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再現実験 崩れた「放火説」 自白の裏付け存在せず
東住吉女児焼死再審更新約3年に及んだ即時抗告審で裁判所が重視したのは、科学的見地からの「真の火災原因」の追求だった。大阪市東住吉区で平成7年、小学6年の女児=当時(11)=が焼死した火災。保険金目的の放火殺人だったとして、ともに無期懲役刑が確定した母親ら2人について、大阪高裁は23日、大阪地裁に続いて再審開始を認めた。弁護団と検察の双方に実験を尽くさせ、弁護団の「自然発火説」をほぼ全面的に肯定。放火したという自白の裏付けは、何も存在しないと結論づけた。
「放火殺人」前提捜査
火災が起きたのは7年7月22日午後。火元となった自宅車庫は施錠され、家族以外の出入りはない。まだ11歳だった青木めぐみさんに災害死亡保険金がかけられ、1500万円の受取人は母親の恵子元被告(51)だった。借金もあり、マンション購入の頭金を必要としていた。
火災の数日後には、大阪府警の見立ては「放火殺人」で固まる。犯行に結びつく直接証拠がない中、9月10日に恵子元被告と内縁の夫だった朴(ぼく)龍(たつ)晧(ひろ)元被告(49)の逮捕に踏み切り、以後、大量の自供書と自白調書を積み上げていく。
1審から同じ主張
朴元被告の車からガソリンが漏れ、車庫に面した風呂釜の種火に引火した-。2人の無罪を主張する弁護団は1審から自然発火説を訴えていた。実行犯とされた朴元被告の自白通りに大量のガソリンに火をつければ、爆発・炎上して朴元被告自身が大やけどを負うという鑑定意見も出された。
ここで弁護側の主張を慎重に検討していれば、20年もの長期審理はなかったかもしれない。
だが裁判所は「自然発火は抽象的可能性にすぎない」と一蹴。「顔を背けながらガソリンの端にライターで火をつけた。頭部の毛髪右側部分が熱く感じた」という朴元被告の迫真的な自白に信を置き、18年に2人の有罪が確定した。
潮目が大きく変わったのは23年5月。2人の再審請求審で弁護団が実施した放火の再現実験だった。
すでに製造停止になっていた風呂釜種火のバーナーをガス会社の協力で部品から組み立て、可能な限り現場を忠実に再現。散布装置でガソリンをまくと、途中で種火に引火し一気に炎上した。自白通りなら大やけどを負うという主張は、ここに来て抽象的可能性を超えた。
ガソリン漏れ新証拠
24年3月の大阪地裁決定はこの再現実験から再審開始を認めたが、車からのガソリン漏れがあり得るかという検証が欠けていた。
検察側の即時抗告を受けた大阪高裁の審理で、弁護団はこの点でも新証拠を発見する。地裁決定の報道を見た千葉県の男性から「自分の車でもガソリンが漏れる」と情報提供を受けた。
朴元被告のワゴン車と同じ車種のトラックタイプ。実車見分では満タン給油してエンジンをかけると、15分間で300ミリリットル以上が給油口から漏れた。ガソリンは温度の上昇とともに蒸発・膨張する。給油キャップに欠陥があると、タンク内圧で給油口から漏れ出すことが分かった。
さらに火災発生直後の実況見分の写真から、朴元被告の車の給油キャップが完全にはしまっていなかったことも新たに判明した。ガソリン漏れと種火への引火-。発生から20年を経て自然発火の可能性を示す2つの証拠がそろった。検察側は自然発火を否定する実験結果を証拠提出したが、高裁決定は「再現性が不十分」と退け、「自然発火の具体的可能性がある」とした。
取り調べに問題も
即時抗告審では府警の取り調べメモや日誌が開示され、密室でのやり取りの一端も明らかになった。
「お前が無実やとして、なんで助けたらんかったんや」「めぐみちゃんは死んでいくときにママ、ママと叫んでたんと違うか」。捜査員は生前のめぐみさんの写真を示しながら青木元被告に供述を迫った。高裁決定は「自白の採取過程に問題があった」と言及、虚偽自白の可能性をにじませた。
反応