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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【57】

 何十年の月日が経っても、老いることなく美しいファウステリアに、人々は恐怖した。それはすなわち、グレーヒエルの地が、魔につらなるものに支配されことの証明であった。

 しかしその頃には、民の反抗心は既に根こそぎ淘汰されてしまっていた。彼らはもう、彼女の力の強大さを、そして反逆者に対する無慈悲さを、いやというほど見せつけられていたのだ。ファウステリアが魔のものと知っても成すすべがないくらい、彼らは既に、家畜として飼い慣らされてしまっていた。



 ファウステリアが王母として力を振るうようになって、十数年の歳月が経った頃。

 傀儡だった王は、有力貴族達の後押しを受けて、母親であるファウステリアに反旗を翻す。

 王は脆弱なリーシェルの子だが、祖父であるリュークの英雄的気質を継いでいた。

 ファウステリアは彼の血を分けた母親だ。しかし、母親であったとしても、否、母親であるならば尚更、息子である自分が引導を下さねばならない。

 個人的な情は捨てて、民の為に尽くすのが王だ。

 祖国の為ならば、例えそれが道理に背くことだとしても、母を切り捨てよう。


 しかし理想に燃える若き王の反乱は、ファウステリアの強大な力を前に、瞬く間に制圧される。


 王を後押しした貴族達は、目を覆いたくなるような残虐な方法で処刑され、王自身は身分を奪われ、幽閉された。

 そして数年後、父親同様に病に侵され、牢の中で息を引き取った。



  王を廃したファウステリアは、自らを女王と名乗るようになる。


【隻眼の魔女王ファウステリア】


 その悪名は、近隣諸国に至るまで広まっていった。



 女王となったファウステリアは、この世のあらゆる享楽を求め、追及した。


 世界中の美食を集めて賞味し、豪華絢爛な衣装を身に纏い、宝石から芸術品に至るまで、「美しい」と言われるものを時には買い漁り、時には奪いながら収集した。

 あらゆる遊戯にも手を出した。

 美しい青年を侍らせて、愛を囁かせた。

 多くの青年は、ファウステリアが無理に強要せずとも、そのうち勝手にファウステリアに魅了され、自発的に愛を捧げるようになっていた。


 しかし、どんな享楽にふけっていても、ファウステリアの表情はいつもどこか醒めていた。

 彼女が心底愉しげに笑うのは、逆らった人間を虐げている時だけだった。



 ファウステリアが何か新しいことを成す度、どこからかメティが現れて、いつもファウステリアに同じ問いを投げかけた。


「全てを手に入れて満足したかい?ファウステリア」


 ファウステリアが返す答えも、いつも同じだった。


「私はまだ手に入れていない物がある」



 粛清と享楽を繰り返しているうちに、いつの間にか300年もの月日が流れていた。


 そして、グレーヒエルの民の不幸を憂いた隣国の英雄バレンタイヌが、悪しき魔女を倒し暗黒の時代を終わらせるべく、ついに立ち上がる。

 バレンタイヌは同じ志を持つ仲間と共に、ファウステリアの魔法を無効化する効果がある聖剣ヘレンを携えて、ファウステリアと対峙した。

 男を狂わせるファウステリアの悪しき魅了の力も、高潔な心を持つバレンタイヌには通じない。

 間髪入れず襲い掛かる魔法を剣で封じながら、ついにバレンタイヌはファウステリアを追いつめ、ヘレンの切っ先をその心の臓に突きつけた。



 剣が突き刺さるその瞬間、ファウステリアは紫水晶の目を限界まで見開いて叫んだ。


「まだ、死の刻ではない!!私はまだ手に入れていないものがある!!」



 ――そして、次の瞬間、ファウステリアを除く全ての時が止まっていた。




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