18:助けるべきでしょうか?
カーナさんに支えてもらい安定した乗馬は、目線が高くなり広がった視界にドンドン景色が流れていくのを楽しむほど余裕があった。
カノリアの人達が作っている麦畑、それが過ぎると森に囲まれ、緑豊かな景色を楽しんだ。
森なだけあり、様々な魔物の気配は感じられたが、道は大きく定期的に人が通り、冒険者などがクエストで道近くにいる有害指定植物や魔物の駆除をしているため、魔物が道に現れることはあまりない。
馬は人に乗られるのに慣れているのか、あまり振動が生じないよう気をつけて走ってくれていた。
とてもお利口な馬なようだ。
カーナさんも指示が通りやすいと馬の鬣を優しく撫でていた。
少し後ろを走っている青毛の馬に乗ったキリアさんは片手で手網を操りながら、空いた手で馬の耳付近を頻りに確認していた。
軍馬にはそれぞれの所有部隊が分かるよう特殊なピアスが装着されている。
この2頭の馬も鷹が刻印されている赤銅色のピアスを装着していた。
鷹·····鷹ってカノリア領の象徴ではないわ。確か、カノリアは麦とハープが重なった形だったはず·····
鷹はどこの部隊の象徴だったかしら?
そんな事を考えていたら、キリアさんが私達の前に出てきた。
スっと目を細め遠くを見つめていると、片手を上げて速度を落とすようにジェスチャーをした。
それに合わせて、馬のスピードを落としゆっくり歩き始める。
何かあるのだと分かり、サッと隠蔽した察知魔法を行使する。
初めはなにも引っかからなかったが、展開し続けていると反応があった。
1キロ先に魔物と人が混在している反応だった。
どうやら群れを作る魔物に襲われているようだ。
人が15人に対し、魔物は32匹。
人の位置を把握すると、5人のマークが中央に集まっており、それを他の10人が囲むような配置で魔物と戦っているようだった。
1対1なら楽に勝てるくらいの実力はあるようだが、相手の数が多すぎて対処に困難しているのが動きで分かる。
「どうする?このままだと直ぐに気づかれるぞ」
「うーん。気づかれると面倒だな。でも、この道は、1本道で回り道がないから、奴らと合流するのを回避できないし·····まぁ、この子らを放す理由になるからいいか」
キリアさんが今後の動きを確認し、カーナさんは馬の鬣を撫でながら答える。
「分かった。スピードはこのまま、奴らが力を消費してから合流できる」
「分かった。もし奴らが変な行動するようなら、サッサとのして先に進むぞ」
人が魔物に襲われていることに気づいているはずなのにカーナさん達は少し物騒な会話をしながらスピードを上げずにのんびり進んだ。
「お、お前達!!何をしているのです!は、早くその醜い魔物を倒しなさい!お、お前達にどれだけの金を払っていると思っているの!サッサと毛皮にしてしまいなさい!」
「旦那っ!数が多すぎる!そいつらの1人を奴らの前に放り投げて逃げるしか道はない!」
「な、何を言っているのです!こいつらは私の大事な商品ですよ!そ、それより!は、早く倒しなさい!顧客との時間が迫っているのです!」
ゆっくり進んで見えてきたのは、馬車の荷台に乗り震えながら怒鳴る男とグランドウルフの群れと相対している傭兵のような男達だった。
怒鳴る男は、綺麗に整えた口髭にオールバック、金色のモノクルを付けた身なりのいい男なのだが、震えながら顔を真っ赤にして怒鳴る姿は見苦しい。
傭兵のような男達はそれぞれの防具や武器装備しており、右腕にお揃いの深紅のスカーフを巻いている。
そして、怒鳴る男が乗っている馬車の中には首輪に鎖を繋がれて震えている年頃の女性達が手を繋ぎ固まっていた。
傭兵のリーダーの男がグランドウルフに対応しながら、私達にいち早く気づき助けを求めてきた。
私達は彼らから500m程離れていたのに、魔物を相手取りながら気づくとは、彼らの中で実力は1つ上をいっているようだ。
グランドウルフは、外皮が固い鉱石に覆われており、物理攻撃の耐性が強い。逆に魔法への耐性が低いため、単体ならDランクに位置づけられている。だが、群れとなると途端にランクが上がる。群れの大きさでランクが変動し、今回はBランク相当だ。
「グランドウルフか·····これだけの頭数だ。Bランクってところか?で、あの傭兵達に魔術師はいないようだし、苦戦は当然だな」
冷静に判断して状況を言葉にするカーナさんに急ぐ素振りはない。
横を見るとキリアさんも焦る様子なく、まるで何のトラブルが無いかのように流れる景色を見ていた。
その間も傭兵のリーダーは、大声で助けを求めてきた。
その行動で、怒鳴っていた男も私達に気づき助けを求めてきた。
「お、おい!冒険者ですね!私達を助けなさい!謝礼は弾みますよっ!」
必死にこちらを見ながら騒ぐ男の言葉にカーナさんもキリアさんも何の反応も示さなかった。
ただ、ただ、普通の旅を続けているように進む。
リーダーと怒鳴る男の声で周りの傭兵達もこちらに気づき口々に助けを求めてきた。
それに呼応して、グランドウルフもこちらに注視している。
それにしても·····この人達、馬鹿なのかしら?
よく見て欲しいわ。
大人は女性一人、あとは少年と子供よ?
実力も分からないのに、何故助けて貰えると思ったのかしら?
グランドウルフに囲まれて劣勢だからって子連れの女冒険者に助けを求めるなんて·····冷静な判断が出来ないくらいに追い詰められてるのね。大変ね。
それとも、私達にグランドウルフをけしかけて自分達は逃げるつもりかしら?
それなら、あんなに必死に大声でこちらへ声をかけるのも納得ね。
なんて思っていたら、男達と合流した。
「お前達、あっちにグランドウルフが行ったら進みますよ!用意しなさ·····い、いえ!彼女達と共闘してあの魔物達を倒しなさい!!出来るだけ、彼女達を傷つけないように注意しなさい。いいですね!」
怒鳴っていた男が私達に聞こえないよう注意しながら傭兵達に指示を出していたが、カーナさんを見て指示を変えた。
男を見ると、目に澱んだ欲望が見て取れた。
気持ち悪い。
カーナさんへ、その目を向けていることがあまりに気持ち悪くて、真っ黒な感情が身の内で暴れ、それに呼応して魔力が膨れ上がる。
カーナさんが私の後ろで慌てているのが分かったが、魔力を抑えきれなくなって、こちらに向かってきた4頭のグランドウルフを焼き殺した。
横一線に手を振ることで私が乗っている軍馬を基盤として赤黒の炎が広がり、近づいてきていたグランドウルフ4頭は姿を残すことなく燃え散り、そこには鉱石のような黒い魔石のみが残った。
残ったグランドウルフは警戒して距離をとり、傭兵達は唖然として動きを止めた。怒鳴っていた男は腰を抜かしたのか馬車に座り込み、首輪を付けられている女性達の2人が意識を失い倒れ、他の女性達も目を見開いて動けなくなっていた。
カーナさんは、慌てて私を抱きしめて軍馬から下ろし落ち着いたか頻りに確認してきた。
キリアさんは、残ったグランドウルフを軽く首をはねて殺し、生き残ったグランドウルフが逃げ出すと追いかけることなく、私に近づき頬に触れ顔を覗き込み、何に納得したのか、頷き軍馬2頭を労いに行った。
「落ち着いた?どうした?何か嫌なことでもあったか?」
ぎゅうぎゅうに抱きしめていたカーナさんが私を離し、顔を覗き込んでくる。
随分、心配させたようだ。
「魔力を解放してスッキリしたから大丈夫だよ。ちょっとあの人の目が気持ち悪くて感情が抑えきれなくなってしまったの。私もまだまだ未熟だわ」
「スッキリしたなら良かった!あいつら嫌な感じするし、サッサとこんなとこバイバイして次に行こうか。な?」
カーナさんの声はいつも通り大きくて、多分彼らにも聞こえているのだが、気にもせずに笑顔で私を抱き上げて乗馬する。
キリアさんを見るといつの間にかキリアさんも乗馬していて、カーナさんの後ろに馬をつけていた。
そのまま、何も無かったように歩き始め、馬車を追い抜かしたところで男達も正気に戻り騒ぎ出した。
怒鳴っていた男が特に騒ぎ、私達を引き止めにかかった。
「お待ちください!私達を助けて頂きありがとうございます!どうかお礼をしたいので少しの間お待ちいただけませんか!」
素早く動き、私達の前に躍り出て必死に引き止める。
あとから傭兵の何人かも追いかけて来て、私達を囲むように扇状に動き立ちはだかる。
怒鳴っていた男は商人のようで、あの澱んだ欲望の光を瞳の奥に上手く隠し、人に警戒心を抱かせない立ち姿で礼儀正しく腰を折り礼を述べる。
「誠にありがとうございます。貴女方が助けてくださったおかげで、私達は無事に旅を続けられます。お礼としては僅かばかりとなりますが、謝礼金をお渡しさせていただけませんか?すぐに用意させますので、その間、少しお茶でもどうですか?さっ、こちらに」
勝手に話を進めていく男に視線を向ける。
男が自身の心臓部分に右手を置いて礼をする姿は様になっており、ある程度の礼儀作法を会得している者の動きだった。勝手に進める内容にも相手に不安を抱かせないよう上手く誘導している。
怒鳴っていた姿とあの澱んだ欲望に染まった瞳、そして右手中指にはまっている指輪の紋章を見ていなければ、とても礼儀正しく紳士的な行動の良い人に見えていただろう。
だが、私達は見てしまっている。
指輪の紋章の意味が分かっても裏の顔は知られていないから、判断材料にはならないかもしれないが、あの見苦しい姿と不躾な視線、それにカーナさん達の危機察知能力上、彼の誘いには乗らないと思い視線を男から外し前を見たのだが·····
「そんなお礼をされるようなことはしていないが、せっかくだ。誘いを受けよう」
えっ?今なんて言った?
誘いを受けるって言ったの?
なんで?明らかな罠じゃない!絶対に何か仕掛けてくるわ!
それが分からないカーナさんじゃないでしょ?
さっきだって、嫌な感じがするって言ってたじゃない!!
驚いてカーナさんを見つめていると、優しく微笑まれて抱き上げられる。そのまま、軽い動きで軍馬から降りると男に促されるままついて行った。後ろを見るとキリアさんも後ろに着いてきており、カーナさんを止める様子は見られなかった。
えっ?なんで?
もしかして·····カーナさん達は彼らの仲間なの?
そんな様子なかったけど、私が気づいていなかっただけで、カーナさん達は彼らの組織の人間だった?
じゃあ、私と出会ってクエストを受けたのも偶然じゃなくて··········そんな·····
だめ!落ち着いて!そんなの後で悩めばいい!!
今は早くここから逃げなくちゃ!
カーナさんに抱き上げられている状態から逃げ出すために、短距離瞬間移動を展開しようとした瞬間·····カーナさんがギュッとして「大丈夫。ちょっと奴らを利用するだけだから·····信じて」と耳元で囁かれた。
バッと離れてカーナさんの目を見ると真剣な瞳が見つめ返してきて、ホッと息をつけた。
今まで息が出来ないくらいにパニックになっていたようだ。
落ち着いてカーナさん達を見て、先の会話を思い出した。
あぁ、そうだったわ。
カーナさん達は、あの軍馬を放す理由に彼らを使うつもりだと話していたのに·····私ったら、カーナさん達を疑うなんて·····
カーナさん達を信じたいのに、まだ疑ってしまう心があるのね·····
·····自分が嫌になる。
誘導していたモノクルを着けた男は、お茶を用意しに席を外しており、用意されたテーブルと椅子に私を座らせるとギュッと抱きしめて頬を両手で包み顔を上げさせ、カーナさんが優しく微笑んだ。グルグル考えていた嫌な気持ちも消えて温かい気持ちが心に灯る。自然と顔が緩みヘニャっと笑ってしまった。
キリアさんが私の頭を撫でて隣に座ると本当の家族のようで·····無意識に両側に座るカーナさんとキリアさんの服を掴んでしまう。
カーナさんが声にならない叫び声を上げてギュウギュウと抱きしめてきて、カーナさん達の服を掴んでいたことに気づき慌てて手を離し、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
キリアさんも優しく微笑んで頭を撫でてきて、より顔が赤くなった。
その光景は、あの男がお茶を用意して戻ってくるまで続いた。
シエルちゃん、大丈夫?
心の病はすぐに治らないよね(*´д`)
でも、ちゃんと少しずつ回復していくから!
カーナさん達も支える気満々だし、良い方向に向かってくれるといいなぁ( *¯ ꒳¯*)
こんばんは!
皆さんお元気ですか?
いつも誤字報告ありがとうございます(*´˘`*)♡
コメントもニマニマしながら読んでいます!
本当に皆さんに力を貰いながら書かせて頂いてます(*´艸`)
さてさて!!やっとカノリアから出領し、次に向けて進んでおります!
これからもシエル達を温かく見守って頂けると嬉しいです!よろしくお願いします( *´꒳`* )