2003年12月18日
ワシントンに「ファイナンス会」という名の日本人の集まりがある。 会の趣旨は公式には「日本の金融・財政に興味のある人たちが個人の資格で情報交換や親睦を深めるための会」とされているが、実態は世界銀行やIMF(国際通貨基金)に出向してくる財務官僚が主体の集まりである。 その証拠に会の運営は世銀やIMFで財務官僚が配属される日本理事室の有志があたる、と明記されている。
ファイナンス会の最近のリストをみると、正会員百八人のうち、なんと四十二人が財務省のキャリア官僚である。 ワシントン地区だけで財務官僚がこれほど多数、駐在しているのだ。 外務省でさえワシントンに駐在するキャリア官僚はせいぜい二十人ほどだから、外交には直接、関係のない財務官僚の四十二人という数は異様と言うほかない。
これら財務官僚は日本大使館所属四人を除けば、ほとんどが世銀、IMF、米州開発銀行などの国際経済・金融機関に籍をおく。 その種の公的機関以外には東京三菱銀行、野村総研などという民間の金融、財政関連の企業の駐在員とその夫人の名がちらほらリストアップされている。 さらに奇異なことに日本航空と全日空の駐在員夫妻の名も会員として並ぶ。
ファイナンス会の活動としては、日本の金融・財政事情に関する情報の提供のほか会員同士の親睦会合や夫人の昼食会が記されている。 だが会の真の目的については九〇年代に会員だった民間金融機関の関係者が明かす。
「本来は大蔵省官僚がワシントン地区にもかなり多数の事務所を置いていた日本の民間の銀行や証券、保険会社を仕切り、航空会社には空の旅の便宜を図らせるという趣旨だった。 民間企業の駐在員の夫人達は大蔵省官僚夫人たちに会合への出欠を記録にとられるというほどの意識さえあった。 大蔵官僚の一連の不正の発覚後、会の空気も変わったが、基本は官が民を管理し、利用するという発想だった」
大蔵省が財務省と名を変えても、英語名のミニストリー・オブ・ファイナンス(MOF)はそのままのように、ファイナンス会もワシントンの日本の金融関連民間組織の駐在員夫妻を自動的に会員として扱うから、民を官に追従させるための機能はそう変わっていないようだ。 要するに世銀やIMFで日本を代表する財務官僚たちはワシントンでも民間企業を巻き込んでの自分たち同士の「親睦」に忙しいのである。
IMFには日本の財務省官僚たちによるもう一つの集まりがある。 高名な経済学者J・M・ケインズが加わったグループの名をとって「ブルームズベリー昼食会」と名付けられたこの会合は、財務省から送られてきたIMF職員たちが毎週、火曜日に集まり、昼食をともにしながら英会話と経済学を勉強するという趣旨である。
この昼食会は九八年にIMFの時の大蔵官僚たちにより「日本人に特有の英語力の問題と経済学習得の不十分さ」のために創設され、以来、英語の会話や討論の練習と経済学の知識の獲得を目的に開かれてきたという。
ところが同じIMFの日本人職員でも正規の選考プロセスで入った人たちからすると、一般の職員は英語力も経済学の知識も、十分にあるからこそIMFに採用されるわけで、そもそもIMFに勤めながら英語や経済学の能力が足りないという前提がおかしい、ということになる。 確かにこの昼食会の開催自体が日本の国際金融機関で働くための基礎能力に満たない官僚たちが送られてきていることの例証だろう。
財務省のこうした世銀やIMFの人事中枢独占の慣行に対し日本人正規職員から抗議の「檄」が飛ばされたこともあった。
「大蔵省(財務省)からの出向職員は日本人正規職員に比べて、語学力、専門性、倫理観、途上国の開発への熱意ではるかに劣る。 そのような官僚を資金力をちらつかせて政治的圧力により多数、任用することは国際機関での日本人職員全体の評価を下げる結果となる。 多くの出向官僚は出向期間を長期の休暇と勘違いしており、実績次第では常に解雇の危険にさらされている正規職員とは全く対照的な存在なのだ」
日本人の中堅正規職員たちによって書かれたこの抗議文は日本政府に対しこの種の「海外天下り」のおかしな人事を即時、やめることを訴えていた。 確かに国際経済機関に来てから英語や経済学の講習を受けるというのは、おかしな慣行である。
古森義久氏 産経新聞2003年12月18日付朝刊記事
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