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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【54】

 ラミアは四肢を切断された激痛に、床を這いずり廻るように身悶えた。

 溢れだした血は床にたまり、ラミアの体を濡らす。

 自分の身に、何が起きているのか分からなかった。

 視界には切断された手足が見える。だが、ラミアの脳は、鱗が生えた、醜いその手足を自分の物であると認識することを、拒絶する。

 ラミアは、認めない。

 自分が醜い化けものの姿であることも、それ故に、今ファウステリアによって殺されかけていることも、ラミアは認めない。美しい、特別な自分に、そんな悲惨な最期が待ち受けているはずがないのだ。そんなことは、現実として、起こりうるはずがない。こんなことは、現実ではない。


 全身から血が失われたことで、ラミアの意識は急速に霞んでいく。激痛が徐々に薄れていくのは、痛覚がなくなってきているからだが、ラミアはその事実に気が付かない。


 ラミアは、自分が死に行く現実を認めない。だから、ラミアの中には死の恐怖も、自分を殺す存在への怨恨も芽生えない。

 ラミアは最後の力を振り絞り、顔をあげた。特に意味はない。ただ、何となく、そうしなければならない気がしたのだ。

 滲んだ視界に、返り血を浴びて艶然と嗤う、ファウステリアの姿が映った。

 ラミアの胸の内に浮かんだのは、ファウステリアと対峙する度感じる、いつもと同じ感情。


(――ファウステリア、お前は、どうして……)



 問いを、最後まで浮かべることは、出来なかった。

 ラミアは、脳裡にファウステリアの笑みを焼き付けたまま、息絶えた。





 ファウステリアは浴びた返り血を拭うこともないまま、王座へと向かう。

 ファウステリアが入室したことに気がついたリーシェルが、血塗れのその姿を見て、目を見開いた。

 ファウステリアはリーシェルの動揺をそのままに、リーシェルの前で臣下の礼をとる。


「――先王陛下を殺した化けものを、先程私が処刑いたしました。」


 一拍のちに顔をあげたファウステリアは、その紫水晶の瞳を、射ぬくようにリーシェルへと向けた。


「……リーシェル様。仮にも貴方様の妻だった女を殺し、平然と報告する私を、怖いと思いますか?」


 リーシェルは、暫くの間口を嗣ぐんだまま、ファウステリアを見詰めていた。


「……いや」


 ややあって、リーシェルは大きく息を吐き出して、ゆっくりと首を横に振った。


「恐怖するのが自然だと分かっていても、私は貴女を怖いなどとは思えない…最早、私は、どんな貴女でも愛さずにはいられなくなってしまったようだ」


 そう言ってリーシェルは、弱弱しく笑みを浮かべながら、首を傾げた。


「不思議だ…貴女はどうして、返り血に濡れた姿ですら、美しく、魅力的なのだ」




 ラミアの処刑の事実は、すぐさま国中に広がった。

 国民の大半はラミアが魔族だったという真実を信じ、リーシェルとファウステリアが迅速に処刑を成したことを肯定した。

 40年前の災厄により、危険な魔族は一刻でも早く殺さなければならないという認識を抱いていたからである。

 だがカンエが懸念していたように、ラミアの生家であるセイオ家は、その知らせを聞いて怒り狂った。

 変化して成り代わっていた可能性はあるとはいえ、仮にもセイオ家の直系の姫だとされる存在を、ろくな裁判も無きまま処刑したのだ。それはすなわち、セイオ家を軽んじたことに他ならない。武勇ばかりで大した血筋もない父親を持つ、病弱で、愚鈍で、青二才の王が、グレーヒエルの地一の名門貴族であるセイオ家を軽んじたのだ。ラミアに関する事実がどうであっても、大貴族としての誇りが傷つけられたことには変わりがない。そしてその出来事は、セイオ家に王家に背くことを決断させるには、十分すぎる出来事だった。


 しかし反旗を翻したセイオ家は、ファウステリアの強靭な魔力により、瞬く間に制圧されることになる。

 一族の直系に連なるものは皆処刑され、残された一族の者も、名字を栄光を意味する「セイオ」から、蛇を意味する「セルバ」に変えさせられ、罪人として扱わることとなった。


 ファウステリアは、セイオ家制圧後、再びリーシェルとの子を宿し、今度は無事に男児を生む。

 そして当然の如く、ファウステリアはリーシェルの正妃の座を得た。





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