第3の誤算は、特捜本部が犯行動機を詰め切れず、精神障害・性格異常者による通り魔犯行説に走り、空振りしたことであろう。
特捜本部は当時、年末年始休暇で精神科病院などを一時退院した者を徹底的にマークし、宮澤さん宅を中心に半径1キロ以内でローラー作戦を展開、変質者などの洗い出しに全力を上げていた。
また、性格異常者による犯行の場合、事前に動物を虐待する事例が多く、宮澤さん宅周辺を調べたところ、2000年8月から事件直前の12月中旬にかけ、ネコの皮膚が剥ぎ取られたり目にクギを刺し込まれるなどの虐待事件が頻発していたことを突き止めた。
ただ、後に動物虐待犯として銀行員を逮捕し、ボーガンで狙い撃ちしていたことが判明したが、世田谷事件とは関係なかった。
この段階で特捜本部が原点に立ち返り、幅広い可能性を視野に入れ捜査すれば良かったのだが、なぜか日本人犯行説に固執した。
それも私が知る限り、犯人が宮澤家のトイレに残した大便からインゲンのゴマ和えを検出したとか、物色痕から犯人に漢字を読む能力があるといった曖昧な根拠が多く、とても納得できなかった。
もっとも、現場の足跡から犯人が韓国で限定販売された靴を履いていたことが判明、帽子やヒップバッグも韓国製だったことから、特捜本部はかなり早い段階で捜査員を韓国に派遣。遺留指紋と韓国国民の指紋の照合を要請しようとしたが、「その程度の理由で我が国民を疑うとは怪しからん」と拒否されたことも災いした。
そのトラウマに加え、特捜本部を仕切る捜査一課が現場付近に生活歴のある日本人犯行説を採ったのに対し、公安当局が韓国人を含む外国人犯行説を主張したため、お決まりの刑事対公安の対立構図が浮上したことも、捜査を迷走させる原因となったと言えよう。
中には「日本人は精神などに問題がない限り、こんな残忍な殺害はできない。宗教や思想の違う外国人、それも音を立てないように忍び足で階段を横歩きした痕跡があることから軍隊経験者ではないか」と考える刑事もいたが、大勢に飲み込まれてしまった。
こうした特捜本部内の偏重が後に、隣接する都立公園で騒いでいた若者たちと宮澤みきおさんのトラブルに端を発したスケートボーダー犯行説をはじめ、過保護引きこもり少年、非行少年グループ、半グレ集団、カルト教団信者……など、日本人を中心とした“曖昧でありきたりな犯行説”を次々と生み出していく。