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cutting edge
国連再考 第6部 (10) ‐ デッドウッド
2003年12月26日
 世界銀行で二十年以上も働いた欧州のエコノミストから数年前に「デッドウッド」という言葉を聞いたときは、びっくりした。 デッドウッドとは文字どおりには枯れた枝、人間を指す場合には、役に立たない人、という意味である。 日本の大蔵省(現財務省)から三年ぐらいの任期で送り込まれてくる官僚たちを外国の正規職員たちは陰でそう呼ぶというのだ。

 英語での実務処理や見解発表の能力、開発途上国の実態の把握、その支えとなるマクロ経済学の知識など、正規の職員であれば日本人でも外国人でも、一定水準以上であることが証されて初めて採用される。 だが財務官僚は日本国内でも徴税をしていたような人物が日本の巨額な拠出や出資を威力に、天からいきなりパラシュートで降下してくるから、国際経済機関でフルに働くための能力に欠けてしまう。 つまりはデッドウッドとなる。

 三年ほど前に、北京で世銀グループの多国間投資保証機関(MIGA)の長官が話すのを聞いたときは、なるほどと思った。 MIGAと中国政府との新たな覚書に調印するために訪中した同長官は記者会見での質疑応答で国際機関のトップとはどうにも思えない、たどたどしい英語で話し始めたからだった。 中国語に訳す通訳も内容が理解できず、問い直すほどなのだ。 この長官は日本の大蔵官僚だった。

 しかしいまの財務省には国際的な能力や体験の豊かな人材はいるだろう。 その種の国際能力は年々、向上しているはずだ。 だから個々のケースにこだわるのは木を見て森を見ず、かもしれない。 だが同時に財務省の官僚機構が世銀やIMF(国際通貨基金)への日本参加部分をすべて仕切るという枠組みがそもそもおかしいことも明白なのである。

 世銀・IMFの活動目的は、もはや途上国の経済開発だと言える。 開発のための支援だとも言える。 ODA(政府開発援助)である。 貧困救済、社会福祉、環境保護というようなテーマが迫ってくる。 いずれも日本の官僚機構の財務省が本来、扱うような課題ではない。 なのに財務省がすべて統括しようとするから、不自然となり、デッドウッド現象が起きてくるのだろう。

 財務省は世銀とIMFを自省の縄張りとみて、外務、経産、厚生労働などの各省をほんのごく一部の出向人事以外には完全にシャットアウトしている。 外務や経産の官僚が世銀の上層部に会見する際も日本の財務省の了解をまず得なければならない、とするほどなのだ。

 ここ数年、議論を呼んだ世銀プロジェクトをみても、チリやインドネシアのダム建設での先住民の移住や環境保護、中国のダム建設での環境問題やチベット先住民族移住の是非など専門的な知識に基づく高度の政治や経済の判断も求められる。 財務官僚の従来の担当範囲をはるかに超えたテーマなのである。

 世銀全体の基本姿勢もここ数年のウォルフェンソン総裁の変遷の激しいリーダーシップの下、エイズ、貧困救済、教育と福祉、情報技術などなど、最重点がくるくると変わってきた。 長期志向のインフラ建設優先という日本の援助政策とは水と油ほど異なる場合が多いのだ。 だが日本の代表が世界第二の投票権を背景に日本なりの政策主張をして、その方向に世銀を実際に導くというような形跡は全くない。

 世銀には日本代表の理事室があり、理事の下に四、五人の職員が居る。 この理事が日本政府の意向を代弁する。 だが同理事も理事室の他の職員の大多数もみな財務省の官僚である。 IMFの日本理事室の状況もまったく同じ財務官僚支配となっている。 こうした構造について世銀とIMFの両方に詳しい日本人専門家が指摘する。

 「日本の代表が財務官僚でなければならない理由はない。 むしろ三年ほどで交代する官僚では開発の知識も経験も少なく、的を射た主張ができない。 その上に英語での討論能力の不足した官僚ばかりだから、事前に書いた声明を読んだあとのフォローアップができず、日本の独自の意見が表明されない」

 財務省という特定の官庁が世銀やIMFを独占的に担当し、それら国際機関の一定ポストが自省に帰属するかのように自省の官僚を定期人事で送り続けるというこれまでのパターンこそが日本の存在自体をだれにもみえない透明人間のように希薄にしてしまった、ということであろう。 途上国の経済開発やその支援が日本にとって重要とみなす限り、オール日本の対応が求められることが自明のようである。


古森義久氏 産経新聞2003年12月26日付朝刊記事

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