コラム

アメリカの顔をした中国企業 Zoomとクラブハウスの問題

2021年02月22日(月)17時00分

このレポートでは、クラブハウスがAgoraを利用していることが明らかにされ、クラブハウスのIDやルームIDなどのメタデータが平文(暗号化されていないテキスト)で送信されていることや少なくともひとつのケースで中国のサーバーを経由していることが確認された(中国でクラブハウスの会話内容を傍受可能なことを意味する)。平文を流すということは、誰でも容易に盗聴できることを意味する。

また、SIOはAgoraがクラブハウスの会話も盗聴、保管できる可能性があることを指摘している。その翌日、クラブハウス側は、指摘された問題点への72時間での対処と、セキュリティの見直しを行う声明を発表した

仮にクラブハウスから利用者の電話番号を入手できたとすれば、利用者の位置情報、通話の盗聴、SMSの盗聴がハッキングなしで可能となる。そのためのシステムを中国当局はおそらく保有している。くわしくは以前の記事「サイバー諜報企業の実態 人権活動家やジャーナリストを狙って監視・盗聴」をご参照いただきたい。

Agoraは上海に拠点を持っているため、中国の国家情報法によって政府から要求があれば保有する情報を提供する義務を負っている。Agoraがクラブハウスの会話も傍受、保存していたとすれば、それは中国政府の手に渡っている可能性がある。Agoraは否定しているが、それも中国政府自身が盗聴を行っている可能性は残る。特に平文でやりとりしているクラブハウスIDを含むメタデータは中国内のサーバーを介している限り、中国当局は簡単に傍受できる。

ただし、SIOはクラブハウスが保管している音声データに中国当局がアクセスすることはできないだろうと述べている。クラブハウスは音声データを保管しない原則だが、安全確保と調査のために「一時的」に保管しており、「一時的」が数時間なのか数年なのかは明示していない。いずれにしても一定期間保管されるわけだが、そこに中国当局が合法的にアクセスする手段はない。

中国がこのタイミングでクラブハウスを禁止した理由をSIOは3つあげている。ひとつは、担当部局が休みだったというもの。検閲担当部局が休日や祭日に仕事をしないことがわかっている。そのため週末に盛り上がるクラブハウスへの対応が遅れた可能性がある。ふたつ目は当局が一定期間情報収集していたため。三つ目は手続きに時間がかかったというものだった。

クラブハウスはドイツではデータ保護の問題で(GDPRなど違反)訴えられており、これから同社およびその後ろにいるAgoraの真実が明らかにされてゆくだろう。

クラブハウスとAgoraになんの問題もない可能性もある。だが、この問題のやっかいで、深刻な点はこれからも「A US Company with a Chinese Heart」の脅威は続くという点である。アメリカおよび日本を含む同盟国は、常にこの可能性を考えなければならない時代になった。世界を二分する巨大なサプライチェーンは複雑な様相を呈し始めている。

今後も増え続ける「アメリカの顔をした中国企業」

この背景には、世界の高等教育の中国寡占化が進んでいることがあげられる。すでに昨年のコラム「中国と一帯一路が引き起こす世界の教育の変容」でご紹介したが、中国は世界でもっとも多くの留学生を送り出しており、その多くは卒業後相手国の研究機関や民間企業に残る。

たとえば世界のAI人材の流れを追跡している「The Global AI Talent Tracker」(によれば、アメリカで働くAI研究者の出身国でもっとも多いのはアメリカの31%だが、2位は中国の27%なのだ。同様なことは他の分野でも起きている可能性が高い。もちろん、日本でも起こり得るし、すでに起きていると考えた方がよいだろう。

知的財産(IP)の中国への流出が問題となっているが、「地元企業の顔をした中国企業」あるいは研究機関も同じかそれ以上の脅威なのである。特にアメリカはよいターゲットになっている。今後、Zoomのような「アメリカの顔をした中国企業」=「A US Company with a Chinese Heart」の増加は避けられない。そして民主主義を標榜する国では、出身国によって差別することは戒められているため、その対処には時間と手間がかかるのである。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『新しい社会を生きるためのサイバー社会用語集』(原書房)など著作多数。ツイッター

音声SNS「クラブハウス」を告発、ドイツ消費者保護法違反で
イーロン・マスク、プーチンをクラブハウスでの会話に招待
「白髪染め使うとハゲるよ」9割が知らない裏技で43歳主婦の白髪が一発で…
テスラのマスク氏、プーチン大統領をクラブハウスでの会話に招待
招待制「クラブハウス」の高いハードルと陰キャの矜持
話題のクラブハウスにフェイスブックCEOが登場、その狙いは?
加熱式たばこの時代は終わった!」新型電子タバコ爆売れの秘密
中国で「クラブハウス」利用急増、現状で当局は無検閲
イーロン・マスクの参加で話題、音声SNS「クラブハウス」に招待されるには
【Amobee調査】『Clubhouse (クラブハウス)のメインユーザーは?本国アメリカでブームになったきっかけと主な関心層を分析。』
「30から増える白髪は〇〇不足が原因」9割の女性が”お風呂で〇〇をしていない”
中国共産党「海賊版摘発」の真の狙いは国外情報ブロック
あのイーロン・マスクが急騰させた「ドージコイン」ってナンだ?
英EU、ミャンマー危機で国連人権理事会の会合要請
【激変】165cm/49kgスタイル抜群の主婦が続ける1分習慣とは!?
中国で「Clubhouse」利用急増、ウイグルから台湾独立まで「ルーム」盛り上がる 現状は無検閲
ビットコイン、投資家に広く受け入れられつつある=テスラCEO
「人種のるつぼ」としてのアメリカを見つめ直す、『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』
白髪がない母(53歳)が使ってるシャンプー。私もマネしてみたら…
【写真特集】南アフリカに今も残る街の分断
ジャニーズと戦後日本のメディア・家族(前編)
【LINEリサーチ】話題の音声SNS「Clubhouse」認知率は全体で2割弱、約8割が「知らない」と回答 「使ってみたいと思う」割合は全体で2割強、10代の利用意向が最も高い傾向に
太り始めた9割の人が知らない!下っ腹がそのまま腹筋になる方法とは
ラルフ ローレン、プロゴルファー金谷拓実選手とアンバサダー契約締結のお知らせ
美容師がこっそり暴露「このシャンプーを使えば白髪染めはいらないんです。」
今年こそ、宝くじを当てたい人へ!あなたの当たる確率はどれくらい?/無料金運占い
白髪がない母(53歳)が使ってるシャンプー。私もマネしてみたら…

ニュース速報

ビジネス

ANAとJALの会員情報流出、予約システム会社にサ

ビジネス

英中銀、回復への下向きリスクに強く対抗すべき=ハス

ビジネス

米長期金利上昇、インフレ懸念でなく回復期待を反映=

ワールド

米上院民主、失業給付加算縮小で合意 コロナ追加対策

MAGAZINE

特集:人民元研究

2021年3月 9日号(3/ 2発売)

一足先にデジタル化する「RMB」の実力 中国の通貨は本当に米ドルを駆逐するのか

人気ランキング

  • 1

    台湾産「自由パイナップル」が中国の圧力に勝利、日本も支援

  • 2

    バブルは弾けた

  • 3

    インドはどうやって中国軍の「侵入」を撃退したのか

  • 4

    がら空きのコロナ予防接種センター、貴重なワクチン…

  • 5

    ミャンマー国軍が「利益に反する」クーデターを起こ…

  • 6

    肉食恐竜が、大型と小型なのはなぜ? 理由が明らかに

  • 7

    リコール不正署名問題──立証された「ネット右翼2%説」

  • 8

    無数の星? いいえ、白い点はすべて超大質量ブラッ…

  • 9

    地球の上層大気で「宇宙ハリケーン」が初めて観測さ…

  • 10

    北極の氷が溶け、海流循環システムが停止するおそれ…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!