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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【48】

 カンエが、ジーベルトとリュークと初めて出会ったのは、30を幾年か越えた頃だ。

 まだまだ男盛りの若輩だったが、 ライセイ家の苛烈な家督争いや、魑魅魍魎が蔓延る王宮内での権力闘争を制し、着々と確固たる地位を築きあげつつあったカンエは、年齢以上に老成していた。一族を、国を守る為には、そうであることが、当然であると思っていた。

 そんなスタンスだったが故に、ある日、品定めするような心持ちで、武官の中で頭角を現しているという噂の二人と対峙出来る機会を設けた際、カンエは噂でしか知らなかった二人の実態を知って目を剥いた。


(――なんだ、この阿呆どもは)


 片や、変なところで気が強く、カンエにも平然と食ってかかる癖に、戦いは怖い、死ぬのは怖いと公言して憚らない臆病者。


 片や、機会があれば英雄とは何ぞやと目を輝かせて熱弁を震い出す、がちがちの英雄思考で凝り固まった、現実がみれない理想主義者。


 武官は、文官ほど優秀な頭脳が必要ないとはいえ、二人の性格はあんまりだった。

 とてもじゃないが、気を抜けば足元をすくわれるような王宮内で、中枢に立って権力を握れるような器ではない。すぐに何処かのライバルによって潰される結果になることは目に見えていた。

 何が二人をあそこまで幼稚にさせてしまったのだろうか。若さ故の青さか。

 否。カンエはすぐさま、浮かんだ仮定を否定する。リュークはまだ20代前半。リュークよりもさらにジーベルトは年少だ。歳若いと言えば、若い。

 しかし自分がジーベルトの年頃には既に家督を継いで、ライセイ家を牛耳ていた。結婚して長子も成していた。自分自身が同世代の中で一般的な分類に入らない特殊な存在であることは重々承知してる。それでもやはり、比較してみれば、二人の幼稚さの所以は年齢のせいだけには出来ないだろう。


(…名を馳せているとは言っても、所詮は剣の腕だけの愚か者どもか)


 カンエは貴重な時間を割いて二人に会いに出向いたことを心底後悔した。時間は有限だ。二人に会う為に費やした時間を他のことに使えば、自分の地位を確立させる為に、もっともっと有効活用できただろうにと、そう思わずにはいられなかった。

 ジーベルトも、リュークも、所詮は剣の腕のみが取り柄の剣士だ。剣士として名声は得られるかも知れないが、人を動かして上に立つような人物ではない。

 カンエが交流を欲したのは、そんな「駒」ではない。対等に立って、祖国の為に国を支えられる人物だ。肩を並べて、協力し合うことが出来る「仲間」だ。その点で、ジーベルトやリュークは完全に見込み違いだったといえる。


(今はたまたま時流に乗っている。だが、きっとこいつらは長生きできまい)


 カンエは二人に冷ややかな視線を送りながら、腹のうちで嘆息した。

 武勇でいくら名を馳せても、頭を使えない人物は、やがては誰かに嵌められて、排除される。

 近い将来、その活躍を妬んだ第三者によって、二人は陥れられ淘汰されるだろう。

 それは予想ではなく、確信だった。


(沈む行く船に等興味はない。)


 カンエはやがて訪れるであろう、二人の不吉な未来を脳裏に描きながら、二人から背を向けた。


 しかしそんなカンエの確信とは裏腹に、二人は特別他者から害されることなく、メキメキと戦果を挙げて、権力を掌握していった。

 武官の出世街道において、最短ルートを順調に歩んでいく。

 人間分析に長けていると自負していたカンエは、正直戸惑った。

 二人の真価を、自分はどうやら見誤ったらしい。

 しかし、一体どこをどう間違ったというのか。


 カンエはその答えを知るべく、忌諱していた二人に積極的に関わるように努めた。

 二人と過ごす時間が長くなるにつれて、カンエは自らの考えが間違っていたことに、改めて気付かされた。


 ジーベルトも、リュークも、阿呆だ。それはけして否定できない。


 だが二人は確かに「阿呆」だったが、けして「愚か者」では無かった。

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