【43】
メリルの言葉に、ラミアは白磁のごとき頬を紅色に染めた。
(あぁ、あぁ、あぁ、あぁ!!)
胸の奥から沸き上がる高揚に、ラミアは歓喜する。
(やっぱり、私は間違ってはいなかった!!)
渇ききりひび割れた大地が、降り注ぐ恵みの雨に潤うかのように、深い劣等感と絶望に淀んでいた心のうちが澄みわたっていくのか分かる。
満たされていく。
こんな幸福な気持ちは、ファウステリアが目の前に現れて以来だった。
(やっぱり、私は、誰よりも美しい!!世界中の、誰よりも!!)
ファウステリアの美が、秘薬によって創られたまやかしだとわかった以上、ラミアが恐れるものは何もなかった。ラミアの美を、脅かすものは、どこにもいない。
一度は崩壊したはずの世界が今、ラミアの中に帰ってくる。
ラミアが世界で一番美しいことが、当然の世界。美しいラミアの為に存在する世界が、今。
ラミアの口許に、自然と笑みが浮かぶ。
「――恐れながら、正妃様。この秘薬を試してみたいとは思われませんか?」
メリルは小瓶を手先で弄びながら、ラミアに商談を持ち掛ける。
「凡庸な顔立ちの私にすら、劇的な効果を発揮する薬です。元々が女神のごとき美しさをもつ正妃様なら、効果ははかりしれないでしょうねぇ」
メリルの言葉に、ラミアは唾を飲み込んだ。
ファウステリアは、美しい。薬の効果とはいえ、ラミアはファウステリアに対して、そう感じずにはいられない。
だけど、その美を具体的に説明することは非常に難しいのだ。
なるほど、ファウステリアはパーツの1つ1つが完璧な造作だった。パーツが置かれる配置もすばらしい。
だけどそれは、ラミアと同様なのだ。パーツも配置も、どこをとってもラミアはファウステリアにひけを取らない自信がある。
それなのに、実際はファウステリアはラミアより美しかった。それ個人の嗜好は関係なく、誰が見ても明らかな事実だった。
理由が分からぬ敗北は、よりラミアの劣等感を煽った。理由さえ分かれば、劣っている分を補うことも出来るかもしれないが、分からないのではどうしようもない。形には分からないのに、けして埋められないその差に、ラミアは幾度歯噛みをしたことだろう。
もしそれが、この薬の効果だというのなら。
この薬さえあれば、ラミアは、あれほど羨んだファウステリアの「美」を、完璧な形で手に入れることが出来る。
メリルはラミアがあからさまに食いついたのを眼にとって商人の顔でにんまりと笑うと、もったいぶったようにわざとらしく咳払いをした。
「…しかし、この薬はとても稀少で高価なものでしてね。私のつてをもってしても、せいぜい一人分を用意するのがいっぱいいっぱいなのですよ。そしてファウステリア様は金払いのよいお得意様です。ファウステリア様を裏切るとなると、やはりそれ相応の…」
「いくら欲しいの?」
商人らしい遠回しな値段交渉に、ラミアは直球で返した。元々駆け引きは苦手だ。しかも相手は百戦錬磨の有力商人。下手に裏を描こうなぞ考えると、恐らくは何百倍ものしっぺ返しが返ってくる。ならば最初から主導権を向こうに投げてしまった方が楽だ。
メリルは目を一層細めると、薬の希望価格を示した。
それは裕福な貴族出身のラミアですら、けして安いとは言えない価格だったが、正妃としての手当ても幾分か貰っているラミアがけして払えない額ではない。
「――その2倍、払うわ」
2倍になったとしても、それで本当にラミアが望むものが手に入るなら安いものである。
「その代わり、例え同じものが手に入ったとしても、もうけしてファウステリアには売らないと約束して頂戴。」
元々の顔立ちがどれくらい整っているかと、薬の効果の大きさが必ずとも一致するとは限らない。
美の戦いにおいてのラミアの勝利が分からない以上、ファウステリアは極力薬から遠ざけた方がいい。