今日は上巳の節句です、「うれしいひなまつり」の歌に関して触れてみます。
テーマ:歴史
私が子どものころから「うれしいひなまつり」の歌はこの時期になると聞いてきました、今でも小売店ではこの歌を流しています。
サトウハチロー氏の作詞で、この人が詩を書いた歌のなかでは最も売れたものですが、本人は大変嫌っていたといいます。自分の無知を曝け出しているようで恥ずかしい、この歌のレコードを全部買い占めて埋めてしまいたいと語っておられたそうです。
サトウハチロー氏が恥ずかしいと言っていたのは、右大臣と左大臣を取り違えていた、左右は人間の側ではなく雛の側から見てのものだった間違えたと言っておられました。
しかし実際にはそれ以外にも間違いがあります。
「お内裏様と おひな様」となっていますが、段飾りの最上段に金屏風を背に置かれているのは、男雛と女雛です、この二体を一対にしたものが内裏雛であり、男雛の別名が内裏ではありません。二体のみのものを親王飾りと言い、15体並んでいるものを段飾りと言います。
おひなさまは、ひなを丁寧に言った言葉であり、女雛のことを指すのではなく雛人形全体を指しますから、おひなさまには、流し雛も吊るし雛も含まれます。
「あかいお顔の 右大臣」これをサトウハチロー氏は左右を間違えたと悔やんでいたのですが、日本の官製では左が上なので、男雛、女雛から見て左に置かれていて、年配の顔に作ってある人形は左なのです。

この人形は弓を持ち矢を負っています。左大臣、右大臣は文官ですから儀礼用の太刀は佩きますが弓矢は持ちません、男雛も太刀は佩いでいます。装束も随身のもので大臣のものではありません。

平安期の随身の絵であり、この姿に近いものに人形はなっています。これはサトウハチロー氏の間違いではなく、江戸期に雛人形が一般化したときに、俗称として誤用が定着してしまったものと考えられます。
平安京では、政治を行う場が大内裏で天皇の生活の場が内裏です、内裏雛ですから内裏を模しているものと考えられますし、官女や楽人がいるのも内裏の景色です。
すると随身が、内裏となると大臣はもちろんのこと、近衛府や衛門府や兵衛府といった大内裏の官庁の武人ではなくて、清涼殿の御溝水が落ちるところに伺候した滝口武者と見るのが適当ではないかと思えます。
下段に置かれている三人の仕丁は、沓、笠を持つ場合と塵取り箒を持つ場合がありますが、いずれにしても地下人であり、桜と橘の間にいることで地面にいる人であることを現わしています。
随身は仕丁よりも上で楽人よりも下という場所なので、大臣ということはあり得ず、滝口武者の座る位置にいるのではないかと考えるべきでしょう。
サトウハチロー氏の作詞で、この人が詩を書いた歌のなかでは最も売れたものですが、本人は大変嫌っていたといいます。自分の無知を曝け出しているようで恥ずかしい、この歌のレコードを全部買い占めて埋めてしまいたいと語っておられたそうです。
サトウハチロー氏が恥ずかしいと言っていたのは、右大臣と左大臣を取り違えていた、左右は人間の側ではなく雛の側から見てのものだった間違えたと言っておられました。
しかし実際にはそれ以外にも間違いがあります。
「お内裏様と おひな様」となっていますが、段飾りの最上段に金屏風を背に置かれているのは、男雛と女雛です、この二体を一対にしたものが内裏雛であり、男雛の別名が内裏ではありません。二体のみのものを親王飾りと言い、15体並んでいるものを段飾りと言います。
おひなさまは、ひなを丁寧に言った言葉であり、女雛のことを指すのではなく雛人形全体を指しますから、おひなさまには、流し雛も吊るし雛も含まれます。
「あかいお顔の 右大臣」これをサトウハチロー氏は左右を間違えたと悔やんでいたのですが、日本の官製では左が上なので、男雛、女雛から見て左に置かれていて、年配の顔に作ってある人形は左なのです。

この人形は弓を持ち矢を負っています。左大臣、右大臣は文官ですから儀礼用の太刀は佩きますが弓矢は持ちません、男雛も太刀は佩いでいます。装束も随身のもので大臣のものではありません。

平安期の随身の絵であり、この姿に近いものに人形はなっています。これはサトウハチロー氏の間違いではなく、江戸期に雛人形が一般化したときに、俗称として誤用が定着してしまったものと考えられます。
平安京では、政治を行う場が大内裏で天皇の生活の場が内裏です、内裏雛ですから内裏を模しているものと考えられますし、官女や楽人がいるのも内裏の景色です。
すると随身が、内裏となると大臣はもちろんのこと、近衛府や衛門府や兵衛府といった大内裏の官庁の武人ではなくて、清涼殿の御溝水が落ちるところに伺候した滝口武者と見るのが適当ではないかと思えます。
下段に置かれている三人の仕丁は、沓、笠を持つ場合と塵取り箒を持つ場合がありますが、いずれにしても地下人であり、桜と橘の間にいることで地面にいる人であることを現わしています。
随身は仕丁よりも上で楽人よりも下という場所なので、大臣ということはあり得ず、滝口武者の座る位置にいるのではないかと考えるべきでしょう。



