パスポート発給されなくて当たり前?安田純平さんが違憲訴訟を起こした「本当の理由」
シリアで武装組織に拘束されていたジャーナリスト、安田純平さんが現在、国を相手取った裁判を東京地裁に起こしている。拘束中にパスポートを没収されたため、帰国後に再発行を申請したところ、外務省に拒否されたからだ。
ここまで聞くと、「わざわざ紛争地域まで行って、拘束されて、政府に迷惑かけたのだから、パスポートを発給されなかったのは、当然の報いだろう」と考える人も少なくないかもしれない。
しかし、外務省は「安田さんが、トルコから入国禁止措置(5年間)を受けたことで、旅券法13条1項1号のパスポート発給制限の対象となる」(※1)と説明している。あくまで「迷惑をかけたかどうか」ということは、問われていないのだ。
安田さんは、(ⅰ)トルコから入国禁止措置を受けた事実はない、(ⅱ)外務省がパスポートを発給しなかったのは、憲法に違反する、(ⅲ)トルコの入国禁止措置があったとしても、旅券法13条1項1号は違憲無効である――などと主張している。
今回の訴訟について、安田さんに詳しく聞いた。
●「入国禁止措置を受けた事実は示されていない」
――どういうことを主張しているのか?
ざっくりといえば、旅券法13条1項1号(※2)は、ある1つの国から入国禁止措置を受けた人は、ほかのすべての国に行くことができなくなる、という条文です。
しかし、私がトルコから入国禁止措置を受けたという事実・根拠は示されていません。それなのに、パスポートの発給を拒否できるというのであれば、国は自由に渡航制限ができるということになります。
また、たとえトルコから入国禁止措置があったとしても、ほかのすべての国に行けないというのは、おかしいでしょう。前提となる事実や憲法の観点、そして旅券法13条1項1号という法律ができた経緯から、発給拒否は不当なものだと主張しています。
――トルコから入国禁止措置は受けていないのか?
私は2018年10月、シリアで解放されたあと、トルコ経由で帰国しました。その際、トルコ側から一切そのような事実は知らされていません。ところが、日本の外務省によると、トルコを出国するまさにその日、入国禁止措置を受けたことになっています。
私と一緒に帰国した外務省・邦人テロ対策室の人ですら、そんなことを知りませんでした。本人に入国禁止措置が知らされていないのは、異常でしょう。やはり、「あとづけ」の理由としか考えられません。
●「独裁国家のやっていることだ」
――旅券法13条1項1号はどういう経緯でできたのか?
もともと、旅券法13条1項1号は、特定の渡航先に1回限りで効力を有するパスポート(一往復旅券)を発給していた時代の名残です。渡航先からビザ(査証)を得られなかった場合、その人が時間と費用を浪費してしまうから、それを防止するためにつくられたものでした。
現在は、社会情勢も法律も変わって、一往復かぎりのパスポートは発給されておらず、すべて一定期間何度も使えるパスポート(数次往復旅券)となっています。もはや、何のために存在している条文なのか、まったくわかりません。
――どうして、旅券法13条1項1号は存在しているのか?
この条文がなくなると、国は、実質的な取材制限ができなくなるからだと思います。とても簡単に渡航制限できる手段として残しているわけです。ジャーナリスト以外にもこの条文が適用されるケースがありました。ほかの人たちにも広がっていくと思います。
パスポートは「運転免許証みたいなもの」だと考えている人もいるかもしれません。しかし、運転免許証は「あとから身につけた能力の合格証」です。しかし、身分証明書であるパスポートは基本的には、発給することが前提になっています。
そのときの政権にとって、望ましい人には発給して、望ましくない人には発給しないということになると、思想・信条に制約を加えることにつながっていきます。要するに、独裁国家がやっていることです。
●日本社会が先鋭化されている
――外務省において「迷惑をかけた」という判断はなかった、と。
世間的には「お前みたいな奴は、迷惑をかけたから、当然だ」という人もいるかもしれません。ならば、旅券法13条1項7号(※3)という条文があります。
旅券法13条1項7号は「著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」について、パスポートの発行をしないことができると定めています。
本気ならば、13条1項7号を使ってくればいいのですが、国もそこまで考えていないようです。そもそも、この条文もあいまいなので、過去のケースでは、何をもって、国益を害する行為を行うおそれがあるか、相当なレベルで情報や資料などが要求されています。
――それでも世間から「迷惑をかけた」と思われている。
繰り返しになりますが、外務省は「迷惑をかけたから」とは言っていません。あくまで「トルコが5年間の入国禁止措置をとったから」と説明しています。むしろ国よりも、日本社会のほうが先鋭化してしまっています。
何をもって、国益を害する行為を行うおそれがあるか、という議論をすることもなく、なんとなく「迷惑をかけるだろう」と制約するほうが良いと考える人たちが増えているんだと思います。
日本は法治国家です。法律にルールが明記されて、それにもとづいて運用されないといけません。どう運用するか、その基準が明らかでなければ、法治国家でなくなる。そのときの担当者や政府の気分で、判断が変わってしまうからです。
●意識的に「紛争地域」について知る必要がある
――「迷惑をかけるから」と考える人が多いことはどんな影響がある?
世間は、事実や法律がどうなっているか、気にしません。私の提訴についても、メディアは一部しか報道しません。それで「迷惑をかけたから、発給してもらえなかったんだ」と勘違いされているフシがあります。
そういう世間の人たちの事実に基づかない精神論に裁判所が引っ張られることを懸念しています。外務省としても、「審査基準を設けなくても、拡大解釈が通る」と考えるようになってきます。
世間としては、単に「迷惑をかけたから当然だ」ということなのでしょうが、迷惑をかけたかどうかどころか、私の解放の経緯すら解明されていません。今、日本が戦争に巻き込まれたら大変なことになりますよ。事実の検証すらできないのだから。
――政府に迷惑をかけたという情報が一部で定着しているように思います。
そういう不確かな情報が流行するのは、国民性です。そして、それが定着してしまうのも、国民性です。本来なら裏がとれた情報を流すメディアが、裏をとらずに情報を流してしまっていることが背景にあります。それが許されるのは、国民性、つまり日本社会の特殊性だと思います。
繰り返しになりますが、今回の裁判も「迷惑をかけたかどうか」で争っていません。それなのに、取材もせず、勉強もせずに、メディア上で「政府に迷惑をかけたから」と文章を書いてしまう人がいました。帰国して思ったのは、そういう人たちが増えたことです。
――なぜ、そういう人たちが増えた?
論理性や事実関係を厳しくチェックするのではなく、いかに印象に残るかどうか、という風潮が高まっているからです。ますます、事実や論理による判断が重視されなくなっているというか、あまり考慮されなくなっているように思います。
たとえば、紛争地域について、どういう場所なのかということはほとんど知られていません。
ジャーナリストを含めて、たくさんの人たちが拘束されています。絶対捕まらない方法はありません。大手メディアの記者もほとんど入りません。そして、日本人の現役世代は直接、戦争を経験していないので、紛争地域がどういう場所なのか、知る機会を失います。
だから、現場では当たり前のことが、特に日本ではわからなくなってきます。そういう情報をもとに物事を判断するということになってくると、政府が戦争をしようとけしかけているときに、国民として、まともな判断ができるのでしょうか。
――どうすればいいの?
平和になると、人々がだんだん過激になっていきます。現実を知らずに戦争を語るようになるからです。みんな戦争は嫌です。それでも、またやるわけです。しばらくすれば忘れてしまう。また、嫌だと思う人たちに、それでもと思わせてやるわけです。だから、戦争とはなにか、紛争地域はどういうところなのか、意識的に知る必要があります。
戦争は、国民の生死に影響するので、みんな感情的になりやすく、デマも流れやすい。そのデマを信じやすい。だからこそ、事実関係をしっかりさせるということ、法律やルールにもとづいて判断することが、大事だと思っています。
今回の裁判を通じて、現在の日本社会がどうなっているのか、見えてくるのではないでしょうか。
(※1) 「貴殿は、平成30年(2018年)10月24日、トルコ共和国から同国の法規に基づく入国禁止措置(5年間)を受けたことにより、同国への入国が認められない者である。よって、貴殿は、一般旅券の発給等の制限の対象となる旅券法第13条第1項第1号に該当する」
(※2) 旅券法13条 外務大臣または領事官は、一般旅券の発給または渡航先の追加を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当する場合には、一般旅券の発給または渡航先の追加をしないことができる。
1号 渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者
(※3) 7号 前各号に掲げる者を除くほか、外務大臣において、著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者
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