「まちがえちゃったけど、ま、いっか」。「注文をまちがえる料理店」に学ぶ、完璧を求めない働き方
「働く」を考える。
2017年6月、認知症の人がいきいきと接客をする不思議なレストランが2日間限定でプレオープンしました。その名も「注文をまちがえる料理店」。
もしかしたら時々注文をまちがえるかもしれないけれど、「こっちもおいしそうだし、ま、いっか」と思ってもらいたい。そんな思いのもとにスタートした「注文をまちがえる料理店」は大きな反響から、自治体なども巻き込み2018年の今日までに数回オープンしました。
どんなに防ごうと思っても、起きてしまうのが「まちがい」です。このまちがいをどう捉えるかは、認知症のあるなしに関わらず、大切なことのはず。そこで今回は、「注文をまちがえる料理店」の発起人であり、フリーランスのプロデューサーとして活動する小国士朗さんに「まちがいの捉え方」についてお聞きしました。
グループホームで見た風景をもう一度見たい。「注文をまちがえる料理店」を始めたシンプルな動機
――2017年6月のプレオープンのときから大きな話題になった、「注文をまちがえる料理店」。この企画がスタートしたきっかけは、なんだったのでしょうか?
僕は2003年にNHKにディレクターとして入局し、ドキュメンタリー番組を中心につくっていました。注文をまちがえる料理店が生まれたのは、2012年に番組の取材で、認知症の状態にある方々が暮らすグループホームを訪れたことがきっかけです。取材の合間に、入居しているおじいさんやおばあさんがつくった料理をごちそうになったのですが、ある日、献立はハンバーグだったはずなのに、食卓に並んでいるのは餃子だったことがあったんです。でも、それをみんな当たり前に食べている。「これって献立と違うよね」と思っているのは僕だけで、みんなはそれを何でもないこととして受け入れて、楽しそうにしていたんです。1人だけ献立との違いにひっかかっている自分もおかしいし、当たり前に食べているみんなもなんだか面白くて。そんな、まちがいをまちがいとも思わないような風景が、グループホームの中だけではなく、街の中にも普通にあったらすごく素敵だなと思ったのが始まりなんです。あれは、僕にとっての原風景ですね。
――アイデアをひらめいたとしても、実際にプロジェクトとして動かして形にするのは大変なことですよね。何が実行の原動力となったのでしょうか。
純粋にあの風景がまた見たい、と思っただけなんですよ。だから社会へのメッセージも特にないんです。「寛容性の象徴」だとか、福祉の面でも社会的に意義があると受け取っていただくことは多くて、僕もそう思っている部分はあります。ただだからと言って、そんなに大層なことだとは考えていないんです。
1979年7月17日生まれ、香川県出身。2003年にNHKに入局し、ディレクターとして『クローズアップ現代』や『プロフェッショナル 仕事の流儀』などのドキュメンタリー番組を制作。その後はNHK制作局開発推進ディレクターとなり、150万ダウンロードを超える大ヒットとなった『プロフェッショナル 仕事の流儀』の公式アプリの開発を手がけた。また、認知症を抱える人がスタッフとして働く「注文をまちがえる料理店」のプロジェクトを立ち上げ実施したところ、大反響を呼んだ。現在はフリーランスのプロデューサーとして活躍中。
――プロジェクトの実行委員は、どのように集めたのですか?
そもそも当時の僕はテレビ局に勤めているディレクターでレストランの運営はできないので、僕にはない能力を持っているプロフェッショナルを集めました。実際に企画内容を聞いて、すぐに「面白いね」と反応を返してくれた人たちと組んでいます。僕がプロジェクトの原風景を見たグループホームを運営していた、認知症介護のプロフェッショナルの和田行男さんには、実行委員長をしてもらっています。
僕は「シェア・イシュー」という言葉をよく使うのですが、これは世の中にある課題を1人で抱え込んで解決しようとするのではなく、「みんなでシェアしよう」という考え方です。簡単に言うと、僕はただその考えにのっとって「この指止まれ」をしただけなんです。そういう集め方をしたこともあって、プロジェクトがスタートした1週間後にはもう、「注文をまちがえる料理店」のロゴができていました。これだけ早くできたのは、ビジョンの共有が早かったからだと思います。
やったことは3つだけ。ビジョンを描くこと、物事を決定すること、みんなを応援すること
――プロジェクトを動かすにあたって、具体的に気をつけたことはありますか?
2つあって、1つは今言ったように最初に各分野のトップオブトップのプロフェッショナルを集めたことですね。認知症を抱える方々に協力していただくという点で、「不謹慎だ」とか「認知症の人たちを見世物にするのか」、「笑いものにするのか」とネガティブな意見が出てくる可能性もあるプロジェクトだと思っていたので、一流のプロを集めることで「彼らがやるならまちがいないよね」という形にしたかったんです。実際、みんな僕にはない視点でどんどん意見を出してくれて、料理から介護、お金にデザインのことまで、一つひとつにまちがいがありませんでした。
――2つ目は?
スピード感です。こういうことはダラダラとしていても形にはならないので、短期間で動くことが重要なんです。そこはもうみんなプロなので、僕が1言えば10で返してくれるおかげで、スピーディーに動いていけました。僕なんか、途中からはほとんど何もしてないですよ。「みんなすげーな!」って見てるだけ(笑)。それぞれがプロとして意思を持って突き進んでいたので、とにかく進みは早かったですね。
――各分野のプロに任せる形で、プロジェクトがどんどん進んでいったと。
はい。実際、僕がしたことは3つしかありません。1つ目はビジョンという「絵を描く」こと。2つ目は物事を「決定する」こと。そして3つ目は、「応援する」ことです。「みんないいぞ、頑張れー!」って(笑)。おのおのプロだからそんなことは言わなくてもいいんですけど、僕はリーダーとしてチアアップすることは大事だと思っています。
「まちがえる」ことを目的にはしない
――注文をまちがえる料理店」は、店名もコンセプトもインパクトがありますよね。プロジェクトを実行するうえで、「まちがい」をどう捉えていたのでしょうか?
それが一番大きな課題でした。「注文をまちがえる料理店」と言うからには、中には「まちがい」を期待しているお客様もいらっしゃるだろうと思いました。でも「まちがえる」方向で本当にいいのか、議論は最後まで続きましたね。
――やはりそこの扱いには、相当気を遣われたのですね。
はい。結論が出たのは、実行委員長の和田さんが若年性認知症の女性とその旦那さんを会議に呼んだときでした。そこでちょうど、「まちがいが生まれるような余白をつくったほうがいいのか」と議論をしていたんです。それでずっと議論を聞いていたご夫妻に意見を聞いたら、旦那さんが「まちがえちゃったけど、ま、いっか、というコンセプトはすごくいいけど、まちがえたときの妻は本当に辛そうなんです……」とおっしゃって。その瞬間にメンバー全員がはっとして、「まちがえることを目的にしない」という結論に至ったんです。
――では「まちがえない」ために、どのような工夫をされたのでしょうか?
メニューは3つだけにするとか、認知症のスタッフが使うオーダー表は丸をつけて数字を書き込めばいいだけにする、とかいろいろしましたね。あとテーブルに番号札をつけて、どのテーブルに行けばいいのかわかりやすくしました。
9月に2回目のオープンをしたときには、1時間半の定員入れ替え制にしたことで、混乱はすごく減りましたね。まぁ、それでもまちがいはあるんですけど。たとえば3番テーブルにお客さまを案内するはずが、自分が座っちゃって、目の前で立っているお客さまに「どこから来たの?」と聞くとかね(笑)。
――準備をしても、まちがいは起こると。
結局、どれだけ準備をしてもある程度まちがいは起きるんですよね。でもそれは、まちがえる余白をつくってまちがえるのとはわけが違いますから。「ここまでしっかりしたうえでまちがえちゃったら、そのときはごめんね、てへぺろ」のスタンスです。つまり認知症を抱えるスタッフがまちがえても、安心して働ける環境をつくった、という感じでしょうか。
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