2. 蒼玉
そしてその絶世の美女であるお姉さまは、特に自己主張をする性格ではないときた。
「わたくしは、お父さまがお決めになった方に嫁ぐのが、一番幸せなのだと思います。お父さまが選んでくださった方なら間違いないのですもの」
にっこりと微笑みながらお姉さまが言う。
いいのかそれで。
女として、それでいいのか。
私はそう思うけれど、貴族の娘としてはこれ以上ない正しい考え方なのだろう。
あまりに期待を一身に受けてしまった姉のお陰で、自由気ままに振舞うことを見逃されてきた私は、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「お姉さま、お嫌なら嫌って言ったほうがいいです」
そう私が力説すると、お姉さまは困ったように眉尻を下げるのだった。
「嫌だなんてことはないわ、プリシラ。わたくしは本当に、お父さまがお決めになられた嫁ぎ先に行きたいと思うの」
口調はとても柔らかいけれど、お姉さまはその言葉を覆すことはなかった。
だから私はお父さまに直談判することにした。
「お父さま、そりゃあ家のためを考えなければならないのはわかります。けれど嫁ぐのはお姉さまなんですから、お姉さまの意見も訊いたほうがいいと思います」
お父さまの書斎に行き、膝を突き合わせてそう言ってはみたのだが、お父さまもこれまた意見を変えることはなかった。
「アマーリアが嫌だと言ったのか?」
「いえ、お姉さまは言ってませんけど……。でも、なにも考えずにただ受け入れているだけのように見えるんです。せっかく選べる立場なのだから、お姉さまの意向を訊いてみてはいかがですか。せめてお姉さまが文を読むとか」
「そうは言うが、アマーリアが決めて欲しいと言っているんだ。それに、世間を知らないアマーリアが選ぶより、コルテス子爵家の家長である私が選んだほうが、アマーリアにとっても良い嫁ぎ先を決められると思う」
本当にそんなことを思っているのかどうかはわからないけれど、お父さまの言うことにも一理ある。
でもなあ……、と考えていると、ぽんとお父さまは手を叩いた。
「わかった」
「わかってくださったんですか!」
「プリシラは、アマーリアが嫁ぐのが寂しいんだな」
にこにこしながらそんなことを言う。
私はがっくりと肩を落とした。わかってなかった。
まあ、寂しい、という気持ちがまったくないわけではないけれど。
「いや、今、そういうことは」
「わかるよ。もちろん私も寂しい。けれどアマーリアの幸せのために、私たちは我慢しなければ」
お父さまはいかにも悲し気に、眉尻を下げた。
嘘だ。うっきうきで姉宛ての文を読んでいたくせに。
というか、話を完全にすり替えている。
「あのですね、お父さま」
私は今、お姉さまの希望を訊いたらどうかという話をしているわけで、嫁いで欲しくないと言っているわけではないのだ。
「そうかそうか、プリシラは寂しいか」
「いえですから」
「けれどプリシラだって、いつかは嫁ぐんだぞ」
うっ。これは。
あんまり嬉しくない方向に舵が切られた。
「今はアマーリアがいるからな、お前に恋文は一通も届かないが」
「一通も」
嫌なこと聞いた。
「アマーリアが嫁いで落ち着いた頃には、プリシラにもそういう話が来るだろう」
「そう……ですか」
「そのときは、私がちゃあんと吟味してやるからな。楽しみにしておけよ」
そう言って、はっはっは、と大きく笑った。
私も十七歳。そろそろ婚約者ができてもおかしくない年齢ではある。
「アマーリアほどの美女ではないにしろ、プリシラだって愛嬌のある顔をしているからな」
ぶん殴りたい。
しかし話を逸らされたせいで、なんというか、戦意が削がれた。
「プリシラ」
「はい……」
「アマーリアが嫌だと言っていない以上、お前の心配も杞憂かもしれないぞ。もしかしたら、余計なお世話かもしれない」
落ち着いた声でお父さまが言う。
やっぱり私の言うことを、把握しているんじゃないか。
まあでも確かに、お姉さまが嫌だと言わない以上、私がそれに口出しをするのはおかしいのかもしれない。
お父さまが「良い嫁ぎ先」を選ぶことを押し付けだと私が感じているように。
私が「自分で決めろ」というのもお姉さまにとってはただの押し付けなのかもしれない。
「お姉さまが幸せになれるのなら、それでいいんですけれど」
「もちろん私もそれを一番に考えているよ」
そう言って、お父さまは微笑んだ。
◇
そんな選り好みをしている間に、転機がやってきた。
我がコルテス子爵家の領地から、
その蒼玉はとても質が良く、しかも大量に採掘できるのではないかと見込まれた。
お父さまは当然、それを王城に報告した。我がコルテス子爵家では手に余ったのだ。
採掘現場に警備を置くのも限界があったし、採掘作業には人件費や工具などの経費もかかる。そうして採掘したとして、加工技術だって持っていないし販売経路もない。
だから、王城に買い取ってもらうのが一番手っ取り早くて安全だとお父さまは結論付けた。
その報告を受けた王城からは、速攻で使者がやってきて、採掘現場は王城の管理下に置かれた。
「これは素晴らしい。不純物がほとんど入っていない」
採掘され、磨き上げられた蒼玉は、きらきらと輝いていた。
とはいえ、発見されたのは我がコルテス領で。もちろん利益の一部分は租税として王城に収められるが、主として利益は我が領地のものとなる。
「どうだろう」
蒼玉が発見されてから、
「そちらのアマーリア嬢を第三王子の妃として貰い受けたい。これは、陛下の思し召しである」
恭しく述べられるその婚約の申し込みを断る、などという選択肢はなかった。
「これはなんとありがたいお話か」
お父さまはもちろんその話を受けた。いや、たぶん、待っていた。
だってお姉さまに送られてくる恋文を、蒼玉が発見されてからは見てもいなかったのだから。