地雷の可能性の有無を意識的に判断する俺的心得です。
面倒見がいい人に好かれると面倒
人が人の面倒を見る(他人のメリットになるよう積極的に働きかける)とき、面倒を見る側の人にも理由が必ず存在します。
面倒を見る側の人にも何かしらのメリットがなければ、面倒見は成立しません。
無償の愛などありません。ここを勘違いあるいは無視して他人の施しを受けていると後々ケガします。
以下に述べる理由などを意識的に(言葉として考えて)予想して、近づきすぎると面倒か?を見極めてから付き合いを深めるようにした方がよい、という主張が本日の投稿です。
※以下、面倒見がいい人のことをAさんとします。
人が人の面倒を見る理由の例
・Aさんは他の人に命令されている
⇒Aさんは俺でなく、命令者に好かれることや認められることを目的として俺の面倒を見ています。
俺個人がどう思うとかは眼中にない可能性があるので、調子に乗らないようにして距離を保つべきです。
・Aさんはコミュニティ内での立場を確保したい
⇒俺がどうこうでなく、AさんはAさんの立場を確保することを目的として俺の面倒を見ています。
面倒見がよいことで本当に立場が確保できるのかは疑問ですが、それはAさんの人生の中でAさんが判断することなので、俺としてはそっとしておくべきです。
コミュニティ内でのAさんの立場が良くない場合、俺が巻き添えを食らって両方退場させられる場合がありますので要注意です。
・Aさんは俺に好かれたい
⇒好意の表れとして面倒見を発揮するタイプの人が、その好意の対象に俺を選んでいる場合です。
返報性の原理を過信して相手の反応を考慮できないタイプの人に、好意のないことを後から伝えると面倒なことになります。
Aさんに対する好意がない場合、俺は一切の施しを受けるべきでありません。
・Aさんはかりそめの聖人君子像に酔っている
⇒偶然そのとき読んだ本の影響などで一時的にキャラが誤った方向に大きくブレる人はたくさんいます。
このときのAさんは無償の愛を信じて面倒見の良いワタシ像に酔っています。
俺個人のことは眼中にないのと、どうせ一過性のキャラはすぐ落ち着くので、俺としてはノッてあげないようにしてやるべきです。
仲が良ければズバリと指摘を行い、Aさんの黒歴史を早期に幕引きさせてあげることも検討します。
・単にAさんは感謝されたい
・単にAさんは褒められたい
・AさんはAさん自身のことが嫌いで、幸せでなく、そのことから目を背けたい
この場合、俺はAさんの精神安定のダシに使われているというだけです。
俺としてそれで別に良ければそのまま付き合いを続け、Aさんの精神安定剤としてなるべく貢献して差し上げる(Aさんから施しを受けて、俺は感謝して、Aさんが幸せになる)ように、人間関係を続けます。
俺のメンタルが削れてしまうなら距離を取るべきです。
・Aさんの宗教的事情によるもの
⇒この場合は施しを受け続けて問題ありません。
俺としては面倒を見てもらって助かる、Aさんとしては宗教の教えを実践する信徒としてのキャリア(徳と呼ばれるものなど?)が蓄積される
双方に良いメリットが発生し続けるので、素晴らしい人間関係であると言えます。
・理由がイマイチ予想できない、理解できない
⇒ハッキリ質問するべきです。質問が難しい関係であったり、質問しても理解できない場合は距離を取った方が身のためです。
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以上です。
上記の理由のどれとどれに該当するか?言葉で表現しながら他人を観察することは、カンを養うよいトレーニングにもなります。
地雷はその存在がわかりにくいからこそ危険です。うっかり踏んでしまわないように気を付けましょう。という提案でした。
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