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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【42】

「お会い出来て光栄です。正妃様」


 膝まづいてお決まりの口上を述べた男は、凡庸な顔立ちをしていた。

 凡庸と表現するのは、語弊があるのかもしれない。男の顔を構成するパーツは、1つ1つが驚くほど存在感がないのだから。

 視界から外した瞬間、瞬く間にその顔を脳裏に映すことが出来なくなるような希薄な顔立ち。人波に入れば、紛れてけして見つけられなくなるような、そんな顔立ちを男はしていた。


「私の名前は、メリル。しがない行商人でございます。だけど取り扱っている品物の珍妙さ、そしてその効き目は誰にも負けません」


 メリルと名乗った男は、顔に似合わぬ美しい声で、朗々と語ると、手に持っていた麻袋から小さな小瓶を取り出した。

 小瓶には、透明な液体が並々と入っていた。

 男は小瓶の蓋をあけると、粘着性がある中身を掌の上へと溢す。


「ここに取り出しましたのは、東の地から取り寄せましたとっておきの秘薬。さあ、正妃様。よぉーく、ご覧下さい。今から起きることに、種も仕掛けもございません。私を夜市で小手先のインチキを披露して、金を騙しとるような、とんちき魔術師なんぞと一緒にしないで下さいね。全ては真実、薬の効果です」


 勿体ぶるかのようにそう言って、男は薬を自身の顔に塗り込んだ。

 ラミアは瞬きをすることも出来ずに、息を飲んで薬の効果が表れるのを待つ。


「…あぁっ!!」


 ラミアは頬を紅潮させて、感嘆の声を上げた。

 それはあまりに劇的な変化だった。

 凡庸だった男の顔が、一瞬歪んだかと思うと、次の瞬間には見たことが無いほど美しいものに変じていた。

 男のその美貌を何と評すればいいのか。

 性別が例え異性であろうとも、自分以上に美しい存在が許せないラミアですら、平伏したくなるようなその美貌。

 ただ見つめているだけで魂が奪われるような、そんな美貌だった。


「――どうです?驚いたでしょう。」


 そう言って男は得意げな、どこか下卑た笑みを浮かべたが、そんな姿ですら驚くほどに美しかった。

 ラミアはただ人形のように首を縦に振ることしかできない。

 男は自身の頬をぺちぺちと叩いた。


(そんなに美しい顔に、何をするのっ!!)


 思わず激高しそうになるラミアだったが、男の次の言葉に固まった。


「きっと貴女様には、私がさぞかし美しく見えていることでしょう…でもね、本当のところ、私の顔立ちはちっとも変わってなんかいないのですよ。凡庸で、次の瞬間忘れてしまうような、私の顔のまんまなのです」


「…え」


「それこそが、この秘薬の効果なのです」


 そう言って男は、秘薬が入った小瓶を翳した。ガラスで出来た小瓶は、光を反射してまるで宝石か何かのように美しく光る。


「この薬が作用するのは使用者にではありません。使用した人物を目に移す全ての相手です。まぁ媚薬の一種のような物だと考えてください。この薬を使用した人物は、心が狂わされ、薬の使用者こそがこの世で一番美しいと感じてしまうのですよ。使用者の元々の顔立ちとは関係なく。」


 雷に打たれたかのような衝撃だった。

 全身に震えが走る。


 ならば。

 この男の言うことが真実ならば。


「…ファウステリアの、本当の姿は…」


 呆然眼を見開いて唇を戦慄かせるラミアに、メリルは器用に片眉を上げて肩を竦めて見せた。


「ファウステリア様は私の大事なお客様です。名誉を傷つけるようなことは言えません」


「………」


「――だけど、これだけは言っておきましょう」


 メリルは艶然と笑みを浮かべる。

 それが薬のせいだと知っていてなお、見惚れて心が奪われてしまいそうになる程、魅力的な笑みだった。


「正妃様…貴女様は、私がこの世で見た中で、一番美しい女性です」


「っ!?」


「貴女様程『自然な、生まれたままの形で』美しい女性は見たことがありません。神さまに愛された美貌というのは、きっと貴女様のような方を指す言葉なのでしょうね」

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