【46】
「私たちは、ファウステリアに生まれながらに言われなき罪を科してきた。カンエ。お前は、そのうえで、更に彼女に証拠も無きまま罪を負わせようとするのか」
「っしかしながら陛下っ!!」
「それに万が一、ラミアの現状がファウステリアが陥れた結果だとしても、それはあの女の自業自得だ」
「っ陛下!?」
思いがけないリーシェルの言葉に、カンエは絶句する。
リーシェルはそんなカンエを気にも留めることなく、その眼にほの暗い憎悪の炎を宿す。
「父上を、先王を殺したというのが冤罪でも、あの女が一人の王族を殺したのは間違いない。王族殺しはいかなる身分の者であっても、処刑が当然だろう」
「ラミア妃は誰も殺してなぞ…」
「――あの女は、次期王を殺した」
リーシェルは怒りで顔を歪めて、ぎりと歯ぎしりをした。握りしめた拳の中で、爪が手のひらに食い込んで皮膚を破き、血が滴り落ちる。
「あの女は、私とファウステリアの子を、殺したんだっ…!!」
忘れはしない。
けして忘却の彼方になぞ、やらない。
リーシェルは侍女や医者が止めるのも聞かず、ファウステリアの胎から流れた自身の子を、その眼で見た。
明確な人の形すらとっていない、血の塊にしか見えない、それ。
だが、それは、間違いなく、自分の子供だった。自分と、心から愛した女性の子供だった。
生れることすら叶わなかった、我が子。
自分の後に王位を継ぐべき、子供。
それを殺したラミアを、リーシェルはけして、許さない。
「父上の敵として、処刑はファウステリアが行うと言っている。本来ならば私自身があの女を八つ裂きにしてやりたいところだが、子を失った嘆きは母であるファウステリアの方が深いだろう。全て彼女に一任しようと思っている」
「陛下っ!!どうか私情を捨ててお考えなおしくださいっ!!」
会話を切り上げようとするリーシェルにカンエは必死で食い下がる。
「ラミア妃はセイオ家の直系の姫君ですぞ!!彼女を裁判も無きまま処刑したとなっては、セイオ家も黙っていますまい!!大貴族としての矜持から、豊富な私兵を従えて内乱を起こす可能性もありますっ!!そうなれば、グレーヒエルの地は荒れ、国が傾くことにもなりましょうっ!!どうか、どうか今暫しお考え直し…」
「――カンエ」
真っ直ぐ向けられたリーシェルの瞳の怜悧さに、カンエは押し黙った。ぞくりと、全身の肌が粟立つのを感じた。
自分の意志を持たぬ、脆弱な傀儡王。
それが、カンエが今までリーシェルに対して抱いていた印象であり、そしてその印象は今まではけして間違ってはいなかった。
今回のことも、リーシェルが感情に任せてヒステリックに子供のように喚いているだけで、諭せばいくらでも丸め込めると、そう思っていた。
しかし、今、カンエに向けるリーシェルの瞳には僅かな揺らぎすら見えない。
明確な憎悪を意志を宿した目を、逸らすことなくカンエに向けている。
(これは、誰だ)
これは本当に、カンエが赤子の頃から知っている、あの気弱なリーシェル陛下だというのか。
「――私は、誰だ」
まさにカンエが今しがた抱いた疑問をリーシェルから口にされ、心臓が跳ねる。
「私は、誰だ。カンエ。答えて見ろ」
リーシェルの迫力に、カンエは圧倒されていた。冷たい汗が流れ落ち、口の中がからからに乾く。
「答えろ、カンエ」
蛇に睨まれた蛙にでもなったかのような心境で、カンエは口を動かして言葉を紡ぐ。
「貴方様は、リーシェル・ソーゲル…この国の、国王陛下です」
「そう、私は王だ。この国における、最高権力者だ」
そう言ってリーシェルは、酷薄で不敵な笑みを浮かべた。それは、絶対的君主の笑みだった。
「セイオ家が反乱を起こすというならば、粛清すればいい。私は王だ。かつては私は傀儡だった。脆弱な、無力な存在だった…しかし、今は違う」
リーシェルは握っていた手のひらを解放すると、滴り落ちる血を舐めあげ、再びカンエに鋭い視線を投げかけた。
「今の私にはファウステリアがいる。誰よりも力を持ち、美しく愛おしい彼女が隣にいる。今の私には、かつては無かった力がある。私に逆らう者は誰であろうと許さない…カンエ、お前でもだ」