連載「時の音」Vol.11 爆笑問題・太田光が語る「芸人と倫理」

その時々だからこそ生まれ、同時に時代を超えて愛される価値観がある。本連載「時の音」では、そんな価値観を発信する人達に、今までの活動を振り返りつつ、未来を見据えて話をしてもらう。

今回は昨年12月にコラム集『芸人人語』を出版した爆笑問題の太田光が登場。『芸人人語』では、「芸能界の薬物」「表現の自由」「大衆とテレビ」から「女帝とコロナ」「戦後レジーム」「菅首相誕生」など話題となった出来事が太田ならではの切り口で書かれており、普段のテレビやラジオよりも深く、その思考に迫ることができる。今回は『芸人人語』でのコラムを踏まえつつ、“芸人”や“お笑い”にまつわる太田の考えを、インタビューを通して解き明かしていく。

芸人が倫理を求められることはマイナスではない

——ここ数年で芸人にも倫理が求められる風潮が強まっているように思います。そうした現状を太田さんはどのように捉えていますか?

太田光(以下、太田):芸人というのは、非常識なことをやることで起こる笑いを見せるわけだから、「これを逸脱しちゃいけません」って世間の基準があって、そこを逸脱することで笑いを起こしている。だから倫理を求められることは芸人にとってマイナスではないんだよね。

よく「昔はコンプライアンスが今ほどうるさくないから自由にいろんなことができた」っていう人もいるけど、それはほんのちょっとした違いであって、昔でもやっぱり「これ以上はダメ」っていうのが絶対にあったわけ。要はその目盛りをどこに置くか。放送コードギリギリはどこかを意識して、「これくらいなら大丈夫」「これはダメ」とか、それは我々芸人が調整すればいい。だからその目盛りをどこに置くかが違うだけで、やっていることは昔とそんなに変わらないと思う。

——なるほど。「どれだけ世間の倫理観から逸脱するか」が時代で変わっていくだけだと?

太田:まぁ求められる倫理観が増えてきてはいるんだろうけど、我々はそれをどう茶化すかって話だからね。

——ネタを作る時は、「これくらいはOK」「これはダメ」ってどう判断しているんですか?

太田:無意識ではあるんだけど、世の中の空気みたいなものは感じているから。それに対して爆笑問題でいうと、田中(裕二)の突っ込みによって調整するわけ。

例えば、総理大臣の菅(義偉)さんの声が枯れていたことがあったんだけど、あれを「コロナじゃないの?」って俺が言って、その時に田中がどうツッコむか。「不謹慎なこと言うな」にするのか、「そうかもしれないけど、それは口に出さないのがお約束だろ」にするのか、「まだ言ってんのかよ。それ、ちょっと前の話じゃないか」にするのか。爆笑問題では田中の突っ込みが常識だから、それとどれだけ俺が乖離しているかで笑うか笑わないかにつながる。だから田中のツッコミが世間の常識からズレちゃうと、「田中もわかってないじゃん!」って客が引いて、笑いは起きない。

——太田さんはテレビでは自由にしゃべっている印象がありますが、視聴者をすごく意識しているそうですね。

太田:それはずっと宿命だと思ってやってきたね。やっぱりそこから離れ過ぎると笑いにならないから。

笑いでは本音の部分を表現したい

——2020年は“人を傷つけない笑い”という言葉が流行りました。それに対して『芸人人語』で太田さんは「笑いは人を傷つけることで生まれる」と書かれていますね。

太田:一番おもしろいのは、「人を傷つける笑いがキライ」って言っている人の“嘘くささ”を、こっちがネタにできた時。痛快なんだよね。「私は人の失敗で笑ったことがありません」って言いきっちゃう人っているけど、そんなはずねぇだろって。『芸人人語』でも書いたけど、そういう人達が “誰も傷つけない笑い”の例に出すのがチャップリンなんだけど、むしろチャップリンが茶化したいのはそういう嘘くさい正義感だったりするから。本音と建前は必ずあって、建前の部分はいくらでも言いようがある。でも我々が表現したいのは、本音の部分だったりする。

——例えば相方の田中さんのことをよく「チビ」など、容姿をいじっていますが、そういった“容姿いじり”も非難されることがあると思いますが。

太田:それは言葉にするかしないかの違いで、実はそういう笑いは随所にあって、視点をちょっと変えるだけで同じことなんだけど、“傷つけない笑い”になる。例えば田中が1人で出てきて、棚の上にものがあって、取ろうとして失敗する。それは一見すると田中の自虐だけど、見る側の視点はチビを笑っているだけのこと。そう見せないようにすれば、そうなる。だから割とまやかしなんだよね。

——「本来あるものをなしとする」傾向はありますよね。太田さんはそれを認めて笑いに昇華すると?

太田:そうだね。だって「わが校にいじめはありません」っていう人達が一番インチキくさいじゃない? そんなわけねぇだろ、って思うから。そんなもの本質から目をそらしているだけじゃないっていうのが俺の考え。

「笑われている」のか「笑わせている」のか

——芸人は「笑われている」のか「笑かしている」のかという話では、太田さんは「笑われている」ということを意識しているそうですね。昨今、「芸人は笑わせてナンボ」という風潮もありますが、それについてはどう思っていますか?

太田:結局、俺らのやっていることは大衆芸能で、学問でもなんでもないから。崇高なことをやっているつもりもないし、俺は「笑わせている」って考えはしない。芸人にとってそれぞれの考えはあると思うけど、俺は未熟なところを笑いにしている、いわば恥をかいているわけだから「笑われている」って感覚なんだよね。

——昔と比べて芸人さんの地位が上がってきています。そういったことも「笑わせている」という発想につながっているのかなと思いますが。

太田:それはもう、ビートたけしさんが出てきてから芸人の地位は大きく変わったよね。たけしさんもツービートの頃は社会の嫌われ者だった。それこそ「寝る前に必ず絞めよう親の首」みたいに、今だと倫理的にダメだろうことを言っていたんだけど、それがバカ受けだった。その中でたけしさんも、お笑い芸人から、役者として『戦場のメリークリスマス』でカンヌ映画祭にノミネートされるところまでいったり、自分で監督した作品がベネチアやカンヌで賞を取って「世界のキタノ」になっていく。それでもくだらないことをやる。そうしたたけしさんのカッコよさに我々も引っ張られた。笑いができる人は、本当はすごい才能があるんだと知らしめてしまった。だけど、芸人の地位が上がるとお笑いってやりにくくなるんだよね。だからそこは痛し痒しという感じ。

——『M-1グランプリ』の存在も芸人の地位を上げるのに貢献していると思うのですが?

太田:爆笑問題もたくさんコンテスト番組に出て、最初テレビに出る資格をもらってきたから、あれは若手が世に出るきっかけとしては必要だよね。ただ、「M-1用のスタイル」みたいなのが、だんだんと学問になってきちゃっていて。我々がやっていることはそういうのから逸脱すること。でも歴史ができてくるとなかなか学問にならないでいることが難しい。落語も結局、「古典芸能」みたいになって、どんどん大衆から離れていった。その中で、寄席で落語に詳しくない人でも気軽に笑えるような色物(いろもん)が生まれて、大衆向けの漫才が生まれた。色物として生まれた漫才が学問になりかけている。そうならない方がいいのにな、という思いはある。

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誰でも発信できるものに興味はなくて、売れなくなったら終わり

——サンデージャポン(以下、サンジャポ)での太田さんの発言がネットニュースになることも多いですが、そもそもあの短い時間の中では言いたいことを全部は言えないと思います。その中で、発言で気を付けていることはありますか?

太田:サンジャポが始まった時は、全部漫才のネタにすればいいやと思っていたから、ほとんど自分の意見は言わないようにしていた。だけど、『太田総理』なんかを始めて、俺もその辺が割り切れている人間じゃないから、言いたいことは言っちゃうようになったんだよね。

今はもうある程度切り取られることを見越してやっている。危ういことを言っちゃうかもしれないけど、無難に終わるよりはいいだろうって。生放送だから「ちょっとこの言葉じゃないんだよな」ってこともあるんだけど、思い浮かんだことを言わずに終わっちゃうと後悔するしね。だから批判はあるかもしれないけど、とりあえず思ったことは言うようにしている。

——最近SNSでは言葉による暴力が問題になることも増えています。それについてどう考えていますか?

太田:SNSに関してはもうちょっと真剣に向き合わないといけないなと思いつつ、ずるずる来てる感じはするよね。誹謗中傷に関しても多くは匿名だったりするから、俺はSNSが公の場ということであれば匿名性を取っ払うべきだと思っている。あと、トランプ(前アメリカ大統領)のTwitterが凍結されたとかあったけど、その前にアメリカの大統領が、個人の意見を自由に発信できるっていうのはアリなのか? って、俺はそこに疑問を持っている。日本の政治家も今みんなやってるけど、ちょっと待てよって気持ちは常にある。日本の政治家ももうちょっと公(おおやけ)と私(わたくし)の明確な境目をつけるべきなんじゃないかな。

——「個人の自由」や「表現の自由」だからと差別的な発言をする人もいます。

太田:例えばさっきのテレビのコンプライアンスじゃないけど、テレビが最初にできた時って、今ほど厳しくなかった。言ってみれば、ホントにテレビってジャンルが、見世物の小屋的なニュアンスがあったと思う。その中で放送倫理委員会とか、第三者機関がそれを審査するようになって、「ここまではいい」とか「これは悪い」って線引きするようになったから。おそらくネットやSNSも今は玉石混交なんだけど、これからはそういった第三者機関的なものができてくるんじゃないかな。

——それこそYouTubeで自分達の好きなことをやる芸人さんも増えていますが、太田さんはやってみたいと思いますか?

太田:ヤダ。面倒くさい(笑)。そもそも俺は言いたいことを言えるようにがんばってきたところもあるから。売れてなくてもYouTubeで発信できるよ、っていうのは俺には物足りない。だから、いまさら誰でも発信できるものに興味はなくて、売れなくなったら終わり。それでいいと思っている。

芸人」になんのこだわりもない

——最近はなんでもわかりやすい表現が求められています。そういった風潮についてはどう感じていますか?

太田:お笑いにとってはわかりやすさが武器になるからね。誰もが知っている、ベタなやつが一番ウケるから。だから、常にわかりやすくありたいと思うけど、「わかりやすい」をやるほど難しいことはない。こうして話していても、言葉はとっ散らかるし、誰に話してもわかりやすい言葉が欲しいなと思っている。

「今日は暑いね」ってことなら言葉にできるけど、もっと概念とか、特にお笑いの「ここが笑える」っていう空気とかは言葉にしたら笑えなくなることが多くて。例えば俺と田中でネタ作ってて、1回だけ俺がパッと言ったものが妙にツボにはまる時がある。でも2回目に言ったらもうおもしろくなくなっている。さっきあんなにおもしろかったのに、ってことがいっぱいあるわけ。これだけやってても、それは何が原因かわからない。そこをつかまえるのが難しくて、なおかつ人に伝わるように表現するには説明が必要なわけで。そこを簡単に、わかりやすくやりたいね。

——爆笑問題さんはずっとネタを作り続けています。同年代の芸人さんはどんどんネタを作らなくなってきていますが、いつまで漫才続けたいとか考えていますか?

太田:そういうのもだんだんとわからなくなってきている。最初は意地でネタやってたりした時期もあったけど、今は2ヵ月に1回ライブがあるから、それ用に絶対にネタは作んなきゃいけなくて。別にやめようと思えばやめられたような時期もあったと思うけど。俺らが昔、若手の時にみてたWけんじさんやいとし・こいし師匠とかっておじいちゃんだったけどカッコよかった。あれはあれでいいなって。俺らもだんだんその年齢に近づいてきてるから、ここまでやってきたものをやめるのはもったいないしね。最後は寄席で生きていってもいいんじゃないかって思っている。

——最後にすごくベタな質問になりますが、太田さんにとって芸人とは?

太田:たまたまこの本は『芸人人語』ってタイトルだけど、俺自身は芸人ってくくりになんのこだわりもないんだよね。テレビタレントって言ってもらってもいいし、普通にタレントとかお笑いでもいい。特に自分の漫才は芸でもなんでもない。もともと落語や歌舞伎みたいに弟子時代があって、その世界のしきたりとか、それこそ「型」とか、全部仕込まれてやるのは芸だけど、俺らは弟子になったこともないし、見様見真似のいわば素人芸で、今までその延長線上でやってきてるから。

「爆笑問題なんて芸人じゃない」っていわれれば「その通り」って言うし、ホントにそう思っている。「あんなの漫才じゃない」っていうやつがいたら、そうだなって言うしかない。別に漫才師って呼ばれなくて結構、っていう意識だね。個人的には。

——田中さんとは、「これからの爆笑問題」について話したりするんですか? 

太田:いや田中は何も目指してないから(笑)。何も考えずに生きてるからね。でもそのくらいでいいんじゃないですか。

太田光(おおた・ひかり)
1965年5月13日、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部演劇学科を中退後、1988年、大学の同級生の田中裕二と爆笑問題を結成。1993年度「NHK 新人演芸大賞」、2006年、「芸術選奨文部科学大臣賞」受賞。2018年、オムニバス映画『クソ野郎と美しき世界』の一編、 草彅剛主演の『光へ、航る』を監督。2020年、「ギャラクシー賞」ラジオ部門 DJ パーソナリティ賞を受賞。著書に『爆笑問題の日 本言論』(宝島社)、『マボロシの鳥』(新潮社)、『憲法九条を世界遺産に』(共著、集英社新書)、『違和感』(扶桑社新書)など多数。
https://www.titan-net.co.jp/

朝日新聞出版のPR誌『一冊の本』の人気連載、爆笑問題・太田光による『芸人人語』が単行本化。「芸能界の薬物」「表現の自由」「大衆とテレビ」から「女帝とコロナ」「戦後レジーム」「菅首相誕生」まで、話題となった出来事を取り上げながら、「言葉」「罪」「芸術」「社会」「日本」についてさまざまな角度から記したコラム集。

■『芸人人語』
著者:太田光
定価:1500円
発行:朝日新聞出版

Photography Kisshomaru Shimamura

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社し、「WWDビューティ」編集部に所属。ヘアサロン関係を中心に、コレクションのバックステージ、メンズコスメ、ビューティ系スタートアップなどを担当。また、 “カテゴリーにとらわれず興味のある人を取材する”という考えで、ミュージシャンやクリエイター、俳優などの取材も積極的に行っている。

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