■要旨
2016年8月に告示された韓国の2017年の最低賃金は6,470ウォンで今年の6,030ウォンに比べて7.3%も引き上げられた。
最低賃金の引き上げ率が高いことなどを原因として、韓国では最低賃金を守っていない企業が多く、最低賃金未満の時給で働いている労働者の割合は2002年の4.9%から継続的に上昇傾向にあり、2015年には11.9%に達している。
韓国における未満率が高い理由としては、(1)最近の景気低迷により大幅な最低賃金の引き上げに対応できない中小・零細企業が増えていることや(2)最低賃金を支給していない企業に対する摘発・監督や処罰が適正に行われていないことなどが考えられる。
最低賃金制度を違反した企業は3年以下の懲役や2000万ウォン以下の罰金刑に処されることになっているものの、企業が「是正命令」を遵守し、滞納していた賃金を労働者に支払えば、今まで最低賃金制度を違反したことに対する何の処罰も受けずに継続的に企業活動をすることができる。
労働者の生活の質を向上させるために最低賃金を引き上げることも大事であるが、法律で決まっている最低賃金を守るようにすることが何より重要である。そこで、最低賃金制度の実効性を高めるためには、日本が実施している地域別最低賃金や特定(産業別)最低賃金の導入を中長期的に考える必要性があるかも知れない。
■はじめに
韓国政府は、労働者の生活を安定させることや働く意欲を高める目的で、1988年1月1日(1986年12月21日に最低賃金法を制定)に最低賃金制度を施行し、現在に至るまで約30年間にわたり、最低賃金制度を実施している。しかしながら、まだ最低賃金を守っていない企業が多く、最低賃金未満の時給で働いている労働者の割合(以下、未満率)は2015年時点で11.5%に達している(*1)。
最低賃金の適用を受ける使用者は、国が定めた最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならず、それに違反した場合は罰金等のペナルティを課せられるものの、韓国ではまだ最低賃金を守らない企業が多い。なぜこのような現象が起きているだろうか?本稿では未満率を中心に韓国における最低賃金の現状について論じたい。
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(*1)日本が1959年4月15日から最低賃金制度を施行していることと比べると、韓国における最低賃金はかなり遅れて導入された。
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■最低賃金や未満率の現状
日本が地域別に異なる最低賃金が適用されていることに比べて、韓国では全国的に統一された一つの最低賃金が適用されている。
韓国では雇用労働部長官が毎年3月31日まで、政労使の委員で構成されている最低賃金委員会に最低賃金の審議を依頼し、最低賃金委員会は依頼日から90日以内に審議を行い、最低賃金案を雇用労働部長官に提出すると、雇用労働部長官は8月5日までに新しく適用される最低賃金を決定・告示する(*2)。最低賃金委員会で決まった最低賃金は次の年の1月1日から12月31日まで適用される。
2016年8月に告示された2017年の最低賃金は6,470ウォンで今年の6,030ウォンに比べて7.3%も引き上げられた。これは1988年に最低賃金が施行されてから29回連続の引き上げであり、この期間の平均引上げ率は9.5%に至る。日本の最近(2000年から2015年まで)の最低賃金の平均引上げ率1.3%と比較すると、韓国の最低賃金の引き上げ率の高さが分かる。
最低賃金の引き上げ率が高いことなどを原因として、韓国では最低賃金を守っていない企業が多く、最低賃金未満の時給で働いている労働者の割合は2002年の4.9%から継続的に上昇傾向にあり、2015年には11.9%に達している。これは2015年の日本の未満率1.9%の約6倍に該当する数値である。
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(*2)雇用労働部長官は、最低賃金委員会が提出した最低賃金案により最低賃金を決めることが難しいと判断した場合は20日以内にその理由を挙げ、委員会に再審議を要請することができる。
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業種別(2015年基準)では、飲食宿泊業が35.2%で未満率が最も高く、次は、不動産賃貸業(19.8%)、協会及び団体(19.2%)、卸・小売業(16.4%)等の順となった。企業規模別では、相対的に零細企業の割合が多い従事員数5人未満企業の未満率が27.9%で最も高く、最低賃金未満の時給で働いている労働者の約95.5%が、従事員数100人未満の企業で働いていた。
一方、年齢階級別の未満率は、19歳以下(53.9%)、60歳以上(37.0%)、20~24歳(22.8%)、55~59歳(12.5%)、50~54歳(9.7%)、25~29歳(6.2%)、40~49歳(5.9%)、30~39歳(4.1%)の順で高かかった。
■結びに代えて=なぜ最低賃金は守られないのか
このように韓国における未満率が高い理由としては、(1)最近の景気低迷により大幅な最低賃金の引き上げに対応できない中小・零細企業が増えていることや(2)最低賃金を支給していない企業に対する摘発・監督や処罰が適正に行われていないことなどが考えられる。
2009年に15,625件だった最低賃金の違反件数は、2015年には1,502件に激減しているが、労働者が申告した最低賃金の違反件数は、2012年の717件から2014年には1,685件までむしろ増加している。最低賃金の未満率が改善されていないにもかかわらず、最低賃金の違反件数が減少しているのは最低賃金に対する摘発・監督体制に問題があることを意味するだろう。
さらに、最低賃金を違反した企業に対する処罰件数は2015年時点で19件(違反件数の1.3%:司法処理(*3)10件、罰金刑9件)にすぎない。このように処罰件数が少ない理由は、最低賃金に違反した企業に「是正命令」が優先的に出されるからである。
最低賃金制度を違反した企業は3年以下の懲役や2000万ウォン以下の罰金刑に処されることになっているものの、企業が「是正命令」を遵守し、滞納していた賃金を労働者に支払えば、今まで最低賃金制度を違反したことに対する何の処罰も受けずに継続的に企業活動をすることができる。
このような軽い処罰基準は、「運悪く摘発されたら、その際に対応すればいい」という意識を企業に広げた可能性が高い。最低賃金の未満率を下げるためには、より勤労監督や処罰基準を強化する必要がある。
また、労働者の生活の質を向上させるために最低賃金を引き上げることも大事であるが、法律で決まっている最低賃金を守るようにすることが何より重要である。そこで、最低賃金制度の実効性を高めるためには、日本が実施している地域別最低賃金や特定(産業別)最低賃金の導入を中長期的に考える必要性があるかも知れない。
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(*3)「司法処理」とは、労働基準監督官が労働基準法、労働安全衛生法等の違反被 疑事件として、検察庁へ送検するための処理のことをいう。
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金 明中(きむ みょんじゅん)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員
なぜ韓国では最低賃金を守らない企業が多いのか?―韓国の最低賃金の未満率は11.5%で日本の約6倍―
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