2003年12月23日
「IMF(国際通貨基金)は廃止されるべきだ。 ただし廃止にはゆっくりと時間をかけて、いまの人材を他の目的に、もっと効果的に活用できるようにすべきだ」
一九九八年十二月、当時、米国のスタンフォード大学教授だったジョン・テイラー氏はテレビのインタビューで淡々と語った。 穏健派保守派とされた著名エコノミストのテイラー氏はブッシュ政権が登場すると間もなく、財務次官に就任した。 二〇〇一年六月、担当は「国際経済・財政問題」だからまさに米国政府のIMFに対する政策を左右する立場に就いたわけだ。
財務次官としてのテイラー氏はさすがに公式にIMF廃止論を口にすることはないが、そうした主張を唱えてきた人物がブッシュ政権の担当責任者であること自体、IMFが今どれほど激しい政策的チャレンジを受けているかを示す。
一九四四年七月のブレトンウッズ会議でIMFが世界銀行とともに設立されることが決まったとき、当然ながら今日のような四方八方からの攻撃は夢にも予想されなかった。
IMFの目的は加盟国が通過に関して協力し、為替相場の安定を図ることで国際金融秩序を維持し、世界貿易の拡大や経済成長を促進することだ、とされていた。 つまり金本位制を基礎に強いドルを前提として、経常収支赤字国に資金を補い、国際収支を調整するという役割をIMFは主にしてきたわけだ。
ところが一九七〇年代にはいると、金本位制が廃されてしまった。 為替は固定から変動の相場制へと移った。 異端の是正は変動に任せればよいことになり、外部からの調整の要が少なくなった。 IMFの役割も大きく変わった。 世銀が六〇年代に戦後復興の任を終え、途上国の開発専門に変質したのと似ているが、IMFの機能の変化は世銀のそれよりもずっと大きく、この時点で創設当時の本来の任務は終えたのだ、とする学者も少なくない。
IMFの新しい役割は開発途上国の経済支援へと移っていった。 公式にはその任務は「国際収支危機を防ぐためのマクロ・為替政策の監視」とか「国際収支や経済構造の調整のための融資」と表現されたが、実際は世銀と同様に途上国の支援であり、そのための公的資金の融資が主業務となった。 ただし世銀が政策改革とプロジェクトの両方に貸し付けするのに対し、IMFは政策面への対応に活動をしぼった。
IMFは加盟国からの拠出金で融資を進める。 設立時には三十五カ国が計七十六億ドルを拠出したが、九〇年代末にはその資金総額は二千億ドルを超えた。 加盟国の議決権は拠出の金額に比例する点は世銀と同じ、国連とは異なる。 最大の拠出国は一貫して米国であり、現在もIMF資金総額の約18%を担っている。 日本は第二位で6%強である。 だから米国がいつも最大の発言権を握ってきたわけだ。
IMFはワシントンの本部の他にパリ、ジュネーブ、東京、北京などに支部があり、専門職員は約千九百人となっている。 組織の運営としては各加盟国の財務省などの政府代表で構成される総務会が最高意志の決定機関だが、日常の業務は本部の長である専務理事が統括する理事会が進める。 理事会は米国、日本など大口出資国五カ国からの任命理事五人と地域ごとの専任理事十九人で構成される。
しかしIMFへの不信は最大の発言権を持つ米国で最も強い。 経済開発は民間分野の市場原理に委ねるのが最善だとする「小さな政府」派の保守陣営に特にその傾向が顕著である。
保守派の研究機関「ヘリテージ財団」は九七年にIMFの半世紀の軌跡を追った報告書で「IMFは時代遅れ、非効率、不必要」と総括した。 IMFは六五年からの三十年だけでも総額千七百億ドルをその目的とする諸活動へ注いだが、開発途上国の経済開発という目的だけを見ても、IMF融資を受けた八十九カ国のうち四十八カ国の経済はその三十年間に何も向上していないことが判明した、というのだ。
こういう思考は今のブッシュ政権にも底流として流れており、冒頭で紹介したテイラー氏の言明もその一端である。
もちろん同じ米国でも民主党リベラル寄りの陣営ではこの種の思考に反対し、IMFの存続の効用を強調する向きも多い。 しかしIMFへの批判はなにも米国保守派からだけに限られない点に深刻な現実が投射されている。
古森義久氏 産経新聞2003年12月23日付朝刊記事
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