63:変化は目に見えて
ロベルト達がマルファイ伯爵と件の聖女を連れて帰還した。
すぐに聖女は別室に連れていかれ、こちらで用意した服に着替えることとなった。聖女は着替えとして用意されたドレスを嬉しそうに着替えたそうだ。装飾品も全て外すように促されると髪を留めているバレッタのみ外すことを拒んだようだが、国王への謁見を希望するのなら外すよう指示され、渋々外したと報告があった。一応、バレッタを調べたが魔術は施されていなかったようだ。
ロベルト達は聖女と引き離してすぐに拘束され、別室で監視下の謹慎となった。マルファイ伯爵も同様の措置と相成った。彼らを取り調べると皆一様に「聖女様のためです」「我が国に祝福をもたらす聖女様を連れてきました」「聖女様が望まれたのです」と発言したようだ。正気をなくした様子はなく、本当にそう思っての行動であると判断できるものだった。
そのため「見た目は正常なのに発言が統一化されたように同じことは言うため、気味が悪かった」と尋問した者がこぼしていた。
ロベルトだけは聖女と呼ばずにジェイミーと名前で呼んでおり、帰還した時も聖女をエスコートしている姿が見られている。ロベルトへの尋問では「私の愛しいジェイミーが我が国のために王城で祈りをささげたいと望まれたのです。彼女は本当に慈悲深く慎みのある方だ。彼女のために私は帰還したのです」と発言したそうだ。婚約者のフェミニア様のことを聞くと「どなたですか? 私の婚約者はジェイミーですよ」と心底不思議そうに首を傾げていたそうだ。
その話を聞いた時、怖気が走った。アート達も呆然としており、皆一様に顔色が悪い。私達はロベルトと親しいため、彼との面会はできなかったが、報告を聞くことはできた。しかし、その報告内容が想像していた物より、ずっとおかしく怖気の走る内容だった。
「……どういうことだ? ロベルトが婚約者のフェミニア嬢を忘れている?」
「忘れているというより、記憶を改竄されたような発言内容だったようです。それにしても、あの女が慈悲深い? 慎みがある? 自国で民が苦しんでいようが気にせずに贅沢三昧、気に入った男は恋人がいようが婚約者がいようがお構いなしに手を出して、自身の付き人にするあの女が、そんなわけないでしょうッ‼」
「……クラウス落ち着けって」
「これが落ち着いられますか? ロベルトは完全におかしくなっているんですよ。元に戻ったとしても、もう殿下の側近として働くことも、尊敬する父親の背中を追うこともできなくなったんです」
「クラウスッ」
「……あの女…始末してきます」
尋問者がまとめた内容の報告を担当した文官からロベルトの発言内容を聞き終えた後、皆何も言えずに沈黙が流れる。報告を終えた文官が出て行き、扉の閉まる音が聞こえた瞬間呟いたアートの声がやけに大きく聞こえた。
クラウスがアートの呟きに反応して話し始めるも、徐々に声を荒げて冷静さが欠いていた。いつも冷静なクラウスのその姿に私は驚きを隠せなかった。しかし、幼いころから交流があり、アートを助けようと尽力できる側近だったロベルトの今後を思えば、クラウスの反応を否定できなかった。
ロベルトが元の状態に戻ったとしても、今回の騒動の責任を取らされる。もうアートの側近には戻れず、外務大臣の子息でアートの側近として立場のあるため重い責が圧し掛かることは明白であり、王宮で働くことも難しい立場となる可能性さえあるのだ。
これまで一緒に切磋琢磨してきたクラウス達からしたら納得できるものではないだろう。それでも、為政者として上に立つ者として、私事を優先させることは許されていない。
分かっていても、頭で理解していても、心が暴れまわっているのだろう。皆苦しそうにしていて、涙を流していないのに泣いているように見えた。
いつも冷静に見えてクラウスが一番仲間思いで熱しやすい心を持っている。今も静かに殺意を灯した目で物騒なことを呟いて扉へ向かって出ていこうとしたので、前に出て行く手を遮った。
「退いてください。あの女が原因なのは明白ではないですか。あんな女一人くらいでしたら、私でも簡単に殺せますッ!」
「クラウス様、冷静になってくださいまし。貴方の力量では暗殺は無理ですわ」
「えっ、シェリー嬢。……止めてるんだよね?」
「えぇ、止めていますわ。いつもの冷静さを欠いていらっしゃるから、ご自分が誰にも見つからず暗殺できるほどの力量がないと判断できずにいるのですわ。今のまま行っても迷惑でしかありませんわ」
「おぉう、前から思っていたけど時々、着眼点おかしいよね」
「どこがですか?」
淑女が必死にクラウスを止めているというのに、一番体格のいいアイザックが加勢せずに私に話しかけてくるのに少しだけ、本当に少しだけ感情的になってしまいました。もうすぐ王太子妃になろうとしているのにこんなことで感情的になるなど、まだまだ未熟だと反省しているとアートの穏やかだけど有無を言わせない声が聞こえてきた。
「クラウス、一度そこに座りなさい」
「……殿下」
「クラウス、落ち着いたね。シェルが言った通り、君は暗殺など専門外なのだから君の得意なことでロベルトをフォローしてあげることが一番いいことだろう。あと、こんなことですぐに感情的になるようなら、一度頭を冷す時間を作ることになるよ。私の執務室では昔の様にしていいとは言ったが、気を抜きすぎることを許してはいない。これ以上、私の信頼を裏切るような行動は慎んでほしい」
「……はい。すみません」
アートの言葉は厳しく冷たく聞こえるが、罪を犯したロベルトをアートが表立って助けてあげることはできない。王太子という立場がアートの言動を縛る枷となる。アートが手を出せなくても、クラウスなら裏から手助けが可能だろう。彼はそういう暗躍が得意なのだから。
それに厳しい発言をしているが、アートはクラウスが声を荒げる前に一瞬で執務室内に声が漏れないよう魔法を施行している。クラウスが他国の要人に対して侮辱及び殺害を仄めかす発言を外に聞かれないようにして守ったのだ。
アートは懐に入れた相手をとても大切にする。ロベルトのことも大切にしていたのにアートの立場がロベルトを助けることを許さない。この中で一番辛いのは上位の立場にありながら大切な者を守ることも助けることもできないアートだと気づいたクラウスはアートに促されるまま静かにソファーに座り項垂れ、自己嫌悪に陥っているようだ。クラウスには悪いが、そのままいつもの冷静さを取り戻していただきたい。
今回のロベルトの一件はアート達の心に大きな負担をかけただろう。それでも、人の上に立つ者として表情に、ましては行動に表れるようでは、他の者に足をすくわれる結果となる。国の上層部も一枚岩ではない、王太子やその側近を貶めようと手ぐすねを引く者がいないわけではないのだから……
それを鑑みても今回のクラウスの行動は浅はかとしか言いようがない。あのまま聖女を殺しに行っていたら、殺害が成功してもクラウスは他国の要人の殺害で死罪となっていたし、度重なる側近の失態にアートにも責が及んだだろう。
それに……彼女に近づいて、クラウスもロベルトの様にならないという確証はなかった。クラウスもロベルトの様に彼女を妄信するようなら、我が国を守るため彼らを処刑するしかなかったかもしれない。
アートの側近として国の機密に関わることもあっただろう。特にクラウスは、誰よりも早くにアートの側近となる共に行動することが多かった。それだけ多くの機密に関わっている。それらが聖女の一言で漏洩する恐れがあるのだ。国を守るために口を封じるためには暗殺が一番である。ロベルトは現状の把握と症状の究明を行うために生かされているに過ぎない。
聖女に関わった者たちが、妄信的に聖女を崇めるようになっており、その原因が分かっていないのだ。聖女が関わっていることは明白だが原因が分からなければ、追及してものらりくらり躱され、逆に他国の要人を証拠もなく責めたと我が国が抗議されることになる。
暗殺も一緒だ。我が国内で聖女が暗殺されたとなれば、マルリナ聖国も黙っていない。最悪、帝国と手を組み我が国に攻め込んでくる恐れまである。我が国の戦力的に負けることはないだろうが、確実に被害が出る。戦地になった国境部は毒を撒かれることもあるため、不毛の地になる可能性さえある。その一番の被害者は民達だ。国を民を守るためにも聖女には早急に自国へ帰国していただく必要がある。
「ふぅ、聖女への対応は先の会議で話し合われたように、他国の要人として対応をし早急に自国へ帰っていただこう。もし、彼女が何か不審な行動を取るようなら、影が気づかれないよう暗殺することになっている。だからと言って、彼女にはむやみに近づかないよう心掛けるんだ。既にロベルトは彼女の手中だ。彼女の情報からも若い男性が好みのようだから、一人になることがないよう身を引き締めて行動してくれ。シェルは特に気を付けてくれ。シェルに何かあったら私は何をするか分からないからね」
アートの言葉を聞いて、皆覚悟を決めたように顔を引き締めて頷いた。
私も頷きながら、もう一つしなくてはいけないことを伝えた。ロベルトの婚約者であるフェミニア様の所在が不明なのだ。騎士たちも捜索しているようだがいまだ見つかっていないと報告が上がっている。
私独自の情報網を屈指して捜索するつもりだと伝えた。
「分かりましたわ。アートもお気を付けくださいね。それと、フェミニア様はまだ見つかっていないようなのです。私の方でも探ってみますわ。無事だといいのですけど……」
「そうだね。いつから失踪したのかも定かではないようで、捜索が難航しているそうなんだ。心配なのは私もだ。私の側近の婚約者であり、大切な民の一人だからね。でも無理は禁物だ。危険だと思ったらすぐに私を頼るんだよ」
「分かっております。無理はしませんわ。でも、フェミニア様は私の友人でもありますの。全力でお探しします」
「私の方でも探りを入れてみます」
フェミニア様の捜索の許可を得て動き出そうとすると、クラウスが自身も捜索を買って出てくれた。いつもの仕事量でも大変であり、今は聖国や帝国、聖女と問題が山積みでありより大変な時期であるだろうに、それでも手を貸してくれるという彼らの言葉が嬉しかった。
アートもクラウスの言葉が嬉しかったのか、いつもの笑顔がより柔らかくなっている。
「クラウス。少し落ち着いたかい?」
「お騒がせしました。今回の失態は行動で上書きさせていただきます」
「……無理はするなよ。皆私の大切な者なのだから」
「はい」
やる気に満ちているクラウスの姿にアートは苦笑いをしながら、言葉をかけた。その言葉を噛みしめるようにしてクラウスが返事をして退室した。それに続くように私もフェミニア様捜索に向けてアートの執務室を退室した。
聖女が謁見を許されるまでにまだ時間はある。それまでに少しでも情報を得られるよう各方面に探りを入れ、新たな情報はすぐに私に流れるよう情報網を構築した。
聖女の謁見が許されるのに時間がかかっているのは謁見の準備をしているためではない。
聖女の持ち物に魔術の付与がされていないか確認し問題ないことが確定し、聖女の行動にも魔法を施行するようなしぐさがないか、聖女を世話しているメイド達に変化はないか確認し問題がないと判断されたら国王との謁見が許可されるようになっているからだ。
当然、聖女はそのことを知らない。メイドにお風呂から着替え、お化粧など甲斐甲斐しくお世話されご満悦のようで、今はティータイムを楽しんでいるようだ。
すべての確認を終え、次の日に謁見が行われることになった。
王族、信徒ではない上層部が謁見上に集まった。周りは騎士により厳重な警備がひかれている。ネズミ一匹逃がさないくらいの厳重さで、どれほど聖女が脅威となっているか物語っているかのようだった。
私は国王と王妃が座っている位置から一段下がったところにアートと並んで座って聖女を待った。
本来の時間より少し遅れて聖女が入場してきた。
遅れたにもかかわらず、申し訳なさそうな顔も慌てたような態度もなく、目をキラキラさせて嬉しそうに笑いながら入場してきた。
毛先にいくほどピンク色が濃くなる不思議な色合いのピンクブロンドの髪を軽く巻いて2つに結いあげて肩口で大きく揺れている。カーネリアンを彷彿させる大きな瞳は常に潤んでいてステンドグラスから漏れ入る光を受けてキラキラ光って本当に宝石のようだ。顔立ちは綺麗というより愛らしいという言葉が似合う可愛らしい顔立ちをしている。そこに軸が左右にぶれる様な歩き方が、ピョコピョコとヒヨコが歩いているようでより可愛らしさが更に加わり、守ってあげたくなるような女性が出来上がる。
確かに街にいれば可愛らしいと称され、男性にチヤホヤされる女性のようだが、ここはエリスタ王国の国王がいる謁見の間だ。場違いにもほどがある。それも彼女はマルリナ聖国を代表する立場にある者のはずなのにあの姿はない。
聖女の名を冠したものが、聖国のカラーである白色のドレスではなく、ベビーピンクのプリンセスラインのドレスで、よりにもよってデコルテがよく見えるよう開いたデザインの物を選んだようだ。レースのリボンが沢山ついており、彼女の可愛らしさを引き立たせている。
しかし、何度も言うように彼女はマルリナ聖国を代表として謁見をしており、ここは他国の謁見の間だ。どう考えてもそのドレスのチョイスはない。
彼女が我が国のことを何も学ばずに来たのが一目瞭然の姿に多くの者が軽く目を見開き、中には不快そうに眼を細まれる方までいた。それほどまでに酷い姿だった。
我が国の謁見では、首元までつまったドレスを着ることがマナーなのだ。上段におられる王妃も私も首元まで詰まったドレスを着ている。生地は問われないので、王妃は美しいレースを用いて首元まで覆っている。私も薄い生地を重ねて花びらのように見えるデザインで首元まで隠している。
聖女を担当したメイド達も大変だっただろう。他国の要人が恥をかかないよう必死に助言をし誘導しただろうに、結局聞き入れてもらえず、場違いなドレスで送り出すことになったのだ。後に理不尽な叱責を得ることになるだろう。たとえ彼女が勉強不足で人の助言も素直に聞き入れられずに起きてしまったことだとしても、担当メイドとして叱責は免れないだろう。
仕事を追われることがないよう、あとでフォローを入れておこうと思った。
聖女はお世辞にも美しいと言えないお粗末なカーテシーをし、少し顔を傾げて見上げる様なしぐさで国王を見つめ話し始めた。
「この度はお招きいただき感謝します。これからこの国で聖女として祈り続けたいと思います。どうぞよろしくお願いいたしますね」
聖女の発言に謁見の間がざわついた。
陛下がスッと片手をあげると一瞬でざわつきも収まり、次は張り詰めたような空気に変わった。皆、次に陛下が何をおっしゃるのか、一言も逃すことなく聞こう意識を陛下に向けた。
陛下が顎髭を擦りながら、ニコリと笑った。
「ふむ。儂の聞き間違えではなければ、儂が其方を呼び寄せたことになるが相違ないか?」
「はい! 私はこの国にこの身を奉げる為に来たのです」
「ほぅ、儂が認識していることと、其方の認識していることが随分食い違うようだ」
「え?」
陛下が笑いかけたことで、聖女は嬉しそうに両手を組み元気よく答えた。彼女は気づいていないようだが、陛下の目が一切笑っていない。
聖女が答えた内容に形の良い眉が片方だけ上がった。声のトーンも少し低くなり、陛下の纏う雰囲気も重厚感のあるものと変わる。そこに至ってやっと、様子がおかしいことに気づいた聖女が少し焦ったようにソワソワし始めた。
「儂は聖女を呼び寄せる様な遣いは出しておらん。ましてやマルリナ聖国が聖女の名を冠した其方を我が国に迎え入れようなどと思うはずもない。其方は儂に偽りの言を伝えた。事の重大さを理解されておるのか? 一国の王を謀ろうなど、どんな罪に問われても文句は言えぬぞ」
「ひっ‼ そ、そんなつもりじゃなかったの。わ、私は聖女だから、だから、み、皆に愛を、そう! 神の愛を届けようと思って、思いが先走ってしまったの。だから、そんなに怒らないでください。ジェイミー、悲しい」
何を言っているのだろう?
あまりな発言に唖然としてしまっても、誰も私を責めないと思うわ。
だって、隣のアートも集まった者達も唖然としているもの……
こんばんは。
いつもありがとうございます(*^-^*)
少し長くなりましたが、読んでいただけて嬉しいです‼
コメント・ブックマークありがとうございます(^^♪
いつも元気を頂いています‼
これからもよろしくお願いいたします(*'ω'*)
あと、シエルのパパはリーカスです。
ご指摘ありがとうございます。
徐々に直していきたいと思います。
頑張ります!