいで顔は見えないが、立ち姿自体美しく普通の者には見えなかった。
その子供が軽く近づいてきて、キャスケットを外した。
そこには妖精のような美しい顔があり、その顔が笑ってこちらを見ていた。先程まで、なんの反応もなく水魔法を行使して水責めをしていた者と同一人物だとは思えなかった。
ガルガに信仰心も何も無いが、目の前の年端も行かぬ少女に畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
「はい、必要な書類はここにあるわ。この子達を解放してください」
目の前に3枚の書類が提示されて声をかけられたことで、少女の後ろにヴァネッサ達がいるのに気がついた。
置かれた書類は3人の奴隷契約書で、奴隷の主人として登録されている証明書である。奴隷の主人が奴隷契約書に解除に同意するサインと血判を押すことで奴隷解放となるのだ。
目の前にペンも差し出され、優しく微笑まれてしまうと言われた通りにしてしまいそうになる。現に自分の意思とは関係なく、目の前に差し出されペンを恭しく受け取ってしまった。3枚の書類にサインを記入し、血判を押すため親指を刃物で切ったところで気がついた。
切った指を押さえながら、目の前で微笑む少女に視線を向け·····途端に少女に恐怖を抱いてしまった。
全身が怖いと訴えてきた。盗賊の頭をし、多くの人に恐怖を与えてきた自分が目の前の非力な少女に恐怖を抱き、震えてしまうことに得体の知れなさが、恐怖をより煽る。
「どうしましたか?」
「·····俺は·····俺達は死ぬのか?」
震えて動かなくなったガルガの頭上から優しく声がかけられる。
ここで血判を押したら·····生きてここから出られないような気がして、勝手に言葉として出てしまう。
「どうして?」
「ヒィッ!た、助けてくれっ!殺さないでぇ、警備隊に突き出してくれっ!」
ガルガの言葉に少女は不思議そうに首を傾げて優しく微笑んだのだが、ガルガは気づいてしまった。·····少女の目が一切笑っていないことに。
殺される!殺されるっ!
無残に、残忍に、あらゆる苦しみ苦痛を与えられ、ジワジワと殺されるのだと分かってしまった。気づいてしまった。
この神に等しき少女の慈悲は、一切自分には向けられることはない。
俺は、俺らは手を出してはいけない者に手を出し、神の、少女の逆鱗に触れたのだと悟った。
警備隊に捕まったとしても、盗賊として殺しもしてきた俺は死罪は確定だ。それでも、目の前の少女に殺されるよりはマシだと、どうせ死ぬのなら、死罪の方が良いと本気で思ってしまった。
「警備隊に突き出しても、貴方達は死罪確定です。それでも、警備隊に突き出して欲しいのですか?」
少女が優しく問いかけてくるのに対し、必至に何度も肯首する。
そんなガルガの姿を見て、シエルは二ィっと微笑みを強くしてガルガの顔を覗き込む。
「そう。なら、こちらの書類に血判を押して、彼らを解放してください。出来ないなら、私も貴方のお願いは·····聞こえないわ」
最後の言葉を耳元で囁かれ、スっと美しい顔が離れていく。さぁ、と手で指し示しながら書類を広げられる。
しかし、ガルガは固まってしまっていて、なんの反応もなかった。
怖い、誰か助けてくれっ!
早く書類に血判を押さなくては、自分達の命はない。
自分達の未来はどう考えても、行き着く先は死のみだ。それでも、目の前の少女から開放されるならどんな書類にもサインをしただろう。
今も3枚の書類に血判を押せば、警備隊に突き出してくれると言ってくれた。
手を出して血判を押そうとするのに、恐怖て体が上手く動かず、固まってしまった。必至に動かそうとするのに、思いは届かず、から回る。
早くっ!早く押さないと!
ヤダっ!やめてくれっ!こっちを見ないでくれっ!
押すっ!押そうとしてるんだっ!
殺さないでっ!警備隊に突き出してくれっ!
「·····ねぇ。押したくないのかしら?」
必至に首を振りながら、やっと動き出した体を必至に鞭打ちながら動かす。
震える手をもう片手で抑えながら、血判を押していく。
全て押し終わり、力が抜ける。
シエルは書類を回収して確認する。全てにサインと血判が押されていることを確定して、キリアさんを見ると既に動いていた。3人の奴隷の首輪がキリアさんの手で外されていく。
ヴァネッサは、カランッと音を鳴らして落ちた首輪を見て、自身の首を触った。その感触を確かめて、奴隷ではなくなったことをジワジワ認識し、自然と涙を流してしまった。
他の2人を見ると、嬉しそうに抱き合っていた。
嬉しい。もう人には戻れないと思っていたのだ。
人になりたい、戻りたいなどと思えるような環境ではなかった。
でも、今·····私の首に人ではない証明の首輪は·····ない。
私は·····人に戻れたのだ。
目の前で凛と立つ、私より年下の子達と、ここにはいないこの子達の母親に感謝をした。
「ご苦労さま」
優しい声に一筋の冷たさを感じた一言が聞こえ、ドサッと音がした。
視線を向けるとシエルちゃんが書類を持って、白目を向いて倒れているガルガを見下ろしていた。
おおっと!何か·····シエルちゃん黒くない?
あの、一応ヒロインなんだけど·····(´・ω・`)
何で大人しく守られていないのかな?
キリアちゃんも止めてよっ(´∩ω∩`)
皆さんこんばんは!
いつもコメント、ブックマークありがとうございます!
本気で本当にありがとうございます⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
これからも頑張りますので、よろしくお願いします!
あともう少しで終わりです!ラストスパート頑張ります☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝