危なすぎる…風呂に入って「浴室熱中症」で死ぬ人たちが続出していた…! ぬるいお湯でも気をつけて

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日本には「湯治」という文化があり、古くから入浴は、万病に効くと伝えられてきた。だが、湯船に浸かる時間と温度を間違うと反対に健康を害する。死の危険は何気ない生活習慣にこそ、潜んでいる。

熱中症が原因だった

「もともとは43度の熱いお湯に入るのが好きだったのですが、『冬場の風呂はヒートショックが危ない』という話を聞いて以来、寒暖差を抑えるため、温度を41度に下げて、ぬるめのお湯に入るようにしました」

こう語るのは、松本雄二さん(仮名・73歳)。

ところが、ヒートショックを恐れるあまり、お湯の温度を下げたことで、身体がなかなか温まらずに、物足りなさを感じ、入浴時間が以前より延びてしまった。

「20分も入っていると、頭がボーッとして、だんだんと眠くなってくるんです。あわや溺れそうになったこともあります。

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単なる湯あたりだと思っていたのですが、『週刊現代』の記事を読んで、浴室熱中症で亡くなっている人がたくさんいることを知り、いかに長風呂が危険な行為であるか気付かされました」

浴槽に浸かっている時間が長ければ長いほど、人間の体温は上昇する。やがて熱中症を起こし、意識を失う―。

本誌前号の特集記事「風呂に10分以上入ってはいけない」は大きな反響を呼んだ。

20年にわたり、3万人以上の入浴を医学的に調査してきた医師の早坂信哉氏が解説する。

「人間は42度のお湯に10分浸かると、体温が1度以上上昇します。日本人の平均体温は36・9度なので、やや熱めの風呂に入れば、あっという間に38度になってしまう。

体温が38度を超えると、軽度熱中症となり、めまいやふらつき、筋肉のしびれが出ます。40度で重度の熱中症となり、失神や痙攣を起こします。そうして浴槽内で溺死してしまうのです。

たとえ、ぬるま湯(39~40度)であっても、10分も入っていれば、0・5度は体温が上がります。20~30分と長く入っていると、体温は38度以上に上昇し、熱中症を起こすので注意が必要です」

長年、冬の風呂での死亡事故の原因は、ヒートショックだと言われてきた。ヒートショックとは、寒い脱衣所から温かい浴槽に入ると、血管が一気に拡張し、血圧が急激に乱高下することで心筋梗塞や脳卒中を起こして、突然死することである。

ところが、最近になって、実はヒートショックではなく、「長時間の入浴による、熱中症によって亡くなっている」という見方が有力視されるようになってきたのだ。

千葉科学大学危機管理学部教授(法医学、救急救命学)の黒木尚長氏が語る。

「ヒートショックという言葉が広く知られ、対策が取られるようになってからも入浴中の事故死は、年々増え続けています。そこで私は、他に原因があるのではないかと思い、'17年に65歳以上の高齢者3000名にアンケート調査を実施しました。

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その内、入浴中に具合が悪くなったことがあると答えた人は10・8%。その人たちの症状を調べたところ、明らかに熱中症だった人が62・2%、その疑いがある人が22%でした。それに対して、ヒートショックの疑いがある人はたった7・1%にすぎなかったのです」

これまで入浴中の不慮の事故は、発見されるまで時間が経っていることが多く、死因がはっきりとわかっていなかった。

それを説明するために出てきたのが、ヒートショック説だ。そもそもヒートショックとは医学用語ではなく、メディアの造語で、'90年代後半から使われ始めた。

即、心停止

以来、冬の風呂場での死亡事故といえば、「寒暖差」ばかりが原因として取り上げられるようになった。しかし、実はヒートショックは、ほとんど起きておらず、そんな用語自体がでっち上げだった可能性があるのだ。

黒木氏が続ける。

「もし本当に多くの人が、ヒートショックが原因で亡くなっているとしたら、洗い場や脱衣所で倒れて死亡するケースがもっとあってもいいはずです。しかし、実際は風呂場で亡くなった人の9割が浴槽内で眠るようにして死亡している。

この点からも大半の人は、熱中症が引き金となって亡くなっていると考えられます」

では、浴室熱中症で死ぬとすれば、具体的に現場ではどんなことが起きているのか。

「熱中症で亡くなるパターンは二つあります。一つは、体温が40度以上になり、意識を失って溺死するケース。

たとえば、転居した日に入ったお風呂で溺死した高齢女性がいました。初めての家で、風呂の温度設定がよく分からず、45度で入浴してしまったようです。その女性は15分ほどで意識を失った可能性が高い。

もう一つは高カリウム血症です。体温が42・5度を超えると、人間の細胞は壊れ始め、カリウムが血中に溶け出し、心室細動(致死性の不整脈)を起こします。すると血圧が一気に下がり、即、心停止となるのです」(黒木氏)

ただし、体温が40度になると脳が耐えられないため、その前段階で意識を失って、溺死することが多いという。

「全身浴の場合、41度なら33分、42度なら26分で体温が40度に達します。

若い人であれば、体温が39度以上になると、大量発汗、動悸、頭痛などの熱中症の症状が出現し浴槽から出るのですが、高齢者の場合は、老化により神経系が鈍感になっているので熱さを感じにくく、そうした症状を自覚しないまま、意識障害に陥っていると推測されます。

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昨年の2月に浴槽内で亡くなったプロ野球の野村克也元監督も、報道ではヒートショックが原因だと言われていますが、私は熱中症を起こして、自力脱出できずに溺死してしまったと見ています」(黒木氏)

「あと少し発見が遅れていれば、父(80歳)もそうなっていただろう」と語るのは、畑山光明さん(仮名・51歳)だ。

「1時間経っても浴室から出てこないので心配になって声をかけたのですが、返事がない。扉を開けると、父が浴槽の中でぐったりとして気を失っていました」

幸いにもまだ顔がお湯についていなかったため溺水は免れた。畑山さんは、救急車が到着するまで心臓マッサージを続け、駆け付けた救急隊がAEDを使用すると、奇跡的に息を吹き返した。

「医師からは『体温が39度にまで上がり、不整脈を起こしたようです』と説明されました。父は『今まで心臓が悪いと言われたことはないのに』と話していましたが、医師からは『熱中症を起こすと、心臓に基礎疾患がなくても不整脈を招くことがある』と説明されました」

年間2万人以上が死んでいる

厚労省の人口動態統計('19年)によると、浴槽内での溺死は年間5166人にのぼる。交通事故の死者数(3215人)より、風呂場で亡くなる人のほうが多いのだ。

年齢別にみると45~64歳が237人なのに対して、65~79歳は1951人、80歳以上が2888人と、実に死亡者の9割超を65歳以上の高齢者が占めている。

その理由について、帝京大学医学部教授の三宅康史氏はこう語る。

「歳を取ると基礎代謝が落ちるので、寒がりになる。そのため身体を温めようとして、つい長湯をしてしまいがちです。

加えて若い頃と比べて、体内水分量が少なく、汗が出にくくなるので、熱が放散されず、体内に籠もっていく。そうして、知らず知らずのうちに熱中症になっている可能性が高いと考えられます。

入浴中の死亡事故が、気温の低い11~2月に集中しているのは、熱いお風呂に長時間入る人が増加するためです。その点からも、やはり入浴時間は10分以下が望ましいと思います」

「ウェザーニュース」が行った入浴調査('12年)によると、60代以上の人が湯船に浸かる時間は平均14分。さらに給湯機メーカーのリンナイの調査('17年)では、お風呂の設定温度を42度以上にしている人が、全体の約4割を占めていた。

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「リンナイの調査によれば、熱中症のリスクが高くなる『41度以上×11分以上』で入浴している人が約3割で、入浴事故の危険性が少ない『41度以下×10分以内』の人は、2割ほどしかいませんでした」(前出・早坂氏)

ちなみに海外では、浴槽に浸かる文化がないため、風呂場での溺死事故の死亡者は子供が多く、高齢者は10%にも満たない。風呂好きが原因で年に5000人も亡くなっているのは日本だけだ。

しかもこの数字は氷山の一角にすぎない。なぜなら、たとえ風呂場で死亡したとしても、監察医が心不全と診断すれば、病死扱いになり、統計上、入浴中の死亡にカウントされないからだ。

「実際はもっと多くの人が風呂場で亡くなっている」と語るのは、東京歯科大学・市川総合病院救急科部長の鈴木昌氏だ。

鈴木氏は、日本で初めて大規模な入浴事故に関する調査を行った人物の一人である。'18年、その調査の結果をまとめた論文を発表した。

「我々は、'12年10月~'13年3月までの半年間、東京都、山形県、佐賀県の3つの地域の消防署に協力してもらい、入浴中に救急車を要請した4593件を調査しました。その内、死者は1528人で、高齢になるほど、死亡率は高くなっていました。

この調査をもとに、人口構成から全国の死者数を推測した結果、2020年には、年間約2万3000人が亡くなっていると我々は考えています。今後、高齢者人口がピークを迎える2035年には、2万5000人以上がお風呂で亡くなる時代が来ると考えています」

入浴剤が体温を上げる

さらに鈴木氏らのチームは、入浴事故で死に至らなかった人、935人を追加調査。

もし心筋梗塞や脳卒中が原因で死亡する人が多いなら、生存者にも同じような病気が起きている可能性が高いと考えた。

「ところが、心電図を撮っても心筋梗塞の兆候は1%しかなく、脳のCTを見ても、脳卒中を起こしていた人は10%未満でした。その一方で、『頭がボーッとして、力が入らず、浴槽から出られなくなった』と、熱中症のような症状を訴える人が非常に多かったのです」(鈴木氏)

入浴中に救急搬送されてきた患者は、体温が下がるに伴って、意識障害が回復していったという。

同調査では、銭湯や温泉など公共浴場での死亡者が少ない傾向にあった。

「その理由は、たとえ熱中症を起こしても、周りの人が早めに発見してくれるため、大事に至らず済むケースが多いからです」(鈴木氏)

ちなみに露天風呂などは寒暖差が激しく、ヒートショックが起きる要因が揃っているが、それで亡くなったという報告はほぼない。このことからも、寒暖差よりお湯に長時間浸かることのほうが、死に至る確率が高いということが言えそうだ。

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たとえ、ぬるいお湯であっても、入浴時間が長くなれば、熱中症になることは冒頭で紹介した通り。風呂で母親(78歳)を亡くした山本裕子さん(仮名・50歳)が語る。

「母はぬるま湯で、長く湯船に浸かるのが好きなタイプだったので、いつも入浴剤を入れて、ゆっくりと入っていました。

ぬるま湯ならヒートショックも防げるし、安全だと思っていたのですが……。あるとき、私が仕事で帰るのが遅くなり、声をかけても返事がないので、風呂場を見に行くと、顔を下向きにして、浴槽に浸かっていたのです」

急いで救急車を呼んだが、すでに心肺停止の状態だったという。

「このケースで注目すべきは入浴剤です。入浴剤は血流をよくして、コリをほぐす効果がありますが、血管が拡張するので同時に血圧が上がります。普通のお湯より、体温が上昇しやすいので、入浴時間は10分以内を心がけたほうがいいでしょう」(前出・早坂氏)

最後に救急医学を専門とするイムス富士見総合病院の堀進悟氏はこうまとめる。

「高血圧や糖尿病などの持病を持っている人は、熱中症のリスクが高いと言われていますが、風呂で亡くなっている高齢者の多くは、大きな持病を抱えておらず、『一人で入浴できる』人がほとんどです。言い換えるなら健康な人ほど、危険性が高いのです。

いまは一人で生活している高齢者も多いので、何かあってからでは遅い。温度は低く、時間は短く。入浴の際はこれを肝に銘じておいてください」

いくら風呂が気持ち良くても、本当に天国に行ってしまっては元も子もない。

『週刊現代』2021年2月27日・3月6日合併号より