【37】
「…ラミア様も、きっと辛かったのでしょう…正妃であるあの方を差し置いて私のような者が、リーシェル様の子を成すことを許せなかったのでしょうと、そう思います」
「ファウステリア…」
「頭では理解できるのです。ラミア様のお気持ちも…だけど、本当にあの方が犯人であるというなら、私はけしてラミア様を許せません…!!」
ファウステリアは痛みを耐えるかのように顔を歪めて、その双眸から涙を零れさせた。
「リーシェル様と私の子供…っ!!…愛する貴方様との間に宿った、私の子供を奪ったあの人を、私はけして許せません…っ!!例え、それが呪われた賤しい私が抱くには、余りに無礼な感情だとしても、それでも私はあの方を憎悪し続けます…っ!!」
心にもない言葉を、ファウステリアはまるで血を吐くような激しさを持って語る。
そんな予想外のファウステリアの様を、リーシェルは唖然と眺めていた。
そんなリーシェルを、涙に濡れた紫水晶が、鋭利に尖って射抜く。
「…リーシェル様、今、私の胸の奥は、正妃様に対するマグマのような激しい憎悪で荒れ狂っております。私の心が目に見えるとするならば、きっとそれは誰もが一瞥で目を背けるほど、醜くどす黒く染まっていることでしょう」
「……」
「…リーシェル様、貴方様は、そんな醜い私を、寛大な許しの心を持てない私を、軽蔑致しますか?」
リーシェルはファウステリアの問いに、すぐさま答えることは出来なかった。
それは、けして答えに迷ったからではない。
ただファウステリアに視線を奪われる余り、まともに口を動かすことも出来なかったのだ。
リーシェルは、魅了されていた。
憎悪を宿し、それを燃え上がらせてもなお美しい、ファウステリアの容貌に。
自分が害されることは当然のように受け入れながら、リーシェルと、リーシェルとの間に生まれた子供を害されたなり怒りを露にした、抱く感情の一途さに。
初めて見るファウステリアの苛烈な攻撃性に、リーシェルは、心を奪われた。
強さとは裏腹に、優しく悲しい人だから好きなのだと思っていた。
呪われ、虐げられた過去を持ちながら、彼女は誰かを恨むことも呪うこともなく、人民の為に命を掛けて尽くした。
ファウステリアは、まるで聖女のようだった。聖女のように清らかな彼女を、リーシェルは、愛した。
だけど、今、子を殺した正妃が憎いと泣く彼女の姿は、聖女とは程遠かった。彼女は、母親になり損ねた、子を殺された、悲しく哀れな、ただの1人の女性に過ぎなかった。
そしてその事実は、リーシェルを驚くほどに幻滅させなかった。
「軽蔑など、するはずがない」
リーシェルはファウステリアを強く抱きしめながら、憎悪や悲しみとは違った意味で胸の奥が締め付けられるのを感じていた。
「――憎悪を宿した貴女すら、いや、そんな貴女だからこそ、私は愛しくて堪らない」
聖女から堕ちたファウステリアに、リーシェルは再び恋に落ちた。
そんな折、グレーヒエルの地では、ある噂が流れるようになる。
先王陛下を殺した巨大バジリスクを操っていた、蛇の鱗を持つ女魔族。
その正体は、正妃ラミアだと。
先王陛下がいつまでも権力を握っている現状に業を煮やしたラミアが、魔族としての本性を露にしたと。
そして、先王陛下が亡くなった今、裏から手を回して現王を廃し、国を乗っ取ろうとしていると。
荒唐無稽な、根拠もない噂。
だけど、その噂は聞いた者を納得させる、不思議な信憑性を孕んでいた。
噂は人から人に伝えられ、瞬く間に国中に広がっていった。