何かを捨て、一気に優位性を獲得する──奇襲戦術は、他の事業においてもいかんなく力を発揮してきた。『ニコニコ動画』でもその戦術は有効だったという。『ニコニコ動画』が捨てたのは、「当たり前の機能」と「サービスの寿命」だ。
川上『ニコニコ動画』を立ち上げるとき、『YouTube』を含めてありとあらゆる動画サービスを調べ上げ、機能比較表を作りました。「この機能は『YouTube』に付いている」「この機能はこのサービスだけのもの」といった具合ですね。通常、こういった機能比較表をつくる目的は、自社のサービスに何が足りていないかを調べること。足りないものを明確にするための調査なんですね。
他方、僕たちがやったのは、その真逆のアプローチ。他のサービスが備えている機能を明確にし、それらの機能は実装しないことを選んだんです。「どこかで見たことがある機能」は全て捨てて、どこにもないサービスを作ろうと決めました。そうすることで、ユーザーに強烈な印象を残すサイトにしようと考えたんですね。
『ニコニコ動画』では他のサービスが実装している機能だけではなく、「サービスの寿命」も捨てました。どういうことかと言うと、サービスの寿命を5年に設定したんですね。そもそも、長期的に戦って『YouTube』に勝てるとも思っていなかったので、5年の間に利益をあげ、5年後には潰してもいいと。
だからこそ、一般的なプラットフォームが取らない戦略を取ったんです。それは、個性を押し出すこと。『Google』も『Facebook』も、そして『YouTube』も中立で無色透明な存在なんですよ。サービスとしての個性がなく、単なるツールとして機能する。これが多くの人に受け入れられ、長く愛されるプラットフォームの条件です。
サービスにキャラクター性をつけると、ユーザーは減ってしまい、サービスの寿命が短くなる。なぜならば、飽きられるからですね。でも、僕たちはそもそも「5年もてばいい」と考えていたので、思いっきり個性を付けました。
システムに関しても、機能を高速で実装するためにリファクタリング(※1)をすっ飛ばしていました。リファクタリングしなければ内部構造が複雑になってしまい、長期的にはシステムが破綻してしまうことは分かっていましたが、「5年もてばいい」と考えていたからこそ、こういった判断を下したんです。
どのサービスも取り入れていなかった会員制を取り入れられたのも、サービスの寿命を短く設定していたからこそですね。長期的に多くのユーザーに使ってもらうためには、会員制なんて悪手でしかない。しかし、僕らの目標は短期的に利益をあげることだったので、会員制の導入に踏み切ったんです。
現在川上氏が注力している『N高』の立ち上げにおいて、捨てたものは何だったのだろうか。2016年の開校から順調に生徒数を伸ばし、2020年12月には1万6,000人以上までに成長。その成功のために犠牲にしなければならなかったのは「お金」だ。
川上もともと株式会社が学校をつくることは認められていなかったのですが、2003年に規制が緩和され、株式会社でも学校を設置することが可能になりました。ですから、僕たちもN高を設立する際、株式会社として学校を立ち上げることも検討しました。しかし、最終的には学校法人化したんです。
なぜかというと、既存の学校からの批判を避けるため。株式会社として学校をつくると、既存の学校法人から「そんなことを許していいのか」と多少なりとも反発があると考えました。僕たちは生徒数数万人を擁する巨大な学校をつくり、規模でマーケットを制することを構想していたので、障害になる可能性のある他校からの批判は避けなければならなかった。株式会社で教育業界のアウトサイダーとして参入するより、学校法人として業界の仲間になることを選んだ。
学校法人の設立に必要なお金は、企業や個人の寄付によってまかなわれます。そして、企業による寄付は法人税上の損金にほとんど参入できないんですね。つまり、企業が学校設立のためにどれだけお金を払っても、税務上の利益額は減らず、税制面でのメリットはありません。
N高設立のためには20億円程度が必要でした。ドワンゴからの「寄付」によってこのお金は捻出されましたが、これが、N高成功のために捨てなければならないものでした。
(※1)リファクタリング・・・外部から見た時の挙動は変えずに、プログラムの内部構造を整理すること。