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悪女ファウステリアの最期 作者:黒井雛
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【34】

 ファウステリアの懐妊は、王宮の専属医師によってリーシェルに伝えられた。

 リーシェルは知らせを聞くなり、目先に公務も投げ出してファウステリアの元に駆け付けた。


「…ファウステリア、子が、子が出来たのか!?」


「…そのようです」


 喜悦満面のリーシェルに対して、ファウステリアの顔色は暗かった。


「私のような物が、正妃のラミア様を差し置いて妊娠など、許されるのでしょうか…」


「っ何をいうんだ!!ファウステリア」


 眼を伏せて憂いの表情を浮かべるファウステリアの手を、リーシェルは強く握り締める。


「私はラミアより、貴女にこそ私の子を産んで欲しかった。愛する貴女の子供が欲しかった。だから今、私はとても嬉しい」


「リーシェル様…」


「貴女は多くの人間の命を救った英雄だ。贖罪など、とうの昔に果たされている。だから、そんな暗い顔をしないでくれ」


 リーシェルはそう言って、まだ膨らみが見えないファウステリアの腹部に手を当てる。

 そこに自分とファウステリアの子が宿っているかと思うと、幸福感が湧き上がってくる。


「ここに、私と貴女の子がいるのだな…」


「…えぇ、まだ表だっては分かりませんが、お医者様はそうおっしゃっていました」


 リーシェルはファウステリアの腹を撫でながら、真剣な表情をファウステリアへと向けた。


「ファウステリア、私はこの子を庶子になぞする気はない。王の血を継ぐ者として、皇太子として、この世に生を受けさせたい」


「……」


「ファウステリア――今度こそ、側妃になってくれるか。正妃の立場は与えられないが、それでも誰よりも愛し続けると、大切にすると誓う。だから、私の妃になってくれ」


 ファウステリアは、その紫水晶の瞳を潤ませながら、暫く黙り込んだ。


「…リーシェル様の妃になれることは、身に余る光栄です」


「ならっ」


「ですが正妃であるラミア様のお気持ちと、リーシェル様のお立場を考えた時、すぐには頷けないのです」


 側妃ですらなかった女が、正妃を差し置いて王の子を産む。

 それは王宮を揺るがす事態である。

 正妃ラミアの立場や、ラミアの実家を考えると、簡単に側妃の地位を受けることはできない。それは宮中における争いに、身を投じることに他ならない。

 それにファウステリアは今でこそ英雄の称号を得ているものの、元々は呪われ迫害されるべき身の上であることは周知の事実だ。

 そんな女が王の子を産むことを、果たして民は納得するだろうか。


「――少し、一人で考える時間を下さい。一人で今後のことを考える時間を」


「…ファウステリア…」


「どうか、どうか私のリーシェル様への愛を疑わないで下さい。私は貴方様の子を孕んだことは、本当はとても嬉しいのです。嬉しいからこそ、リーシェル様とこの子の為に最善の行動を考えたいのです」




 リーシェルは、妊娠の兆候があからさまになるまでは結論を出すと言ったファウステリアの言葉に、不本意そうにしながらも頷いて、部屋を後にした。

 一人残されたがファウステリアは、ベッドの上で自身の腹部を見下ろしながら、子が宿っていると思われる周辺を撫でる。


「――ここに、子がいるのか」


 一人呟いたファウステリアの声は、どこまでも無機質で冷め切っていた。



 腹にリーシェルとの子が宿った。

 その事実はファウステリアに、腹の中に何か異物が出来た程度の認識しかもたらさなかった。

 子を孕んだという感慨も、感動も、当然ながら孕んだ子にに対する愛情も、全く湧き上がってこない。 

 とことん自分は、人間らしさが欠落した化け物であることを、改めて実感する。



 そしてファウステリアはその事実に、ひどく満足げに口元を緩ませた。



 化け物でいい。



 化け物がいい。



 眼の色だけでファウステリアを迫害しておきながら、自分に有益だと判断するなり、手のひらを返したように持て囃す、醜く浅ましい人間ども。


 ファウステリアがこの世で一番憎む種族。


 そんなおぞましい種族の一員として見なされるよりも、ファウステリアは、人間なら当たり前に抱くはずの気持ちを解することができない化け物でいることを望む。

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