【45】
「陛下っ…!!ラミア妃を処刑なさるというお話は誠ですかっ!?」
蒼白の面持ちで部屋に駆けこんで来た宰相カンエ・ライセイの言葉に、リーシェルは僅かにも動じることなく冷たい一瞥を投げた。
「耳が早いな、カンエ。明日の夜には執行しようと考えている」
「なりませんっ!!」
リーシェルの言葉にカンエは蒼白だった表情を、朱に染め上げながら吼える。
「裁判もせずに処刑を行うなぞ、合ってはならないことです!!大体正妃様が罪を犯したという証拠とてありませんのに…」
「証拠?」
リーシェルは小さく喉を鳴らして笑った。
普段は内に篭りがちでおとなしいリーシェルから想像もつかない程、憎悪に満ちた冷たい笑みだった。
「あの肌が、何よりの証拠だろう?裁判なぞするまでもない。あの女がバジリスクを凶暴化させ、父上を殺したんだ。邪悪な魔族の女。一刻も早く消し去るべきだろう」
「っしかし!!しかしっ、おかしいとは思いませんか!?もし仮にラミア妃が噂の化け物だとしても、何故急に正体を現すのです!?しかもラミア妃は、会話すら出来なくなってしまっている!!誰かに嵌められて、あのような姿に変わった可能性だって…」
「…誰が、そんなことを出来るというのだ?」
リーシェルの問いに、カンエは言葉に詰まる。
「人の肌を鱗に変えるなどという芸当が、誰が出来るというのだ。そんな限定的な効果がある魔具が、存在するはずがない。ならば、どうやって?」
「それは――…」
カンエは続く言葉を飲み込み、逡巡する。考えられる可能性は、一つだけだ。だが、それを口にしてもいいものなのか。
カンエは目を瞑って、大きく息を吸い込んだ。リュークが死んだ今、国を守れるのは自分だけだ。例え国王の不興を買うことになっても、口を噤んではいけない。
カンエは目を開くと覚悟を決めた眼差しを、真っ直ぐにリーシェルに向けた。
「…恐れながら陛下。それが成し得る存在を、私は知っております」
「――まさか、ファウステリアと言うまいな」
告げようとした名を、先にリーシェルに口にされ、カンエはたじろいた。
古代魔法が自由に使えるものは、ファウステリアしかいない。
失われた古代魔法ならば、人を異形に変えることが出来ても不思議ではない。
「っ他に、他に誰がそのようなことを成せるというのです!!大体、あの女は最初からおかしかったではないですか!!そもそも古代魔法は、どんなに魔力が強い人間でも、理を知らなければ使えないっ!!なのに、あの女は理由は分からないが、物心ついた時から使えると言った。そんなことが、あり得るのか!?あり得るものかっ!!陛下、きっとラミア妃はあの女に嵌められたのですっ!!きっとあの女は、そうやって邪魔物を排除して、国を乗っ取る気なのですっ!!リューク様とて、もしかしたら、あの女がっ」
「――黙れ、カンエ」
激高の余り、不敬も忘れて喚くカンエを、リーシェルはそこ冷えがするような低い声で制した。
「あの人を、侮辱することは許さない…あの人は、英雄だ。あの人のおかげで、どれだけの数の民が救われたと思っている」
「っしかし、陛下!!」
「…だいたい、シューオ家のことだって、本当に咎められるべきなのは、ソーゲル家の方ではないか…」
リーシェルは愛しい人の過去の境遇を思って、悲痛な表情で宙を見つめる。
紫水晶の瞳の真実をリーシェルが知ったのは、リュークが死んだ後だった。
真実を知らされた時、例え傀儡だとしても、既に何年も前に王として即位していた自分にそれを隠してきたことに愕然とし、怒りを覚えた。そして愛するファウステリアに、けして救われることがない呪われた存在であるという偽りのレッテルを貼り、癒えぬ傷を負わせたのが、自分の先祖であることに絶望した。