【50】
リュークが王になる。
その話を最初にカンエにもたらしたのは、ジーベルトだった。
「リューク隊長が、魔王討伐の功績を認められて、王になる」
「リューク隊長は武芸には秀でているが、家柄は大したことが無い…隊長が王になることを歓迎しないものも多い」
「俺一人では隊長をとても支えられない…どうか、カンエ、俺と一緒に隊長を支えてくれないか」
真剣な表情で言い募るジーベルトに、カンエはリュークの指示かと尋ねた。
ジーベルトは否と答えた。リュークを案じた自分が勝手に行動したことだと。
その言葉に、カンエは首を横に振った。
「ならば、私はお前の言葉に返事は出来ない」
これは、ジーベルトとカンエの問題ではない。
カンエとリュークの問題だ。
ジーベルトがいかに気を揉もうと、どうしようもない。そう言って、カンエは返答を拒んだ。
不貞腐れたような表情で去って行ったジーベルトと入れ替わるように、その夜、リュークがカンエの自宅を訪ねてきた。
「久しぶりに、二人で酒でも飲むか」
その手には、高位貴族であるカンエでも入手が難しい、リューク秘蔵の酒の瓶が抱えられていた。
月が照り輝く夜。
カンエとリュークは邸のバルコニーで、月を眺めながら静かに二人で酒を酌み交わす。
カンエとリュークが二人で酒を呑む時は、どちらかといえば会話は少なく、静かに杯を交わすことが多い。
一言、二言で終わる短い会話で終わるこは勿論、どちらも酒を口に運ぶばかりで一言も喋らない時間が続くこともしばしばある。しかし、相手がリュークの場合、不思議とその沈黙は苦にならないのだ。
カンエは沈黙に焦れることもなく、ひどく穏やかな安らいだ気持ちで、しみじみ酒の味を愉しむ。 心地よい時間だ。
尋ねたことはないが、きっとそれはリュークも同じ気持ちだろうと、そう確信している。
しかし、そんな穏やかな酒宴も、ジーベルトが一人混ざるだけで、騒々しい一般的な宴会に変わるから不思議だ。
因みにジーベルトとカンエが二人で呑むと、必ず途中で何かしらの議題に対する討論へと変わる。議題は思いつきの下らないものから、政策に至るまでさまざまだが、どちらも頑なに自身の考えを曲げようとしないから、時間が経ち酔いが廻るほど白熱していく。
それはそれで嫌いではないのだが、普段神経を張りつめさせてばかりいるカンエには、リュークと二人で呑む時間は格別なのである。
「――カンエ」
酒が半分ほどなくなった頃、酔いで僅かに顔を赤らめたリュークが唐突に口を開いた。
「俺は、頭が良くない」
何を今更と、笑い飛ばそうとして、口を嗣ぐんだ。
カンエを見るリュークの目が、ひどく真剣なことに気付いてしまった。
「器じゃない――王になる器なんかじゃないんだ」
自嘲するように微かに震えた声で次げたそれは、カンエが初めて聞いた、リュークの弱音だった。
リュークは、カンエがリュークが王になると知っていることを、分かっているのだ。
分かっていて、彼は、今、カンエのま自らの怖じけを晒しだしている。
そう思った途端、胸の奥がざわめいた。
リュークは英雄思考が強い男だ。
弱音を晒すことを、恥だとし、どんな場面でも矜持を保とうとするのが、カンエが知っているリュークの姿だ。
そんなリュークが、今、カンエに弱音を吐いた。
「俺は阿呆だ――だから、カンエ、お前が必要なんだ」
リュークの目がまっすぐにカンエを射ぬく。
「頭の回転が早く、教養も深く、現実主義なお前が、必要なんだ」
向けられたその目には、確かな懇願が見て取れた。
ぞくりと肌が粟立ち、痺れるような感覚が全身を走り抜けた。
「阿呆な俺を、隣で支えてくれ。共にグレーヒエルの地の為に尽力してくれ」
リュークの言葉を最後に、沈黙がその場を支配した。
先程までの心地よい沈黙とはうって変わった、痛いまでに張りつめた沈黙だった。
リュークとカンエ。
二人の視線が交差する。
真剣な面持ちのまま二人は見つめ合い、どちらもけして視線を逸らそうとはしなかった。
「――当然だ」
最初に沈黙を破ったのは、カンエだった。
カンエは湧き上がる衝動に耐えきれず、笑った。
「私以外の誰が、お前やジーベルトのような、脳みそまで筋肉が詰まったような奴らを支えられるというんだ」