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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
53/64

【53】

※特に残酷な描写有

 定刻。

 ファウステリアは、処刑の証人となるべく選ばれた家臣を数名引き連れてラミアが幽閉されている牢を訪れた。

 処刑は、場所を移すことなく、牢内で執行される。ラミアが魔族であるという想定のもと、少しでも王宮内で暴れられるリスクを減らす為だ。

 魔族の力は個体によってばらつきがあるものの、魔力が弱いと言われる存在でも、人間にとっては脅威であり、災厄だ。今のところ「不思議なことに」ラミアが魔力を行使する気配はないが、用心するに越したことはないと判断された。


 ラミアは手足を堅固な鎖で幾重にも戒められた常態で、ぐったりと力はなく項垂れていた。

 しかし近付いてくるファウステリア達の気配に気が付いたのか、緩慢な動作で顔をあげた。

 その顔を見た、ファウステリアを除く家臣達は、息を飲んだ。


「――っ化け物っ…」


 思わず発したのは、誰だったのか。

 その言葉を耳にした途端、ラミアの醜悪な顔が、ますます醜く歪んだ。

 変質したのは、蛇の鱗を纏った肌だけではない。

 捉えられた当初は、まだ美しかった頃の面影があったその造作は、時間が経つほどに、蛇へと近づいていった。

 泣き濡れた目は、瞼がなくなり、瞳孔は縦に細長い蛇のそれへと変わっていた。舌先も二つに割れた。高く形よかった鼻は、顔の表面に空いた穴のように変わり、耳も埋もれ見えなくなっていた。

 今のラミアの姿は、まごうことなき、化け物であった。醜く、おぞましい、身の毛もよだつ様な、化け物だった。

 これで脳まで蛇のように変じてしまっていればまだ救われるかもしれないが、ファウステリアはそうでないことを知っている。

 メティの秘薬は姿を変貌させてても、脳まで侵すことはない。ラミアの脳は人間のまま、変わってない。発狂出来れば、獣同様になれたのかもしれないが、憎悪を宿すラミアの眼には未だ理性の色が見え隠れしているところを見ると、彼女は狂うことも出来なかったようだ。


(美を追求した女の最期がこれとは、哀れだな)


 ファウステリアは、供の家臣には見られぬように、ひっそりと笑んだ。

 哀れで、滑稽だ。

 惨めなラミアの姿が、愉快で仕方ない。


「――ラミア・セイオ」


 ファウステリアは込み上げる笑いを押し殺して、低く厳格な声で言い放つ。


「お前を、王族殺しの罪で処刑する」


 ファウステリアは一歩前に進み出て、ラミアと間近で対峙する。

 ラミアから向けられる負の感情が、ただひたすら心地よい。


「お前は、魔の本性を隠して神聖なる王宮に入り込み、その魔の力をもってしてバジリスクに力を与えて巨大化させ、人々を襲わさせた。その結果、討伐に向かった、偉大なる先王陛下リューク・ソーゲル様が亡くなった。お前がリューク様を殺したのだ。英雄であるあの方を…私が誰よりも敬愛する、あの方を。その罪は、万死に値する。お前の処遇は、死刑以外考えられない。…何か申し開きはあるか?」


 言の葉に、見せかけの憎悪を滲ませながら告げた宣告に、ラミアは答えない。

 否、答え無いのではない。答えられないのだ。

 ラミアの喉は、もはや声帯を失っている。

 口を動かしても声にならず、出るのは空気が抜けるような、しゅうしゅうという音だけだ。

 哀れなラミアは、自らの無実を訴える術も持たない。


「…何も言えないのか。まぁ、いい。お前が何を言ったとしても、リューク様を殺したお前を私は、決して許さない…その醜い顔に、顔以上に醜い心に、相応しい姿にしてやろう」


 ファウステリアは口内で、小さく風魔法の詠唱を行いながら、手の先をラミアの方向へ向ける。

 詠唱によって指先から生じる真空は、波動になって人を切り裂く。

 ファウステリアの魔力が宿ったその波動の切れ味は、どんな鋭利な刃物にも勝る。


「…蛇に手足はいらないだろう?ラミア」


 次の瞬間、ラミアは床に叩きつけられ、声帯の無い喉ではけして声にすることが出来ぬ絶叫をあげた。

 ラミアの体は床に落ちたが、鎖に戒められていたラミアの腕は、足は、未だ元の位置に存在していた。

 ラミアの手足は、最早ラミアの体の一部ではなかった。

 真空波は一瞬にしてラミアの四肢を切断したのだ。

 切断面からは勢いよく鮮血を噴き出し、すぐ傍にいるファウステリアの顔を濡らした。


 ファウステリアは返り血で顔を真紅に染めながら、口端を吊り上げて、嗤った。


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