学生時代のバイト先に8つほど年上のお兄さんがいた。大学卒業後、しばらくフリーターをしていたその人は、すらっとした長身と全身に漂う優しい雰囲気でバイト仲間からも人気と信頼を集めていたように思う。面倒見がよく、バイト先の飲み会などでも新人が入ってくるたびに真っ先に声をかけ、困ったことがあったらいつでもなんでも聞いてねと言っていた。
関東の田舎から上京し一人暮らしを始めたばかりの女だった私もその新人で、東京は怖い人ばかりだと周りにさんざん脅されていたので、無理にビール飲まなくてもいいからね、怖い先輩がいたら俺に言ってね、と冗談半分のような口調で何度も言ってくれるそのお兄さんが聖人のように見えた。
でも、一緒に半年ほど働くにつれ、なんかこの人ヤバくはないか…?とだんだん違和感を覚えるようになった。
一番の原因は、バイト先にいたOくんという男の子に対するその人の態度だ。私と同い年で、私より少し先にバイトを始めたOくんは軽い身体障害があったのだが、特に仕事は問題なくこなしていて勤務態度もよかった。
ただ、Oくんはちょっと変わったところがあって、シフトが被るとすごく大声で「今日はよろしくお願いします!」と言ってきたり、バックヤードで急に「彼女がほしい!」と叫んだりするから、彼のそういう言動を密かにバカにするような人もバイト先にはいた。
一度バイトの上がり時間がかぶって一緒に帰った時に、「自分は障害のせいでなかなか友達ができなかったからコミュニケーション能力が低いのを許して欲しい」とOくんに言われたことがあって、私はOくんに嫌な印象は抱いていなかった。
あるとき、実は、そのOくんをバカにする輪の中心にいるのは例のお兄さんだと気づいた。
当時のバイト先のグループLINE(Oくんは入っていなかった)を見返すと、Oくんを直接的に罵倒したり「キモい」「怖い」「友達いないのかな?」などと言っている人もいる一方で、そのお兄さんはそんなことは一切言っていない。
けど、「そういえばOくん、きょうずっと襟立ってたね。笑」「Oくん誘ってもいいけど来てくれなさそうだよね!笑」などと確実にイジメを煽っているというか、自分は何にも加担していませんよというふりをしつつ、実際はOくんをバカにする空気を確実に後押しして加速させている感じがした。
悪質だなと思って以来、そのお兄さんの言動に注意するようになったら、彼はどんなときもそういう風に「一見自分は悪くないように」見せ、「優しい言葉遣いで」周りを掌握しているのが分かってきた。
バイト先の朝会で、挨拶を思い切り噛んだメンバーがいると「おはようございましゅ!って!笑」とそれを繰り返して周りを笑わせたあと、本人に小さい声で「ごめんね、冗談だから。今日もがんばろうね」みたいなことを言っていた。
言われた側は、みんなの前で恥をかかされたとはいえそのあとにコッソリと謝られ、激励までされているから嫌な気はしていないようだった。
私は一度、メイクを少し頑張ってバイトに行ったら、彼に「目の上腫れてない?」「なんかキャラぶれてない?」と散々みんなの前でいじられたあと、「いつもと違うな〜って思っただけだから。ごめんね!笑」とにっこり言われた。
つまり、大勢の前で相手をぎりぎり怒らせない手前くらいまでネタにしたあと、一対一になったタイミングで「冗談だよ。そのくらいあなたをよく見てるってことだよ」とフォローするのが彼のやり口なのだ、と分かってきた。
私はメイクの件で普通に不快だったのだが、周りからは「男の人がそんなにメイク見てるなんてすごいことだよ」「好かれてるんじゃないの?」と言われてしまうのでずっとモヤモヤしていた。
私が知る限りでは、彼はバイト先の人たちからよくモテていたと思う。清潔感のあるルックスだし、人の話をよく聞くし、カラオケも上手く、ギターも上手いらしかったから。
でも、よくよく見ていると、彼はたしかに人の話をよく聞くしツッコミを入れたりするのも上手いのだが、そのすべてが絶妙に失礼というか、OKと言っていないのにパーソナルスペースにグイグイ入ってくるような不躾さがあるのだ。
たとえば、飲み会でトイレから帰ってくると、すごく自然に私のマフラーを巻いて私がいた席に座っていたりする。最初は私も好かれているのか?と思ったのだが、そういうことを彼は誰にでもしていて、決まって「嫌だったら言ってね?」みたいなことをにっこり言うのだ。
こちらの不快さを表明する前にすべて先回りして「ごめんね」とか「嫌なら言って」と言われてしまうと、嫌だとか失礼だとか言えなくなる。彼はいつでもそうやって人の懐に入ってきて、だんだんと自分の領域を広げていって、いつの間にか人の上に立ってしまうような人だった。すごく悪質だ、と思った。
けど、そんな彼が人気者でいられた期間は呆気なく終わった。バイト先の女性たちが女子会をした際に、「彼と何人かのメンバーで宅飲みをしたとき、寝ている時に彼が抱きついてきた」「他の人が買い出しに行ってるときに彼に求められてセックスをした」というような話がわんさか出てきて、要は彼がバイト先のほとんどの女性に手を出しまくっていたことが分かったのだった。
バイト先には綺麗な人たちが多くて、田舎者でちんちくりんな私は一切彼から手出しはされなかった。けど、彼がいつも「女の子はメイクとか服とか求められることが多くて大変だよね」と周りの女性たちに同情のような態度を見せていたのを思い出すたびにはらわたが煮え繰り返りそうになる。
彼はいつも一見優しい言葉で人に近寄って、共感するふりを見せるけど、結局はいつも自分の話や自分が有利になる主張に持っていかないと気が済まないマッチョな人だった。それを自分で気づいているんだか気づいていないんだか分からないところがまた怖かった。
なんでこんなことをいま書いたかと言うと、はてブを見ていてたまたま見つけたバズっているエッセイの著者が彼だったからだ。すっごく白々しい気持ちになった。自分のしたこととか言ってきたことを一切無視してこんなこと書けるんだなと尊敬の気すら湧きそうになった。人を騙す人って本当に巧妙なんだなと思う。
あのnoteに感じた薄ら寒さの正体これだったか
Really??
なんでこんなことをいま書いたかと言うと、はてブを見ていてたまたま見つけたバズっているエッセイの著者が彼だったからだ。すっごく白々しい気持ちになった。自分のしたこととか...
これはいい増田
ナイス怪文書