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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【61】

 

「――どうなんだい?ファウテリア。ティーツの愛は、君が言う『真実の愛』ではないのかい?」


 愉しげにファウテリアを問い詰めるメティを、ファウステリアは唇を噛んだ。

 未だ英雄の剣先が突きつけられたままだった身を起こすと、纏っていたドレスの裾を払いながら立ち上がる。

 そして真っ直ぐに、メティと向き合った。


「…確かに、あれが、私に向けた愛は『真実の愛』だと言っても良いのかもしれない」


 ティーツがファウステリアに向けた感情を、ファウステリアは否定が出来ない。

 ティーツの感情は「愛」といえるのかまでは分からないが、確かに真実ではあった。


 だが、それでも。


「…それでも私はっ、私はあれを、あの子を愛せなかったっ…!!」


 ファウステリアは、ティーツを愛していない。愛さなかった。

 最後の涙は、きっと、僅かな憐憫。

 愛から来たものではない。愛だなんて、認めない。

 死の直前まで放置し、けして関心を注がなかった、そんな自分がティーツを愛していたわけがない。それが「愛」だとしたら、そんな愛を最後まで求めて死んだティーツが哀れだ。


 一度目の子は、ラミアを陥れる為に、堕胎した。


 二度目の子は、関心を注ぐことが無いまま幽閉し、そのまま死なせた。



 ファウステリアは、自らの子すら愛せない人非人だ。人間の心がわからない、人間の愛など理解できぬ、化け物だ。そして、そうであることを望んできた。

 ファウステリアは、人間を愛さない。今までだってそうだったし、これからだって永遠にそうだ。

 ファウステリアは、勝ち誇ったかのような不敵な笑みを浮かべようとした。

 しかし笑みは失敗し、泣き笑いのような締まりがないものになってしまった。

 それでもファウステリアは、真っ直ぐにメティを見据えて言い放つ。


「『真実の愛』を、誰が私に注ごうが、私の心が揺れなければ意味が無いっ!!私が真実誰かを愛して、初めて、私は『真実の愛』を得たと、お前が契約は果たしたと認めてやろうっ!!さぁ、メティ。時を戻して、私を生かせ!!まだ契約は果たされてない以上、お前は私を生かす義務があるっ!!」



 例え、永遠にその契約が果たされる日が来ないとしても、契約を持ちかけたのは、メティだ。

 果たすことが出来ないからと、今さら反故等させはしない。

 契約が成されるまで、ファウステリアは、生き続ける。

 若く、美しいまま、この世のすべての享楽を追求しながら、人を虐げながら生き続けるのだ。

 何百年でも、何千年でも。永遠に。



 メティは俯き、暫くの間黙り込んだ。

 そして、その黒に近い紫の眼を光らせて、耳まで裂けんばかりに、口端をあげて、笑った。


「馬鹿な、ファウステリア。愚かで哀れなファウステリア。今、君は墓穴を掘ったんだよ。曖昧だったからこそ、成立していなかった『真実の愛』の定義を、自らが定めたんだ」


 悪魔は高らかに哄笑する。


「しかも言い方次第では、まだ命を永らえられたのに、君は『君が真実誰かを愛すること』だけを定義に入れた。実に愚かだね。…ねぇ、ファウステリア。君は僕を侮り過ぎだよ。僕が本当に気付いてないとでも思ったのかい?」


「っ何を…」


「僕は悪魔だよ?いくらひた隠しにしたところで、人間の感情なんかすぐにわかるよ。ただ、黙っていた方が面白そうだったから、言わないでおいてあげただけさ」


 ファウステリアの顔が蒼白に変わる。


 まさか


 まさか、気付かれているはずがない。


 気付かれるようなそぶり等など、微塵も見せていないのだから。


 しかし、そんな僅かな期待は、すぐにメティに打ち砕かれた。


「ファウステリア、君は真実『誰か』を、ではなく、真実『人間』をと、そういうべきだったね」


 ファウステリアの顔が、絶望に染まった。

 あぁ、メティは気づいていた。

 ファウステリアが、鍵をかけ、けして表に出すことがないまま隠していた感情を、知ってしまっていた。


「ファウステリア、君は…」


「――やめて」


 数多の命を私利私欲の為に奪い、悪魔を顎で使っていた悪女が、幼い少女のように全身を震わせて、脅える。


「言わないで…っ!!」


 メティがそれを口にした瞬間、全てが終わってしまう。ファウステリアが培ってきた、人生の全てが。



 ファウステリアの脳裏に、あの日の光景が浮かび上がってくる。

 300年以上の歳月が経つというのに、記憶は少しも風化することがなく、まるで昨日のことのように鮮やかに思い出せる。

 汚い路地裏で、自分を買った客に腹を刺され、倒れていた、幼い自分。

 ただ惨めに死んでいくしかなかった、やせぽっちで、美しくもなんともない、呪われた存在でしかなかった自分。

 誰も、助けてはくれなかった。

 救ってなぞ、くれなかった。

 人間は、誰も。



 脅え、静止の言葉を口にするファウステリアの様子見たメティが心とろかすような甘い笑みを浮かべる。

 その笑みが、いつかの記憶と重なった。

 そしてメティは、言葉を紡ぐ。



 あの日、あの時、


 惨めに、ただ惨めに死んでいくはずだったファウステリアを


 助けてくれたのは、


 救ってくれたのは


『…おや、珍しいものが落ちているね』


「――君はとうの昔に、僕を愛しているだろう?どうしようもないほど、『真実』さ」


 美しく残酷な、目の前の悪魔だけだった。




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