人とのつながり、励まし合いを大切にしながら東日本大震災の被災地で「心に寄り添う」ボランティア活動を幅広く展開してきたSeRV。その精神はコロナ下における活動でも発揮されている。
東日本大震災から10年。世界はコロナ禍の混乱のなかにある。今、大地震などの災害が起こったら、どうなるのだろうか。救援やボランティア活動はコロナ以前のように出来るのだろうか。地震ばかりではない。近年の日本は、豪雨や強大化する台風、豪雪など、さまざまな天災に見舞われており、それもコロナ禍における不安材料となっている。
そうした不安に応える支援のあり方の一例を、真如苑救援ボランティアのSeRV(Shinnyo-en Relief Volunteers =サーブ)に見ることができる。
SeRVの発端となったのは1995年の阪神・淡路大震災だった。在家の教団、真如苑の東京・立川にある総本部は、地震発生の連絡を受けてすぐに対策本部を設置し、関西の精舎や施設への被災者の受け入れ、救援物資の搬送、義援金支援を決定。夜には、トラックで支援物資を被災地に運び入れた。
そうした対策本部の決定と並行して、関西在住の信徒は、自分が今出来ることを見つけてボランティア活動を始めていた。バイクを買って必需品を届ける青年もいれば、緊急医療に当たった医療従事者や、避難所のトイレ掃除を進んで引き受けた医師もいた。炊き出しや瓦礫の片付けなど、ボランティア活動への参加希望者は、たちまち1万人を超え、全国から1億円を超える義援金と救援物資が寄せられた。
共生の思想 共助の精神を生きる
真如苑苑主、真澄寺首座・伊藤真聰師は、この年の目標を「信心をもって人と世に貢献」と年頭に示していた。信徒は、その言葉を胸に自発的に活動を始めたわけで、いわば自然発生的な活動と教団の方針が有機的に機能したことになる。
この未曾有の大災害に当たって伊藤真聰師は「人の苦を思いやり、共に生き、共に行動することこそ真の奉仕活動です」と利他の精神を強調、宗派を超え、すべての人々に奉仕していく活動を呼びかけた。被災した人々のさまざまな宗教観に配慮し、真如苑の名前はいっさい表には出さず、奉仕活動に従事した信徒は、「ボランティア」としか名乗らなかった。
そこから全国にSeRVが組織化され、災害に対応していくようになったのだが、それは信徒一人ひとりが、伊藤真聰師の言葉を受け止め、自分に今できることを見つけていく、自発的なプロセスの自然な展開だったのだろう。
SeRVは、阪神・淡路大震災以降、日本各地の災害に出動してきた。そのなかには、2015年のネパール大地震のように海外での活動もある。最大の特長は、被災地とその周辺のメンバーが、すぐに支援に入れることで、ローカルなレベルでの組織化がなされていることだ。
その力が発揮されたのは、東日本大震災のときだった。
地域ごとに編成されているSeRVの場合、交通が寸断されていても近隣から支援に駆けつけることができる。そして、現地の状況や習慣をよく知るだけに、被災者の気持ちに寄り添うことができる。
今日でも東北地方の高齢者の方言は、東京の人間には聞き取れないことがある。瓦礫を片付け、家のなかの整理を手伝っているとき、おばあさんに、「それは思い出のある着物なので取っておいてほしい」と言われたとき、東京から駆けつけたボランティアは方言を聞き取れなかった。現地のボランティアは自然に理解して受け止め、対応できたので感謝されたということが頻繁にあった。これも現地の人間が支援する強みだろう。
地域に根ざし心に寄り添う
東日本大震災発生時、真如苑は、同日に立川の応現院に対策本部を設置、被災地が広域にわたるため東北各地と連絡を取ったうえ、二日後には第一次先遣隊を派遣した。
SeRVの活動は、現地の行政機関と連絡を密に取りながら行われる。まず被災地の社会福祉協議会を訪ね、必要な物資や支援は何かを丁寧に聞き取ることから始まる。
被災地の要望を聞いたうえで、自分たちに出来ることを考えるのだが、決して善意の押し売りにならないよう、あくまでも被災者に寄り添うのがSeRVの精神。それは伊藤真聰師の言葉にあったように、苦しみを共にし、共に生きていくことの実践なのである。
伊藤真聰師も3月24日に自ら被災地入りし、炊き出しの手伝いをしたそうだが、豚汁を配っていたのが苑主その人と気づかなかった人も多かったに違いない。
被災地の復興は、数日、数カ月、数年で終わるものではない。SeRVの岩手県沿岸部での土砂と瓦礫の撤去のボランティアは、月2回のペースで2012年3月まで、その後もさまざまな支援が続けられた。さらに、震災は目に見える被害だけではなく、心の問題もある。傷ついた被災者の心にどう寄り添うか。福島での足湯ボランティア、お茶を飲みながら被災者の話を聞く「お茶っこサロン」といった活動は、聞き取りボランティアとしても喜ばれたが、被災地では、話を聞いてもらいたいという思いも非常に強く、被災の記憶の風化に抗うためにも重要な意味を持っている。
SeRVは地域ごとに活動の拠点があるため、大震災で東日本にボランティア団体が集中していたときでも、2011年7月の新潟・福島豪雨、9月の関西の台風被害には現地のメンバーが対応できた。昨年の熊本豪雨災害のときにも、この利点が生かされた。コロナ禍だけに、東京など都市部からのボランティアは受け付けられないが、SeRVは被災県内在住者のメンバーで支援活動に当たった。
コロナ下においてさえ、出来ることがあり、出来ることをするというその姿勢は、共助と共生の実践であり、未来へと手渡しされる灯火であり続けるのだろう。
提供:真如苑
●SeRVについて詳しくはHP(https://relief-volunteers.jp/)をご覧ください
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