【38】
「…何なの!?その悪意がある噂は!?」
「いえ…私も耳に挟んだだけなので、詳細は…」
「すぐさま、噂の出どころを特定して頂戴!!私を陥れようとしているとしか思えないわっ!!」
「…かしこまりました。すぐ様に…」
現状を報告しに現れた子飼いの部下がいなくなるなり、ラミアは自身の焦げ茶色の巻き毛を掻き毟ってヒステリックに周囲のものを投げ飛ばした。
腹が立つ。腹が立つ。腹が立つ。
なんで高貴なセイオ家の直系の系譜に連なる自分が、正体は魔族だなんていう身の毛もよだつ様な噂をされないといけないのだ。噂を口にした庶民全てに罰を与えてしまいたい。
荒れた部屋の中、ラミアは宙を睨みながら、自身の親指の爪を噛んだ。
そして次の瞬間、慌てて爪を口から離す。せっかく侍女にやすりで美しく整えさせた爪が、傷んでしまう。
慌てて自身の爪を確認し、かすかなひび割れも見えないことを確認して安堵の息を吐き、そしてすぐに不愉快そうに顔を歪める。
何で自分がこんな思いをしなければならないのだ。こんな風に、たかだか爪のひび割れにすら過剰に反応をして脅えなければならないのだ。
(――それもこれも全部あの女が悪いのよ)
ラミアは何もない虚空を憎悪に満ちた瞳で睨み付けた。
(あの女が、存在するから悪い。噂だって英雄だの聖女などと騒がれるから、民は私を悪者にしようとするのだわ。賤しい、呪われたあの女に肩入れするあまりに。あぁ、あぁ、なんて忌々しく、憎らしい女なのでしょう!!)
ラミアは美しい顔を醜く歪めせて、自分の人生を狂わせた紫水晶の瞳の化け物を呪った。
ラミアは、グレーヒエルの地随一の大貴族、セイオ家の直系の娘としてこの世に生を受けた。
セイオ家の歴史は古く、その系譜は建国の始祖カラム・ソーゲルに連なる。代々王家と親交も深く、他家が肩を並べることが出来ないほど、高貴で由緒正しい家柄である。
ラミアはそんなセイオ家において、格別優れた才能の持ち主と言うわけではなかった。幼少期から利発さとは程遠く、徹底的に教育を受けたが故に礼儀作法や一般教養は身についてる者の、けして優れているとは言い難かった。そもそも学ぶこと事態が嫌いで、自ら積極的にそういった物事を身に着けようとは思わなかった。
しかし一方で、ラミアには誰にも負けないと自負している長所があった。その美貌である。
幼いころから、ラミアは「天使」と讃えられるほど、愛くるしい容姿をしていた。
なめらかで白い肌。エメラルド色の、零れんばかりに大きな瞳。薄紅色の唇。焦げ茶色の髪は、特別なセットをしなくとも美しく波打っていた。
ラミアは、誰もが彼女を初めて視界に映した瞬間、思わず感嘆の息を吐いて賞賛の言葉を紡いでしまう程の美貌を、生まれつき備えており、そしてその事実を心から誇っていた。
幼いラミアは時間があれば、鏡を眺めて過ごした。一日中鏡を覗いていても、飽きることはなかった。
知識や教養をつけることには消極的だったラミアだが、自身の美貌を磨くことには熱心だった。周囲もまた、そんなラミアに協力的だった。
年月を重ねれば重ねるほど、ほころぶ前の蕾のようだったラミアの美しさは花開いていき、16を迎えるころには「グレーヒエルで一番の美貌」と称されるまでになっていた。
しかしラミアは、そんな称号では満足しなかった。
自分はもっともっと、美しくならなければならない。美しくあるべきだ。
昨日よりも今日、今日よりも、明日。
日を重ねれば重ねるほど美しさは増さなければならない。
ラミアにとって美しくあることは、生きる意味であった。ラミアは日々、美しさを磨くことに没頭し続けた。
そんなラミアに結婚話が持ち上がったのは、彼女が18を迎えた時だった。