「リーダーに人望があれば、組織はうまくいく」。組織形成の歴史とマネジメントに必要な要素【前編】

「働く」を考える。

2020/03/24

あらゆる生物は、生き残るために群れを形成します。人間も家族や会社組織などの、言うなれば”群れ”を形成しています。そもそも、長い歴史の中で人間はどう群れをつくり、リーダーを立て、どう機能させてきたのか。そしてこれからの組織やリーダー、働き方はどう変わっていくのか。

その根本を、早稲田大学名誉教授で生物学者であり、TV番組のコメンテーターとしても活躍する池田清彦さんに、生物学の観点を交えて語っていただきました。

狩猟採集時代の群れにはボスはいなかった

――人間が現代の会社のような組織を形成し始めたのは、いつごろなのでしょうか?

人間は、今から1万年以上前の狩猟採集時代には群れにボスがいなかったんだよ。「バンド」という50〜100人ぐらいの群れをつくっていて、そこには上下関係がなかった。群れの中には魚を獲るのがうまいやつとか、果物を集めるのが得意なやつとかがいて、それぞれの個体の特性に応じて役割を与えるっていう組織の組み方をしていたんだよ。

この時代は手に入れたものを蓄えるということができなかったから、とったものはその日に食べるしかなかった。そういう時代は、ボスがいなくても生きていけるんだよ。ボスの存在が必要になるのは農耕が始まって、富を蓄積できるようになってからだね。

農耕によって得た穀物などの富を蓄積できるようになると、貧富の差が生まれてくるわけだ。それは最初は個人間じゃなくて、村によって農作物の出来高が全然違うことがあるという話で。たとえばAの村とBの村は同じ収穫量だったけど、Aの村は川が氾濫して収穫するつもりだったものが全部流されてしまったとか。そうすると、Aの村の人たちは食べるものに困るから、他の村から奪わないといけなくなる。奪いにいくときに、群れのメンバーがバラバラな動きをしていたらうまくいかないよね。そこで指示命令系統をつくったわけだ。それによって上下関係や序列ができて、それでうまくいったら序列が固定されるようになって、ボスが生まれる、というのがいわゆるトップダウンの組織が生まれた経緯だね。

池田清彦
1947年7月14日生まれ、東京都出身。東京教育大学理学部を卒業し、東京都立大学大学院理学研究科博士課程を単位取得満期退学。東京都立大学理学博士となる。専門分野は、構造主義生物学・理論生物学、生物多様性・分類、科学哲学、科学社会学・科学技術史など多岐にわたる。現在は山梨大学名誉教授と早稲田大学名誉教授を務める。趣味は昆虫採集。

人間が顔と特性を覚えていられるのは150人くらいまで

――なるほど。その当時、組織上の問題は起こらなかったのでしょうか?

大きな組織だとルールを明示的に決めておかないと問題が起こるかもしれないけど、狩猟採集時代や農耕を始めた初期の頃はそこまで大人数の村をつくっていなかったから、大丈夫だったんだよ。人類学者のロビン・ダンバーが提唱した「ダンバー数」というのがあって、「人間は150人ぐらいまではお互いの顔や特性を覚えられるから、安定した集団を形成できる」という理論で、この時代の村もちょうどダンバー数に収まる100〜150人ぐらいの規模だったと言われている。

このダンバー数は、現代社会にも当てはまるんだよ。会社は従業員が150人ぐらいまでの規模なら割とうまくいくと聞くでしょ。これはまさしく、トップである社長がメンバー全員の顔や特性を覚えられて、何かあったら直接みんなに言えるからなんだよ。

――確かに150人ぐらいを超えたところでスケールが頭打ちになってしまう会社や、マネジメントに悩む管理職が多いと思います。つまりダンバー数を超えたら、組織のあり方について考え直す必要がある、ということですか?

150人を超えたら、ダンバー数以下の小さな組織に分解する必要が出てくるね。どこもしていることだけど、部や課に分解して、それぞれにリーダーを置いて、ルールを制定する必要がある。ここで大事なのは、ルールをできるだけ大ざっぱにすること。細かくし過ぎると、そこに当てはまらない人が辞めていって、多様性がなくなるから。そして会社として大きな目標を立てたら、あとは下に任せてしまうのがいいね。

あるいはダンバー数以下の組織でい続けるというのも、ひとつの手かもしれないね。そのほうがうまくいきやすいんだから。あえて人数を増やさない方向性もアリだと思うよ。

無断欠席してもいつ出社してもいい。ゆるゆるなルールでうまくいく会社

――実際に、ダンバー数以下の組織でうまくいっている会社はあるのでしょうか。

大阪府の茨木市に「パプアニューギニア海産」という会社があってね。パプアニューギニアからエビを輸入して、殻やワタの処理をして冷凍で売ったり、エビフライ用にパッケージングして売ったりしている業者で、ここはすごいんだよ。従業員はいつ出社してもいつ帰っても良くて、しかも無断欠勤してもいい。そのうえ好きな作業だけすればいいという方法で運用しているんだよ。

――それはすごい。でも、そんなに大ざっぱな方法でうまくいくものなんですか?

それが、その方法を導入してから作業効率も業績も上がったんだって。

出勤が自由でもパートさんは生活に必要な賃金を時給で受け取るために会社に来るし、工場内での好きな作業も案外偏らないからうまくいくと。好きな作業は楽しいから効率が上がるし、嫌いな作業をしなくていいからストレスも少ない。パートさんからすると働きやすいから辞めずにずっといてくれる。その結果、人材を募集する手間や広告費もいらなくなる、という好循環になっているらしい。ダンバー数内の人数だと、細かいルールを決めないほうがうまくいくということをこの会社が証明しているよね。

組織のリーダーの役割は適材適所を見極めて、メンバーに気分良く動いてもらうことだと思うんだけど、それで言うとこの会社の社長さんはいいリーダーだよね。


▲池田さんが蒐集した蝶の標本。自宅には、カミキリムシなどの昆虫の標本がたくさんある

リーダーに必要なのは人望

――ほかにリーダーとして必要なものは何だと思いますか?

結局は、人望だよね。リーダーが下につく人間から慕われていれば、組織はほっといてもうまくいくし、逆にどれだけ仕事ができるリーダーでも、尊敬されていなかったらその組織は機能しなくなる。

昔、大分県の高崎山自然動物園のニホンザルの猿山に「ジュピター」というボス猿がいて。ニホンザルのボスは普通、ある程度の期間が経つと世代交代するんだけど、このジュピターは死ぬまでの長い間、ずっとボス猿でい続けた。なんでかというと、周りにいるメス猿から慕われていたから。他の猿が群れを乗っ取ろうとしても、周りのメスらが守ってくれる。ジュピターみたいに慕われるリーダーがいると、組織は安定するよね。

人間社会の会社で言うと、細かいルールを押し付けない、メンバーの個性を知って成果を出しやすい場を与える、メンバーを信頼して任せる、成果が上がったらちゃんと褒める。人望というのはそういう基本的なことをしていれば自然と上がっていくもので、これができているリーダーがいる組織は成功すると思うよ。

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