若手税理士の勤務日誌
~若手税理士が記録する税理士の仕事~
第9回 損害賠償金の非課税所得該当性
- 作成日:
- 2012/07/01
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登場人物 西山:会計事務所職員 田中:若手勤務税理士 西山:ああ、なんだかよくわからないなあ。 田中:また、どうかされたのですか? 西山:損害賠償金を受け取ったときの処理ですが、税務雑誌に、FX取引の取扱業 者から裁判上の和解に基づき受け取った損害賠償金は、非課税所得だと書い てあったのです。 田中:ああ、FX取引の取扱業者らの不法行為により、納税者の資産である金銭等 に加えられた損害に基因して支払を受けた損害賠償金であるから、非課税所 得に当たるとされたものですね。 西山:そうそう。それならば、有価証券報告書に虚偽記載をした上場会社の株式を取得 した納税者が、その発行会社等から受領した損害賠償金についても、相手会社の 不法行為により、納税者の資産である金銭等に加えられた損害に基因して支払を 受けた損害賠償金であることには変わらないから、非課税所得に当たると思うの ですよ。ところがこれは雑所得に該当すると。どうしてなのだろうと。 田中:同じ不法行為による損害賠償金なのにと…? それならば、まず、所得税の 非課税規定を確認しましょうよ。 西山:ああそうでした。損害賠償金の規定は、所得税法9条1項17 号と所得税法施 行令30 条ですね。 所得税法9条1項17 ◎所得税法9条(非課税所得) 十七 (略)損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられ た損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するも のその他の政令で定めるもの ◎所得税法施行令30 条(非課税とされる保険金、損害賠償金等) 法第9条第1項第 17 号( 非課税所得)に規定する政令で定める保険金及び損害 賠償金(これらに類するものを含む。)は、次に掲げるものその他これらに類す るもの(これらのものの額のうちに同号の損害を受けた者の各種所得の金額の計 算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合に は、当該金額を控除した金額に相当する部分)とする。 一 (略)心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償 金(その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかつたことに よる給与又は収益の補償として受けるものを含む。) 二 (略)不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支 払を受ける損害賠償金(これらのうち第94 条(事業所得の収入金額とされ る保険金等)の規定に該当するものを除く。) 三 心身又は資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金(略) 西山:FX取引の事例も有価証券報告書虚偽記載の事例も、まず、納税者と取扱業 者や発行会社との訴訟があり和解により損害賠償金の支払が決定されていま す。FX取引については、取扱業者らに、説明義務違反等の不法行為があっ たとされています。 田中;損害賠償金の内容はどのようになっていますか? 西山:えーと、FX取引自体による損害に対するものと、弁護士費用、及びこれら についての遅滞損害金です。 田中:虚偽記載の事例はどうですか? 西山:こちらは、会社法350 条(代表者の行為についての損害賠償責任)に基づ く損害賠償請求権及びその遅延損害金請求権を根拠としています。こちら も、併せて、弁護士費用、及びこれらについての遅滞損害金が支払われてい ます。 田中:FX取引自体による損害とは、取引の証拠金として取引業者に預託した金銭 と、FX取引の清算後に同社から返還された金銭との差額ですね。まず、こ れを上記の規定に当てはめていきましょう。 西山:なぜこの損害が生じたかというと、取引業者による説明義務違反及び誠実義 務違反の不法行為により、納税者がFX取引を行う際の取引上の判断を誤ら せたことが原因です。それが、納税者の資産である預託証拠金の一部を失う ことにつながり、つまりは実損害を被らせたのですから、上記の所得税法施 行令30 条2号に該当しますよね。 田中:そうですね。でも括弧書き、「これらのうち第94 条(事業所得の収入金額 とされる保険金等)の規定に該当するものを除く。」はどうですか? ◎所得税法施行令94 条(事業所得の収入金額とされる保険金等) 不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行なう居住者が 受ける次に掲げるもので、その業務の遂行により生ずべきこれらの所得に係る収 入金額に代わる性質を有するものは、これらの所得に係る収入金額とする。 二 当該業務の全部又は一部の休止、転換又は廃止その他の事由により当該業 務の収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの 西山:「収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの」に該当するか どうかですよね。でも、FX取引の損害は、納税者の資産に加えられた実損 害を補填するものであって、休業補償や収益補償等の業務の遂行により得ら れる利益に代わるものではありません。だから、これには該当しないです よね。 田中:そうですね。これで、FX取引の損害賠償金が非課税所得であることが確認 されたとして、では有価証券報告書虚偽記載の事例はどうですか。 西山:納税者は一般投資家ですから、有価証券報告書の虚偽記載がなければ、少な くともこの株式を取得しなかったでしょう。となると、納税者の損害は、 この株式の取得価額と虚偽記載の公表後にこれを取引所市場において処分し た際の処分価額との差額となりますよね。 田中:実際は、経済情勢、市場動向、業績等当該虚偽記載に起因しない市場価額の 下落分を控除して算定するのでしょうけど、基本的に取得時差額ですね。と なると、こちらの損害賠償金は、この株式の取得価額の一部を補填するもの となるのでしょう。 西山:そうかー。この損失は株式を譲渡するときに実現するものなんですね。だか ら、必要経費に算入される金額を補填する損害賠償金となり、上記施行令 30 条本文かっこ書きの「各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金 額を補てんするための金額が含まれている場合」に該当するから、非課税所 得から除外されるのですね。なるほど、いわゆる金融取引に関する損害賠償金 でも、性質が違うのですね。 田中:弁護士費用賠償金についても、虚偽記載の事例については、その収入を得る ための必要経費を補填する損害賠償金ということになって、同じく雑所得と されていますが。 西山:FX取引ではちがうのですね。 田中:いえ、この事例では、和解調書などより、弁護士費用名目の受取りも実質的 に実所得の損害賠償金とされたのですが、もし、実質的にも弁護士費用であ る賠償金が支払われたとしても、取引業者らの不法行為により、納税者が訴 訟を起こし弁護士費用を支払うことになったことに対するものであるから… 西山:上記施行令2号により、非課税所得ですよね。なるほど、そうやって支払を 受けた金員の性格を分析して判断するのですね。 参考裁決例 納税者は、外国為替証拠金取引の取扱業者らから受領した損害賠償金を、雑所得として申告後、 非課税所得であるとして更正の請求を行った。原処分庁は、和解金は、FX取引による売買損益 を補てんする機能を有するものであるから、雑所得に係る総収入金額に算入するとして、納税者 の請求を退けた。 審判所は、所得税法9条1項16 号及び所得税法施行令第94 条1項2号は、不法行為その他 突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金について、課税される べき所得に係る収入金額に代わる性質を有する休業補償や収益補償等以外の、本来課税すること が適当でない「実損害を補てんするための損害賠償金」を非課税所得としているところ、本件F X取引においては、説明義務違反及び誠実義務違反という取扱業者らの不法行為により納税者の 資産に損害が加えられたものと認めるのが相当であることからすれば、和解金は、納税者の資産 に加えられた実損害を補てんするために支払を受けた損害賠償金に該当するものと認められるの で、非課税所得に該当するとした(平23. 6.23 裁決、裁決事例集No.83)。 納税者は、有価証券報告書に虚偽記載をした上場会社の株式を取得したことにより損害を被っ たとして、その発行会社等から損害賠償金を受領し、雑所得として申告後、非課税所得であると して更正の請求をした。原処分庁は、納税者のこの株式の譲渡による所得区分は、株式等の譲渡 による事業所得又は雑所得であり、所得税法施行令30 条かっこ書の金額に該当するため非課税 所得とはならず、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないことから一時 所得に該当するとした。 審判所は、和解金は、株式等の譲渡による雑所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を 補填するためのものであるから、非課税所得とはならないとし、その所得区分は、営利を目的と する継続的行為から生じた経済的利得であるから雑所得に当たるとした。 (平成23 年12 月2日裁決、裁決事例集No.85) <小林磨寿美税理士事務所 税理士 小林磨寿美>