40: 無事にお家へ帰れるでしょうか?
皆の心も落ち着いたところで、洞窟の外へ出ることにした。
魔物達の襲撃で外にいた盗賊達は全滅している。それに、魔物達が盗賊達の死体をお持ち帰りしたため、殆ど死体は残っていないとしても、戦闘痕や血、体の破片などは残っているだろう。それに、臭いは簡単に消えはしないため、心して外に出ることをカーナが伝え、心構えができたところで外へ出た。
洞窟の前は、真っ赤な血が土とが混じり所々汚れており、そこらから、鉄ぽい臭いが漂い充満して咽せ返るほど臭いがきつい。
人でさえ、キツい臭いなのだ。フェンリルのコハクはもっと大変だろうと労わるようにコハクの眉間を撫でて視線を向けると、嬉しそうに目を細めている。どうやら、コハクにとって血の臭いは問題ないらしい。
確かに、生肉を食べる肉食なのだから、血の臭いにやられることは無かったのだ。逆に慣れ親しんだ臭いなのだろう。
シエルは、コハクが臭いで苦しんでいないことを確認すると、周りに視線を向けた。
皆一様に手や腕で鼻を覆い、少しでも臭いを遮ろうと試みていた。その中で、キリアさんだけは平然としており、さすが冒険者だと感心してしまった。 だが、私の後ろにいたカーナさんが、後ろから私の肩に手を置いて、その上から額を預けて「う゛〜」と唸ってきたので、視線を向けると顔色が悪かった。
「か、カーナさん!どうし·····」
「臭い。無理だ。鼻が曲がる。臭いが·····気持ち悪い」
どうしたのかと聞こうとしたら、何事か呟いて私の肩から手と顔を離し、広場の中央ら辺までフラフラと歩いていきながら、手に漆黒のバトルアックスを出して掴み引きずる。それを見たキリアさんが珍しく少し焦った様子で、皆を一塊にさせて座らせ、お互いに体を支え合えるよう指示を出していく。皆、困惑した状態だったが、キリアさんの指示通りにお互いの体を支え合えるよう体制を整えた。
「シエル!1番強い防壁を張って!」
焦りが滲む声で指示が飛んだので、すぐさま先程展開したものより高密度の風魔法を展開し皆の周りに防壁を作った。
それを見届けると、すぐにキリアさんが私を抱きしめて、カーナさんに背を向ける。
次の瞬間──────────ブオォオォォオゥオン!!!
展開した防壁に強い衝撃を受けたのがわかった。そして、衝撃の後にグゴォォォォオォォォ!と凄まじい音が聞こえ、最初の衝撃よりは弱いが継続的に響くような衝撃を受け、展開した防壁が削り取られていくのが分かった。
防壁が崩れるかもしれないと不安が生じるほどの衝撃が持続している。もし、この防壁が崩れたら、私達はともかく、子供達やヴァネッサ達は下手したら死んでしまう。
どうしよう·····もう一度、風魔法を展開して防壁を強化する?それとも、土魔法で土壁の防壁を作る?
どれも、先程作った風魔法の防壁よりも強度が劣る。
でも、無いよりマシっ!
少し無理して風魔法を展開しようとしたら、目の前に陽の光を浴びて輝くような白銀の毛皮が飛び出してきた。
『グゥオォォオオン!!』
四肢をしっかり踏みしめ顔を上げ、ブワッと毛並みが逆立たせて、腹の底に響くような鳴き声を出した。
その鳴き声に呼応するように一気に風が竜巻、シエルが展開していた風魔法の防壁と混じりあってより強固な防壁を作り上げた。
不思議なことにあれほどの竜巻を起こしたのに、誰一人その風の影響を受けることがなかった。
キリアさんに頭を抱えるように抱きしめられていた所から顔を出して見た先には、皆に背を向けて王者の風格を漂わせた白銀のフェンリルが立ちはだかっていた。
抱擁と帝王の石と呼ばれるアンバーの別名である琥珀。
生後2ヶ月と幼い時分に親と引き離され、理不尽な目にあっても陰ることも折れることもなかった強さと、聡明で包むような優しさを持っている神獣フェンリル。
名に負けることなく、その名に相応しい成長を遂げているコハクの立ち姿に自然と涙が溢れてくる。
本来なら私達が守らなきゃいけない幼い子供なのに·····皆の後ろに隠れていても当然なのに·····それなのに·····
皆を守ろうと必至に前に立ち、誰も傷つけないよう面倒な魔力の制御をして、私の魔法と混じり合わせてより強固な防壁を作り上げてくれたのだ。
キリアさんの腕から抜け出て、コハクの側に駆け寄り、その首に抱きついた。
コハクは嬉しそうに尻尾を降っているのが見えて、先程までの王者の風格は消えていて、目の前には幼く甘えたで寂しがり屋のワンちゃんのようなフェンリルがいた。
「ふふふ、コハクは凄いわね!それに、優しくてカッコイイわ!」
コハクを誉めながら、耳の後ろを掻いてあげると、尻尾が千切れんばかりに振って、おもむろに前足を私の肩にかけるとコロンと横になり、それに巻き込まれてコハクのお腹に身を預ける形で倒れてしまった。コハクのモフモフに包まれて痛くなかったがビックリしてコハクを見つめた。
『くぅー、クゥーン』と甘えた声で鳴きながら私の頭に頬擦りをしてきて、トントントンとリズム良く私の足にコハクの尻尾が優しくあたる。
どうやら甘えているようだ。
コハクが私が作った防壁を強化してくれたおかげで、防壁が壊れる危険性が無くなり、また、外から継続的に生じていた衝撃がだんだん弱まってきているのを感じて、私もコハクのフワフワモフモフの魅力に思う存分埋もれることにした。
お日様のような良い匂いがする。
モフモフに埋もれて至福の時を過ごしていると、キリアさんと子供達が近づいてきた。
キリアさんの顔は呆れており、子供達は優しい目を向けてくる。クウリが「良いなぁー」とリリとルルに手を繋がれ支えられた状態でブラブラと振り子のように揺れている。
「さっきのは何だったんだ?」
「凄い音がしてたわ!」
「それに衝撃も!」
ユシン達が首を傾げながら、聞いてくる。私が答えを知っていそうなキリアさんに視線を向けると、皆の視線も自ずとキリアさんに注がれる。
皆の視線を受けて、キリアさんがガシガシっと頭を掻いて、ハァーと息を吐き出した。
「·····カーナだ」
「えっ?」
「カーナが臭いに耐えきれなくなって、臭いを消し去るために武器をぶん回したんだっ」
キリアさんがポツリと呟いた言葉が小さくて聞き取れなかったので首を傾げたら、今度は声は出ていたが少し早口で説明された。いつも冷静なキリアさんに似つかわしくない行動に首を傾げた状態で固まってしまった。
「·····はぁ、ごめん。前にも同じことがあったんだよ。カーナは下手な獣人より鼻が利くから、ここの臭いに耐えきれなくなったんだと思う。カーナを止められなくて、すみません。シエルとコハクも助けてくれて、ありがとうな。助かったよ」
軽く息を吐いたことで、落ち着いたのか、危険に晒したことに頭を下げて謝り、私とコハクにはお礼を言ってくれた。
ユシン達が慌てて、両手を前に出して振りながら「謝らないでくれ」とキリアさんに訴えていた。
「私達は大丈夫だよ」
「あなた達が守ってくれたから」
「クゥは楽しかったよ!すっっごい音がしたの!」
「僕も·····大丈夫!」
ヴァネッサ達も頷きながら笑ってくれ、それを見てキリアさんも少しホッとしたようだった。
風の防壁への衝撃が無くなり少しすると、トントントンと防壁がノックされた。
えっ?風で作った防壁をノックしたの?
ん?そんなこと出来るの?防壁だけど風なんですけど·····
混乱して防壁を解除せずに展開し続けていたら、ノックの音がトントントンからドンドンドンと強くなった。
そして、何やら叫んでいるのか微かにカーナさんらしき声が聞こえてきた。
一応、高密度の風で作った防壁なので、外部の声が微かにでも聞こえること自体おかしな状態なのだが·····カーナさんだからの考え一つで納得出来てしまうのが不思議だ。
風の防壁を解除し霧散させると、グシャグシャに涙を流して膝をつき叫んでいるカーナさんが現れた。
「シエルゥー!ごめんなさいっ!もうしないからっ!ここを開けて出てきてくれー!!」
防壁が霧散し、私達を視界に収めた瞬間、綺麗に土下座した。
「ごめんなさいっ!」
顔をグシュグシュにしながら謝り倒すカーナさんの顔色は先程と変わって良くなっていた。
怒るよりも顔色が良くなっていることにホッとしてしまい、カーナさんの土下座の勢いに怒りも何も湧いてこなかった。
「カーナさん分かったから、顔を上げて。ほらっ」
カーナさんの所へ行き、カーナさんの手を掴んで顔を上げるように導くと、涙やらでグシュグシュの顔が顕になってしまった。エプロンバックから取り出したハンカチを使って顔を拭いて、皆が怒っていないことを伝えた。
「カーナさん。皆怒ってないよ。ただ、今後は気をつけてね。今回は大事にならなかったから良かったけど、カーナさん強いんだから、その自覚を持ってね」
優しく笑いかけながらもしっかり目を見て注意すると、グスッと鼻を鳴らしながら頷いた。
そんな様子を皆が生暖かい目で見守り、キリアさんだけが呆れた視線をカーナさんに浴びせかけていた。
すっかり元通りになったカーナさんが元気よく皆の所へ行くと、1人1人を持ち上げて怪我がないか確認し始め、子供達はキャッキャッと喜んでいたが、ヴァネッサ達にまでしようとして、キリアさんに頭を叩かれて止められていた。
辺りに漂っていた血の臭いは無くなり、それどころかカーナさんが立っていた場所を中心にクレーターが出来上がっていた。盗賊達の血や体の破片、焚き火の後などは全て無くなり更地になっており、私達がいた場所だけ風魔法の円に合わせて区切りが出来ていた。あの衝撃の凄まじさを物語っている状態に今更ながらカーナさんの強さを実感してしまった。
さて、カーナさんの暴走も収まり、皆の気持ちも落ち着いたところで村に帰還するとことなった。
そこで問題なのが洞窟内で眠って縛られている9人の盗賊達だ。このまま、置いて皆で村に帰ってもいいが、その間に起きて逃げられたら大変だ。逆恨みをして、村を襲う可能性が高いためだ。
奴らが目を覚ましてから、一緒に村まで連れていくのもいいが、子供達の体力も限界だ。劣悪な環境での3ヶ月に、これまでの身体的精神的な疲労が溜まっている状態で、今は村に帰れるとテンションが上がっているので誤魔化せているが、本当はいつ倒れるか分からない状態なのだ。
ここから村まで距離もある。早くここを出て村に向けて進む必要があるだろう。
魔物達の襲撃にカーナさんの暴走、あれだけ騒がしかったのに、彼らは一向に起きておらず、未だ夢の中だ。
「カーナさん、私が残るわ。まだ、魔力も残っているし、あの人達も寝てるから見張るくらいならできるよ」
それに、歩くのが遅くて体力がないのだ。森の中を歩くのも慣れていないし、完全に足でまといになる。だったら、ここに残り奴らを見張ることが1番効率がいい。そう思って発言すると皆が慌てだした。
「そんな!シエルちゃんを置いていけないよ!」
「危ないわ。ここは魔物も出るんだもの!」
「そうよ!それに、盗賊達が目を覚ましたら?」
「襲われるかもしれないのよ!」
リリとルルが私の肩と腕を掴んで抗議してくる。
本当に心配しているようで眉が下がり、少し言葉尻も強めだ。クウリもロッジも私の足にしがみついて抗議してきて、離す気がなさそうだ。ユシンは心配そうな目でジッと私を見つめてくる。
「·····分かった。キリアとシエルを置いていく。コハクと私で皆を村まで連れていく」
カーナさんがそう指示を出すが、子供達が私から離れようとしない。
「大丈夫だよ。キリアさんもいるし、危なくないよ。早く村に帰ってあげて、ご両親が、村の人達が心配してまってるよ」
努めて優しい声を出し、クウリとロッジの頭を撫でながら子供達の顔を見て言うと、しぶしぶ私から離れてカーナさんの所へ歩いていった。ただ、何度もこちらを振り返るので、笑ってしまう。
カーナが先頭に殿をコハクが務めて村まで帰ることを伝えていると、ヴァネッサ達がここに残ることを伝えてきた。
『オーロの足がもう動かないみたいなの。最後はブランカと居させてあげたい。この状態では村へ一緒に行くのは難しいし、私達もここに残るわ』
紙に走り書きした内容を読んで、オーロを見るとブランカに寄りかかりっていて、上半身の腕はブランカに何かを伝えるように動いているが、下半身の手が動いていないことに気づく。·····どうやら時間のようだ。
子供達に悟られたくないと、眉根を下げているヴァネッサにカーナが笑って「分かった」と了承した。
子供達には首輪のせいで、ヴァネッサ達がここから離れられないため、先に子供達が村に帰り、そのあと第2陣としてどうにか首輪を外して村へ連れていくことを伝えた。
ユシン達が心配そうにヴァネッサ達を見ると、ヴァネッサ達は優しく笑いながら、「気をつけてね」と口を動かし手を振る。
帝国の言葉の動きで、子供達には読み解けなかったが、気持ちが伝わったのだろう。子供達が「先に行ってきます!後で会おうね」と手を振った。
ヴァネッサ達が眩しそうに子供達を見送り、子供達はカーナとコハクに連れられて村へと帰っていった。
「「シエルちゃん!村で待ってるから!無事に戻ってきてね!」」
途中こちらを振り返ったリリとルルがそう声を合わせて言うと笑って手を振り、それに合わせて他の子供達も手を振って森へと入っていった。
シエルも皆が見えなくなるまで手を振り続けた。
や、やっと·····帰れる(›´ω`‹ )
遅くなりました!
皆さん!おはようございます!
榊です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
いつもコメント、ブックマークありがとうございます!
コハクのフワフワモフモフ人気が凄いですね(*´꒳`*)
私もあのフワフワモフモフに埋もれたい。そして、一緒に寝たい(*_ _)zzZ
やっと子供達が帰宅しました!
これからもよろしくお願いします!