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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【44】

「正妃様がそこまで言ってくださるなら、貴女様にお売りしましょう」


 にんまりと口端を吊り上げたメリルは恭しく一礼をした。


「本日から、薬の魔力は貴女様のものです。特別な美を、貴女様にお売りしましょう。――今後ともどうかご贔屓に」


 掲げられた小瓶を、ラミアは興奮で震える手で掴む。


(これで、私は一層美しい存在になるの…ファウステリアよりも、誰よりも)


 ラミアはまるで高価な宝石でも眺めるかのように、小瓶を陽に透かして掲げ見ながら、とろりと甘い笑みを浮かべた。

 メリルはそんなラミアの様を、愉快気に眺めていた。




「――愚かだね。哀れだね。可哀想だね。可愛いね。ラミア妃は」


 大金を胸に、一人王宮を立ち去ったメリルは、否メリルという偽りの名を名乗った悪魔は歌うように言葉を紡ぐ。


「美に執着して、美を求める故に滅びる。実に女の原罪の象徴のようで愛らしい人じゃないか」


 いつの世も、美を求めて破滅する女性は数多いる。

 その執着が強い人間は、見ていて非常に面白い。

 面白くて愛らしいから、そう言った女性に出会った時は幾度もその魂を引き換えに、美に対する強すぎる願いを叶えてあげた。

 ありていを言えば、そう言った女性は悪魔の―メティの好みなのだ。

 実のところラミア妃も、こんな「罠」ではなくて、本当に契約を結んであげてもいいと思うくらいにメティは気に入っている。


「あぁ、でもやっぱりファウステリアの方が面白いな」


 ラミアは愛らしいとは思うが、あまりに愚か過ぎる。

 他人を陥れる為に、こんなえげつない策を考えて、悪魔さえ平気で顎で使うファウステリアの方が、見ていて愉しい。

 まあ、ファウステリアが人間を手駒にするのではなくメティばかり使う理由には、憎らしい人間とは極力関わりたくないという、人間嫌いに起因するものなのだが。それでも悪魔に対する自分に対して、微塵の畏怖も示すことがない態度は、好ましいと思う。

 本当に得難い拾いものをしたものだと思う。


 メティは創成から続く、長い長い生に厭いていた。

 魔王として君臨してみたり、気に入った人間に手を貸してみたりして世の中をかき回したりしたが、最初は楽しくても、数年もすればすぐに飽きた。飽きた玩具は適当に放置して、頃合いをみて魂を刈り取った。

 だけど、ファウステリアにはまたまだ飽きそうにない。彼女の様子を眺めているだけで心が弾む。


 愉しい。


 愉しい。


 愉しい。


 ――生きていると、そう感じる。


 死そのものが存在しない悪魔にとって、「生きている」という表現は滑稽かもしれないが。


 願わくば、 この愉しさが、一分一秒でも長く続けばいい。


 最期まで飽きさせることなく、自分を愉しませ続けて欲しい。


 黒く汚れきったファウステリアの魂をメティが刈り取る、その瞬間まで。






 夜の帳がすっかり下りきって、見張りの兵を覗いた城内のほとんどの人々が眠りについた頃。

 ラミアは自身の部屋で一人、一糸も纏わぬ姿になると、満遍なく全身に行き渡る様に細心の注意を払いながら、購入した秘薬を全身に塗り込んでいた。慎重に作業を進め、僅かな塗り残しすらもないことを確認すると、その白い裸身を全身鏡に映しこむ。

 完璧なプロポーションを持つ自慢の豊満な体は、薬が塗れて光って、いつも以上に艶めかしく、美しく見えた。ラミアは自分でも惚れ惚れするようなその出来に、満足げに目を細めた。


「……これで目が覚めれば、私は、ファウステリアより美しく…」


 ラミアは夢心地の表情で呟くと、衣服を纏わぬまま気に入りの天涯付きの豪奢なベッドの中にもぐりこむ。柔らかい絹の布団が直接肌に触れる感触を楽しみながら、そのまま眠りについた。

 明日になれば、自分が最上の美を手に入れていると、そう信じて疑いもせずに。



 翌朝。


 誰かが暴れるような激しい物音に、正妃様が暴漢にでも襲われているのかと、慌ててラミアの部屋に駆け込んだ侍女が、つんざくような悲鳴をあげた。


 荒れた部屋の中に、絶望の表情で立ちすくむ、ラミア。


 昨日までは白く滑らかだったその肌は、余すことなく全身にびっしりと、翠玉色の蛇の鱗で覆われていた。




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