熱心な仕事ぶりと40歳という若さで好感度の高い英国のスナク財務相が、3日に大きな発表をしました。現行19%の法人税について、2023年4月から25%に引き上げるというものです。英政府は1974年以降、法人税を下げ続けてきましたので、およそ半世紀ぶりの引き上げになります。主な対象は、年間利益が25万ポンド(約3800万円)以上の大企業で、それ以下の利益水準の企業は現行の税率が維持されます。
 英国は世界の法人税引き下げ競争を引っ張ってきました。海外から企業を誘致し、企業活動を盛んにすることで、法人税の引き下げ分の減収をカバーするという狙いがあったためです。英語圏で、金融サービスが整備されているという背景もあり、多くのグローバル企業が英国に拠点を置き、英政府の戦略は一面では成功だったと言えます。
 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で財政が一気に厳しくなりました。営業禁止措置などで休業を余儀なくされた飲食店の従業員への所得保障などで財政支出が急増。2020年度に政府の純債務が国内総生産(GDP)の100%を超え、今後も悪化する見通しであるため、財政再建が不可避でした。そこで、半世紀続けてきた法人税の引き下げを見直すことになったのです。
 法人税の引き下げは、企業活動を盛んにする半面、既に弊害が出ていました。それが自国民との格差です。英国に拠点をおいた優良企業の関係者には利益がもたらされるものの、税率が低いことから英国民にはその利益が十分に還元されません。そのため、住宅や生活の水準などで企業関係者と英国の住民との格差が広がり、不満が高まります。法人税の引き下げが原因かどうかは分かりませんが、格差拡大による低所得層の怒りは英国のEU離脱(ブレグジット)の要因になりました。
 法人税引き下げ競争の勝者と見られているアイルランドでも、弊害が顕在化しています。同国の法人税率は12.5%と低く、米国のテック企業などがこぞって欧州拠点をアイルランドに置きました。そのため、首都ダブリンでは住宅価格が高騰し、地元の住民を苦しめているようです。特に米アップルはアイルランドに法人を置くことで多額の税優遇を受けており、欧州委員会とその正当性を巡って裁判で争っています。
 企業から見ると、法人税の引き下げは望ましいことだと思います。しかし、貧富の差が拡大し、社会が不安定になれば、企業活動にも様々な弊害が及びかねません。世界的に繰り広げられていた法人税の引き下げ競争が、問い直される局面に来ているようです。
(ロンドン支局長 大西孝弘)

(写真:AP/アフロ)