伝説のコーヒー専門店ザ・ミュンヒのマスター田中完枝と人気コピーライター長谷川哲士が語る「好きなことを仕事にする方法」

「働く」を考える。

2018/02/06

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一杯10万円のコーヒーをはじめ、変態的とも評されるこだわりを注いだコーヒーで知られる大阪の名店「ザ・ミュンヒ」。そのマスターである田中完枝(たなか かんじ)さん。田中さんはコーヒーの達人として知られる一方、詩人としての顔も持っています。田中さん曰く、膨大の豆を選び、時間をかけて抽出するコーヒーと詩は一緒なんだとか。

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対談のお相手は、膨大な言葉の中から自身のフィルターを通したキャッチコピーを世に送り出す、人気コピーライターの長谷川哲士(はせがわ てつじ)さん。長谷川さんは、学生時代に広告コピーが好きになり、コピーライターを志し、企業でコピーライターを10年やった後に、独立して株式会社コピーライターを立ち上げました。

コーヒーが好きすぎて20年も熟成してしまった田中さんと、コピーが好きでコピーを書き続けてごはんを食べている長谷川さん。どちらも自分の好きなこと、やりたいことを仕事にしています。彼らがやりたいことと出会ったきっかけは? そして仕事に対する姿勢とは? 対談は「ザ・ミュンヒ」店内にて行いました。

僕が不幸に見えれば見えるほど世間は幸せになる

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――お二人がそれぞれ今の仕事を始めるきっかけは何だったのでしょうか?

長谷川: 大学時代、そろそろ就職活動をしないといけないという時に、本を読んだんです。そこには「広告はなんでもできるぞ」と書いてあって、中でも自分は哲学科に通っていて名言が好きだったので、広告コピーもすぐ好きになり、コピーライターがいいんじゃないかと。日本語さえ喋れれば特殊技能がなくてもできる仕事だし、職業名も横文字でかっこいいし、スーツを着なくてもいいようなので、これ最高だなって(笑)。

田中: 僕は戦争中に中国の上海で生まれたんだけど、戦争が終わる前の1945年4月に三重県に引き上げて、3歳くらいで大阪に引っ越し、大学進学と同時に東京の中野に引っ越したんです。当時、学生運動の時代で、学校行かないで学生運動ばっかりしていたら親から勘当されてしまって、女の子のところに泊めてもらっていい加減な詩を書いていたんです。中原中也が好きでね。

でもお金がなくなってきて、牛乳屋さんでアルバイトをしたんですわ。3年で250万円(今の約1800万円)稼いで、大阪に帰ってきて牛乳屋の営業権を買い取って経営側に回ったんです。そのときに貯めたお金で「ザ・ミュンヒ」というバイクを買ったんだけど、そのバイクを人に見せたかったのと、詩や小説を書く時間が欲しくて、今のお店を始めることになりました。

長谷川: アルバイトとは思えないほど稼いでますね!

田中: よく働いたからね。当時の後遺症で今でも3時間しか寝られないんですよ。しかも1時間ごとに目が覚めちゃう(笑)。

長谷川: ええ!?

田中: 今この店は21時間営業ということになっているけど、実際はもっと長くて、月20日くらいは24時間空いているんですよ。お客さんが来ていないときは本を読んだり、詩や小説を書いたり。考え事をしながら店内を往復して10kmくらい歩くこともある(笑)。

長谷川: 近所の人から見たら働き者に見えるでしょうね。

田中: 夜もあえてカーテンを閉めてないんですわ。「暇そうで大丈夫かな」と思わせることで、みんなに希望を与えているんです。僕が不幸に見えれば見えるほど世間は幸せになる。ピエロじゃないけどそうして他の人が喜ぶ姿を見て僕は喜ぶわけ(笑)

長谷川: あはは(笑)。僕も自分がダメでも、それを見て喜んでくれる人がいるならそれでいいじゃんと思っていますよ。

――長谷川さんは一度就職してから独立されたんですよね?

長谷川: はい。リクルートに入って求人広告を作っていたのですが、リーマンショックの影響で所属していた部署がなくなってしまい、フリーランスという名の無職として1年くらい過ごしました。その後Web制作会社で4年間キャッチコピーを書き続け、2016年に独立しました。

コピーライターの先輩たちの中には、活躍していろんな賞などを獲って独立する人たちが多かったので、当初から独立はいつかするものだと思って目標にしていました。徐々に自分個人の知名度が上がっていき、個人になっても仕事をくれそうな人たちが増えてきて、これなら大丈夫だと思えたタイミングで独立しようと思いました。

すべての仕事を0円で受けたらおもしろい

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――お二人とも自然な成り行きで「やりたいこと」を見つけて現在の仕事に行き着いたようにも聞こえますが、振り返ってみて「原点」のようなものはありますか?

長谷川: 僕は中学生の頃、音楽デュオの19(ジューク)のイラストを描いたり作詞をしていた326さんの言葉が好きだったんです。「人生は、かけ算だ。 どんなにチャンスがあっても、君が『ゼロ』なら、意味がない。」とか。今思えば、それが言葉に興味を持ってコピーライターに向かう原点だったかもしれません。

田中: 夢こそが僕をこうしていると思います。それは、詩やポエムを諦めないで続けること。

――「ザ・ミュンヒ」の長い営業時間も、客単価の高い現在のコーヒーを生み出したきっかけの一つも、詩や小説を書き続けるためとのことでしたね。

長谷川: 僕もそう思いますね。「お金から自由になるためにお金が欲しい」とずっと前から考えています。

田中: 「お金にならないことをするためにお金がある」ということを忘れてしまっては、自分を見つめることはできない。まず夢があって、その実現のためにどう進めていくか。その順番が重要。でも、夢のために稼ぐにしても、ものすごく流行る店にしてしまったら時間がなくなるし、潰れてしまってもいけない。そこで僕がやったのが、一部のマニアに受け入れられること。その人たちが来てくれたら夢を継続できるからね。

長谷川: 僕もお金を何のために稼ぐかというと、儲けにならないことをやるためですね。独立した年に、100万円以上使って、Tシャツを作りました。ファッションデザイナーの方と工場選びからやって作りましたが、販売するまえに知り合いにプレゼントしてたら、なくなってしまいました(笑)。将来的にはすべての仕事を0円で受けたらおもしろいんじゃないかと思っていて、それをやるためにも貯金が欲しいなと思っています。

田中: 「『純度の高い夢』に波長が合う仕事」を選ぶのが重要だと思う。お金になる仕事があったとしても、それよりも純度の高い仕事を選ぶこと。「本物」に近くて量産できない仕事。それができれば、心が豊かになる。その豊かさをまた仕事に還元できて、より純度の高い仕事ができるようになる。それの繰り返し。

長谷川: 僕は一緒に打ち合わせをしたクライアントやパートナーに「あんな感じで打ち合わせしてもいいんですね。仕事じゃないみたいですね」って言われるときがあるんですけど、それが一番嬉しいですね。「社会人は楽しい」「仕事って楽しいんだよ」って、「社会人」や「仕事」の広告をしているみたいな感覚になります。

このコーヒーは、飲むポエムやからね

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対談終了後、長谷川さんに田中さんのコーヒーを味わっていただきました。

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今回飲んだのは1kgの豆にたった100ccの水を使って抽出する超濃厚な「スパルタン」。そしてその「スパルタン」を20年間超低温で熟成させた「熟成樽仕込み氷温コーヒー20年物」。後者は何と一杯10万円の超高級品です。

長谷川: おおおお!20年物の方は特に、お口に広がりすぎですね(笑)。

田中: このコーヒーは飲料品としてのコーヒーじゃなく、飲むポエムやからね。僕自身がコーヒーに変身してみんなの中に入って行くねん。ポエムは言葉だから耳に入って行くけど、これは実際に口に入って、みんなの胃や腸に僕の分身に入って行く。僕が死んでも、みんなの中には僕の分身が残るんですよ。

最後に、今回の対談直後に長谷川さんが田中さんに見せたコピー20個の中から一部抜粋したものがこちら。

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やりたいことを見つけるタイミングは人それぞれ。もしかしたらそのヒントは幼少期にあるかもしれないし、突然思いもよらないところからやってくるかも分かりません。でも、お二人の対談から分かるのは、純粋にやりたいことを追い求め、お金と時間とのバランスを取ることの重要性。純度の高い仕事を心がけ、気持ちを豊かにし、そしてまたそれを仕事につなげ、やりたいことの核心に近づいていく。地道かもしれませんが、それがもっとも確実な道筋のように感じられました。

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